第30話 断罪させてやるわ!(アウラを)
アウラが断罪されれば物語が動く。
42話プロットでは、断罪式典でルキウスが婚約破棄を宣言する。そこに至るまでに、アウラのセリアへの嫌がらせが積み重なり、ルキウスの不信が高まる筋書きだった。
問題は、今のアウラがその逆方向に全力で走っていることだ。34回の失敗がある。ルキウスの信頼を下げるどころか、「アウラは気が利く」という評価を積み上げている。
だから私が動く。アウラを通さず、直接。
今日の作戦はシンプルにした。ルキウスに直接会って、「最近アウラの様子がおかしい」という印象を植え付ける。具体的な嘘は言わない。含みを持たせた言い方をする。ルキウスの想像力に任せる。
なろう作家として知っている。断罪の種は派手な悪行より、王太子の頭の中に生まれた「もしかして」という小さな疑問から育つ。
午前中、ルキウスの執務室の前を通る機会を作った。廊下で鉢合わせる形にした。
「ルキウス、少し時間があるかしら」
「もちろんです、姉上」
「アウラのことなのだけれど」
ルキウスがわずかに表情を引き締めた。婚約者の話を姉から切り出されれば、誰でもそうなる。
「最近ね、私のところに来るたびに少し様子が違うのよ。何か、うまくいっていないことがあるんじゃないかと思って」
「……そうですか」
「あなたの方では何か気になることはない?」
ルキウスが少し考えた。
「言われてみれば……先日、アウラがセリアのそばにいる場面を何度か見かけました。気にかけているのかと思っていたのですが」
「気にかけている、ね」
「何か問題がありましたか?」
「いいえ。ただ、気にしておいてほしくて」
それだけ言って、その場を離れた。
完璧だ。「気にしておいてほしい」という一言が、ルキウスの頭の中で育っていく。アウラとセリアの場面を「気にかけている」ではなく「何かある」という目で見るようになる。
昼過ぎ、中庭に面した廊下を歩いていたら、声が聞こえた。
ルキウスの声だった。
足を止めた。柱の陰から中庭が見えた。
ルキウスがセリアと話していた。アウラが少し離れたところに立っていた。3人の位置関係が、偶然、今日の話の続きのような場面を作っていた。
ルキウスがアウラを見た。目線が少し慎重だった。先ほどの会話が効いていた。
アウラが気づいた。
ルキウスの視線に気づいたアウラが、少し固まった。固まってから、何かを考えた。考えた末に、セリアに向かって言った。
「セリアさん、髪に何か付いていますよ」
セリアが手で触れた。アウラが笑顔でそっと取ってあげた。
「ありがとうございます、アウラさん」
ルキウスの目が変わった。さっきまでの慎重な目線が、柔らかくなった。
「やっぱりアウラは気が利くな」
声に出して言った。
私は柱の陰で立ち止まったまま、その場面を見ていた。
種が消えた。今芽吹きかけた疑念の芽が、アウラの天然の親切で綺麗に刈り取られた。アウラは何も知らない。知らないまま、笑顔でセリアの隣に立っている。
夕方、アウラが部屋に来た。
「35回目になりました」
開口一番だった。
「……経緯を聞かせて」
「セリアさんと一緒にいたら、ルキウス殿下が来て、なんとなくその場の雰囲気が良くて、気づいたら3人でお茶を飲んでいました」
「嫌がらせは?」
「する前にお茶になってしまいました」
「髪に付いていたものを取ってあげたのね」
アウラが少し止まった。
「……見ていらっしゃったんですか?」
「たまたまね」
「あれは本当に付いていたんです。取らない方がよかったですか?」
「……いいわよ」
力が抜けた。羽ペンを持ったまま書類に向かっていたが、置いた。
「殿下、何か今日されましたか?」
「していないわ」
「そうですか」
アウラが向かいに座った。シルフィが茶を2人分置いた。
「35回です」とアウラが言った。「もう35回です」
「『もう』が付いたわね」
「付けたくなりました。……殿下、一人でやっても限界があると思うんです。私だけじゃなくて、殿下も」
返す言葉が出なかった。
今日、私は一人で動いた。種を蒔いて、芽吹くところまで見届けた。それをアウラが天然で刈り取った。アウラは私が何をしたか知らない。知らないまま、「一人では限界がある」と言っている。
それが正しいことも、今日の結果が証明していた。
「……また来てもいいですか?」
「どうぞ」
アウラが扉を閉めた。
脱力した。椅子に深く、背もたれに体を預けた。
一人で動いて、刈り取られた。時間だけが過ぎていく。内乱がいつ来るか分からないのに、今日も一歩も進まなかった。




