第34話 仕込んでやるわ!
ルキウスに告げ口することにした。
直接的だ。これまで間接的な手を打ち続けてきた。証人を仕込もうとして守られた。証拠を作ろうとしたら別の不正が出てきた。でっち上げを泳がせたらアウラの天然が崩した。間接的な方法が全部裏目に出るなら、直接動けばいい。
ルキウスに「アウラが最近セリアへの嫌がらせをしている」と告げる。根拠はなくていい。姉として心配している、という体で話す。姉の言葉は証拠より重い。ルキウスが「もしかして」と思えばそれでいい。その「もしかして」が積み重なれば、断罪イベントの土台になる。
完璧だ。
翌朝、ルキウスを訪ねた。公務の合間を見計らった。
「ルキウス、少し時間があるかしら」
「もちろんです、姉上」
「アウラのことなのだけれど」
ルキウスが少し身を固くした。婚約者の話を姉から切り出されれば、誰でもそうなる。
「最近、セリアのそばにいることが多いでしょう。それ自体はいいのだけれど……少し、気にかけていてほしくて」
「姉上は、アウラのことを心配されているのですか」
「そう。心配しているわ」
「どんなことが」
「まあ、色々ね」
含みを持たせた。これで十分だ。
ルキウスがしばらく黙った。
「……実は、少し前からアウラが気になっていたことがあって」
思ったより早かった。
「何が?」
「アウラが城内のあちこちに顔を出しているんです。以前はそんなことがなかったのに、最近は侍女や文官とも頻繁に話していて。もしかして何か、裏で動いているのかと思っていたのですが」
「裏で、ね」
「ええ。ただ悪意があるようには見えなくて……」
「でも気になっているのよね?」
「はい」
完璧だ。「裏で動いている」という疑念がルキウスの中に既にあった。それを引き出せた。これで断罪イベントの土台が育ち始める。
「気にかけておいてくれればいいわ。私も少し、調べてみる」
「分かりました」
廊下に出た。
足取りが少し軽かった。
夕方、部屋に戻ったらシルフィが待っていた。
「本日のルキウス殿下とのやりとりについてでございます」
「把握しているのね」
「はい。ただ、殿下にご報告が一点ございます」
「何?」
「ルキウス殿下が本日の夕方、城内の侍女から証言を受け取られました」
「証言?」
「先月、アウラ様がセリア様の部屋の前で立ち止まり、扉に耳を当てていたという証言でございます」
「……本当に?」
「侍女が直接目撃したとのことです」
「それはアウラが嫌がらせをしようとして、セリアが中にいるか確認していたのよね」
「状況としてはそのように見えます」
「ルキウスはどう受け取ったの?」
「『やはりアウラは気を遣っているのだな』とおっしゃっていたようで」
「……気を遣っている」
「扉の前で立ち止まることを、訪問のタイミングを計っていたと解釈されたようです」
そこで少し、止まった。
「ちょっと待って。ルキウスが『やはり』と言ったのよね」
「はい」
「『やはり』ということは、今日私がした話が効いていたということ?」
「今日殿下がお話しになった内容で、ルキウス殿下がアウラ様の行動を注視し始めたことは確かかと存じます」
「それで証言を受け取って……でも好意的に解釈した」
「左様でございます」
「つまり今日の私の告げ口のせいで、ルキウスがアウラを観察し始めた。証言が出た。でも好意的に解釈された」
「おっしゃる通りでございます」
「私が仕込んだせいで、アウラへの信頼が一段深まったということ?」
シルフィが少し間を置いた。
「……結果としては、そのような状況でございます」
羽ペンを置いた。
「ただ」とシルフィが続けた。
「ただ?」
「ルキウス殿下が本日からアウラ様を注視し始めたことは事実でございます。注視が続けば、いずれ矛盾に気づく場面が出てくるかもしれません」
「矛盾、というのは」
「35回の失敗の蓄積は、全て好意的に解釈されてきましたが、それが積み重なれば積み重なるほど、一つの違和感で全体が反転することがございます」
「……それは本当に?」
「人の評価というのは、好感が積み上がるほど、一点の崩れが大きく響きます。これまでの35回が、むしろ反転の土台になりえます」
私は少し止まった。
言われた通りだった。前世で何度も書いてきた。好感度が積み上がった後の一点突破は、積み上がっていない状態より効く。読者も知っている構造だ。
「……つまり今日は、遠回りに断罪イベントの準備をしたということ?」
「殿下の意図とは別に、そのような結果になっております」
「私が仕込んだのに、遠回りになった」
「結果としては、そうなっております」
「遠回りでも、動いているのね」
「動いております」
少し間があった。
「やっと……」と口から出た。
出てから、止まった。
「……でも待って」
「何でしょうか」
「ルキウスがアウラを注視して、断罪イベントが進むということは」
シルフィが静かに待った。
「アウラが断罪される。物語が動く。私の追放も近づく。それはいい」
「左様でございます」
「でもルキウスが私の告げ口が原因でアウラを疑い始めたとなれば、断罪の後でルキウスが経緯を知った場合——」
シルフィが静かに待っていた。
「……私が断罪の引き金を引いた姉として記録されるのよね」
「可能性はございます」
「それは追放ではなく、別の理由で王族から外される話では?」
「状況によっては、そうなるかもしれません」
これは処刑ルートでは? という言葉が喉まで来た。
「シルフィ」
「はい」
「今日のことをルキウスに知られないようにできる?」
「難しい問いでございます」
「難しい、というのは?」
「廊下でのやりとりは、すでに複数の方が把握しておられます。ただ、どのように伝わるかについては、私が関与できる余地がございます」
「関与して」
「かしこまりました。ただし、ルキウス殿下がアウラ様を注視し始めたという事実は消せません」
「それはいいわよ。注視は続けてほしい」
「……では、注視の出発点が殿下の告げ口ではなく、ルキウス殿下ご自身の気づきという形にすることを試みます」
「できるの?」
「やってみます」
「やってみます、ということは確約できないのね」
「初めての形でございます」
初めての形。シルフィが「初めて」と言った。
「……あなたが初めてと言うのは珍しいわね」
「はい。ただ、やらない理由もありません」
「ありがとう」
「何のことでしょうか」
「また先払いよ」
シルフィが一礼した。退室した。
断罪イベントの予兆が、今日初めて本当の意味で動いた気がした。遠回りで、複雑で、自分が処刑されかけている可能性があるけれど。
それでも、動いた。




