第32話 証拠を作ってやるわ!
証拠を作ることにした。
断罪イベントに必要なのは、ルキウスがアウラを断罪できるだけの根拠だ。アウラ自身が積み上げてきた「気が利く婚約者」という評判を崩すには、印象操作だけでは足りない。具体的な証拠が必要だ。
「アウラがセリアに嫌がらせをしていた」という証拠を、でっち上げる。
でっち上げ、という言葉は少し引っかかったが、アウラ本人が断罪されることを望んでいるのだから問題はない。本人公認のでっち上げだ。前世でそんな設定を書いたことはなかったが、現実はプロットより複雑だ。
証拠の内容を考えた。書状が一番扱いやすい。アウラがセリアへの嫌がらせを誰かに依頼した書状。筆跡は模倣できる。内容は断罪の口実になる程度に具体的に。宛先は城内の信頼できない人間に設定する。
アウラに一度筆跡を見せてもらう必要があった。
翌日、アウラが来た時に切り出した。
「少し頼みがあるの。何でもいいから、何か書いてくれる?」
「何を書けばいいですか?」
「内容は何でもいいわ。名前だけでも」
アウラが不思議そうな顔をしながらも、紙に自分の名前を書いた。
「これで大丈夫ですか?」
「十分よ。ありがとう」
「……何かに使うんですか?」
「調べたいことがあるの」
「そうですか」
アウラが納得したかどうかは分からなかったが、それ以上は聞かなかった。
その夜、書状を書いた。アウラの筆跡を参考に、内容を慎重に仕上げた。
宛先は、城内で評判のよくない文官の名前にした。
完璧だ。
翌々日、クラウディオが書状を持って来た。
「殿下、少々よろしいでしょうか。調査を頼まれていた件で」
「何か出てきた?」
「出てきました」とクラウディオが言い、机の上に書状を広げた。「ただし、内容が少々……」
「見せて」
読んだ。
アウラの筆跡に似せた書状は確かに見つかっていた。ただしその調査の過程で、別の書状が大量に出てきた。城内の文官が複数の貴族と組んで、評議会の議題を売り買いしていたという証拠書類一式だった。
「……これは」
「書状の宛先に設定された文官の部屋から出てきました。アウラ様の書状を調べる前に、こちらが先に目に入りまして」
「別件の不正が出てきたのね」
「はい。しかも規模が相当でございます。評議会の複数名が関与しているようで」
アウラの書状を横に置いた。
でっち上げを調べに行ったら、本物の不正が出てきた。しかもアウラとは無関係の話だ。これでは断罪の証拠にならない。アウラは無実のまま、別の貴族が不正で追い詰められる展開になる。
なろう作家として何度も書いてきたパターンだった。伏線を張ったつもりが、別の伏線が動き出す。
「クラウディオ、この件はどう処理するつもり?」
「殿下にご報告した上で、評議会の監察部門に引き渡すのが筋かと存じます。ただ」
「ただ?」
「殿下がこの文官に注目されていた経緯を、監察部門がどう見るかについては……」
「私が不正の存在を事前に知っていたと思われるかもしれないわね」
「そのような見方をする者が出る可能性はございます」
私は書状を2枚並べて見た。アウラのでっち上げ書状と、本物の不正書類一式。どちらも使い道が変わってしまった。
「……監察部門に引き渡して。私が関与しているように見えても構わないわ」
「よろしいのですか?」
「評議会の不正を見過ごすわけにはいかないでしょう。どうせ何かに変換されるわ」
クラウディオが少し間を置いた。
「……殿下は、変換されると分かっていて動かれるんですね」
「分かっていてもやるしかないのよ。時間がないから」
「時間が、ですか」
「いいわ、気にしないで。引き渡しをお願いするわ」
クラウディオが一礼して立ち上がりかけて、止まった。
「アウラ様の書状については」
「破棄して」
「かしこまりました」
クラウディオが退室した。
シルフィが、いつの間にかそこにいた。
「聞いていたのね」
「おおむね」
「変換は?」
「すでに評議員の間で、殿下が不正を察知して調査を指示されていたという話が広まり始めております」
「私は断罪イベントの証拠を作ろうとしていただけよ」
「結果として不正の摘発に繋がりました」
「……またか、とルナリアとアウラが同時に思う、という展開ね」
「アウラ様は本件を把握されていないかと」
「いずれ来るから、伝えておいて」
「かしこまりました」
「来た時の顔が目に浮かぶわ」
「どのようなお顔でしょうか」
「あなたが想像するのと同じ顔よ」
シルフィが少し間を置いた。
「……承知いたしました」
珍しく、間があった。想像したのかもしれなかった。確認しなかった。
翌朝、アウラが来た。
「殿下、どういうことですか」
「何が?」
「クラウディオ様から『評議会の不正が摘発されました。殿下から伝えるよう言われています』と言伝がありまして」
「そう。調べていたの」
「私の筆跡を写したのは、その調査に使うためだったんですか?」
少し間があった。
「違うわ。別の件よ」
「別の件、とは」
「いいわよ、気にしないで」
アウラがじっとこちらを見た。しばらく見てから、口を開いた。
「……殿下、私のために何かしようとしてくださっていましたか?」
「していないわ」
「そうですか」
「していないわよ」
「分かりました」
アウラが向かいに座った。全然分かっていない顔をしていた。
「また失敗しました、36回目です」とアウラが言った。「今日の朝、セリアさんに『アウラさんがいてよかった』と言われました」
「経緯は?」
「セリアさんが転びそうになったのを支えてしまいました」
「また体が先に動いたのね」
「はい。……でも殿下も今日、また何か、うまくいかなかったんですよね」
「……そうね」
「一緒ですね」
またその言葉だった。アウラが「一緒」と言うたびに、少し何かが動く。動いた先に何があるのかは、まだよく分からなかった。




