第26話 邪魔してやるわ!
翌朝、作戦を立てた。
今日の悪行は「城内の掲示板に、王女への批判的な匿名文書を貼る」だ。以前の匿名文書とは違う。今回は貴族への中傷ではなく、王女自身への批判を書く。「王女は農業政策を分かっていない」「評議会への介入は越権行為だ」という内容にする。
批判文書が貼られた翌朝に、それを読んだ侍女が騒ぎ出す。評議会が問題視する。王女への批判が公式の記録に残る。
完璧だ。
文書を書いた。匿名にした。早朝、城内の掲示板に自分で貼った。
部屋に戻った。
30分後、シルフィが来た。
「殿下、掲示板の文書の件でございます」
「……もう知っているのね」
「早朝より城内の巡回を行っておりますので」
「どうなったの?」
「文書は既に回収しております」
「回収? なぜ?」
「匿名の批判文書を放置することは、城内の秩序上適切ではございません。また、文書の筆跡を確認いたしましたところ、殿下のものと一致しておりましたので、早急に回収が必要と判断いたしました」
「筆跡まで確認したのね」
「はい。なお、文書を目にした者は侍女2名でございます。内容については、口外しないよう既にお願いしております」
「口外しないようにした、ということは、批判が広まらなかったのね」
「はい。ただ」
「ただ?」
「侍女2名は大変心配しておられました。『殿下が何かお悩みなのではないか』という話をしておりました」
「悩んでいるんじゃなくて、悪行をしていたのよ」
「その点については、侍女には伝えておりません」
「なぜ?」
「伝えた場合、さらに心配させることになるためです」
私は少し間を置いた。
「……あなたが私を心配する侍女を心配したのね」
「殿下の周囲の環境を整えることも、私の仕事でございます」
返す言葉が出なかった。
文書は回収された。批判は広まらなかった。また完封だった。
30分で完封された。しかも私を心配する侍女まで生まれた。自分への批判を自分で書いて貼って、結果として周囲の心配を増やしただけだ。追放への道が、また一歩遠のいた気がした。一歩どころかそれ以上かもしれない。数えたくなかった。
椅子に座った。天井を見なかった。見ても何もない。
昼過ぎ、アウラが来た。
「30回目になりました」
開口一番だった。挨拶より先に言った。
「……座って」
アウラが向かいに座った。金髪がふわりと揺れた。顔に「やってしまった」と書いてあった。いつも通りだった。
いつも通りだ、と思ったら、少し楽になった。
「経緯を聞かせて?」
「ルキウス殿下とセリアさんが庭の東側で話しているのを見かけました。間に入ろうとしたのですが、セリアさんが振り返って『アウラさんも』と言ってくれて、気づいたら3人でお茶を飲んでいました」
「嫌がらせは?」
「できませんでした。お2人がとても幸せそうで、私もつい」
「つい?」
「嬉しくなってしまいました」
アウラがしょんぼりした。金髪がしょんぼりと揺れた。
シルフィが茶を2人分、静かに置いた。
「30回ね」
「はい」
「セリアとは今、どのくらい仲がいいの?」
アウラが少し間を置いた。
「……先日、セリアさんに『アウラさんは私の一番の友達です』と言われました」
「友達宣言されたのね」
「されてしまいました」
「嬉しかったの?」
アウラが俯いた。しばらく黙っていた。
「……嬉しかったです。それが一番困っています」
言葉が出なかった。嫌がらせの相手に友達と言われて嬉しかった、という事実が30回の失敗の中で一番重かった。アウラ自身もそれが分かっている。分かった上で俯いている。
「殿下、昨日何かありましたか?」
「今朝、悪行をしたわ。完封されたわ」
アウラが少し止まった。
「……お疲れ様です」
「ありがとう」
「どんな悪行でしたか?」
「自分への批判文書を掲示板に貼ったら、30分で回収されたわ」
「30分ですか」
「早いでしょう」
「……はい」
2人でしばらく黙った。シルフィが茶の残量を確認してから、そっと別の用で部屋の隅に退いた。
「殿下」
「何?」
「直接聞いていいですか?」
「どうぞ」
「どうすれば断罪されますか?」
「教えないわ」
「なぜですか?」
少し間があった。
「嫌だから」
アウラが止まった。
「……理由になっていません」
「理由よ。私が嫌だから」
「もう少し具体的に」
「嫌なものは嫌よ」
アウラが少し考えた。
「……殿下は、私に断罪されてほしくないんですか?」
「そういうことではないわ」
「では?」
「教えたところで、あなたにはできないから」
「30回見てきたからですか?」
「そう」
アウラが俯いた。しばらく黙っていた。金髪が顔の前に垂れた。払わなかった。
「……私も、分かっているんです。自分には無理だということは。でも諦められなくて」
「知っているわ」
「なぜ諦められないんでしょう」
「さあ。私も分からないわ」
「殿下も諦められないんですよね?」
「……そうね。諦めたら終わりだから。追放されないまま内乱に巻き込まれたくないもの」
「怖いですか」
少し間があった。
「怖いわよ。当たり前でしょう」
アウラが顔を上げた。金髪をようやく耳にかけた。目が少し赤かった。
「……正直に言ってくれてありがとうございます」
「礼を言うことじゃないわ」
「いいえ。怖いと言ってくれる人が、殿下しかいないので」
2人とも黙った。茶が完全に冷めていた。
「また失敗すると思います」とアウラが言った。
「そうね」
「31回目も、きっと」
「きっとそうよ。でもやるんでしょう?」
「やります」
「じゃあ私もやるわ」
アウラが立ち上がった。扉に向かいかけて、ふと止まった。
振り返った。
「殿下も、何かしてください」
「しているわよ。今朝も完封されたけれど」
「もっと」
「……うるさいわね」
アウラが少し笑った。一礼して、扉を閉めた。
部屋に静寂が戻った。
シルフィがそこにいた。
2人とも、何も言わなかった。
気がついたら、背中が少し丸くなっていた。項垂れている、というほどではなかった。でもそれに近かった。
シルフィも、盆を持ったまま、少しだけ下を向いていた。
シルフィが下を向く、というのを初めて見た気がした。気がした、というのは、今まで見ていなかっただけかもしれないからだ。
聞こうとして、やめた。
聞かなかったのは、聞く必要がないと思ったからではなかった。聞いたら、何かが変わる気がしたからだ。
茶が完全に冷めていた。




