第24話 暴走してやるわ!
評議会から招待が来た。
農業政策についての意見を聞きたいという内容だった。先日、評議会に直接乗り込んだ流れで、「王女殿下にご意見を賜りたい」という話になったらしい。
使える。
農業政策は詳しくない。詳しくないから、何を言っても「勉強不足でした」で済む。支離滅裂な発言で評議会を混乱させ、「王女を評議会に呼ぶべきではなかった」という空気を作る。次回から呼ばれなくなれば十分だ。
発言を3つ用意した。
どれも表面上は筋が通っているように聞こえるが、実際には矛盾を抱えているものにした。専門家が聞けば即座におかしいと気づくはずだ。なろう作家として知っている。伏線を張った後に矛盾を仕込むのは自分の得意技だ。今回は矛盾だけを仕込む。
会議は石造りの議場で始まった。
長机を挟んで貴族と文官が向かい合い、上座に議長格の老貴族が座っていた。全員が書類を持っていた。
今年の収穫量の話から始まった。水利権の問題、農具の普及にかかる費用の試算。数字が飛び交った。専門的だった。静かに聞いていた。
頃合いを見て、口を開いた。
「3点ほどよろしいでしょうか」
議場が静まった。
「農業の効率化という観点から申し上げますと、収穫の時期を意図的にずらして、市場への出荷タイミングを分散させる方法があるかと思います。同じ作物が一斉に出回ると価格が下がります。時期をずらせば価格が安定し、農家の収入も平準化できるのではないでしょうか?」
静寂が流れた。
うまくいった、と思った。気候と土壌の問題があって単純に実行できない政策だ。すぐに反論が来るはずだ。
老貴族が口を開いた。
「……なるほど」
違う。
「収穫時期の分散は以前から議題に上がっておりましたが、具体的な提言として出たのは初めてです。続きをお聞かせいただけますか?」
全員が前のめりになっていた。
まずい。
2つ目を出した。
「農村部の若者が都市に流出する問題についてですが、農産物の加工品を農家自身が作り、直接販売できる仕組みを整えれば、農村に留まる理由が生まれるかと思います」
また静寂が流れた。文官の1人が隣の者に耳打ちした。
「殿下、それは先月、隣国で試験的に導入された制度と概念が一致しております。資料をお持ちでしたか」
「持っていないわ」
「では独自にお考えに?」
違う!支離滅裂のつもりだったの!
「3つ目もお聞かせいただけますか」
議場全体から期待の目が来た。
3つ目の発言を出した。もうおさめられなかった。
会議が終わった。
席を立った。前かがみになった瞬間、机の角が額に当たった。
痛かった。
周囲の文官が数名こちらを見た。何事もなかった顔で立ち上がった。出口に向かった。
シルフィがいた。
「お疲れ様でございました」
「見ていた?」
「控えの間の隙間から」
「……議事録は?」
「すでに謄写が回っております。『殿下の革新的思考に評議会震撼。3項目の政策提言、次回会議で正式審議へ』という形で」
「正式審議?」
「次回会議で」
「次回も呼ばれるのね」
「議長より、定例会議への継続的なご参加をご検討いただけないかとの打診が参っております」
石畳を見た。
「……今回あなたは何かしたの?」
「何も。評議会の中は私の手が及ぶ範囲ではございません」
「全部あの人たちが自分で?」
「全員、農業政策の専門家でございます」
「支離滅裂なつもりだったのよ」
「殿下の発言は、農業政策の専門家が聞いても筋が通っておりました」
「矛盾を仕込んだのよ。どの発言に矛盾があったか、説明しようか?」
「お聞かせいただければ」
「第1発言の収穫時期分散は、気候と土壌の制約を無視している。実行不可能なのよ」
「その点については、議員から『来年度に試験実施できる地区を選定する』という意見が出ております。既に実行計画の検討が始まっております」
「…………」
「第2発言の農産物加工については、何か矛盾がございましたか」
「……隣国の制度と一致していたでしょう。私が独自に考えたわけではなかったということよ」
「それは矛盾ではなく、独自性の欠如でございます。ただし発言の内容自体は正しいため、採用に差し支えはないかと」
「第3発言には矛盾を仕込んだわよ」
「どの点でしょうか」
「農業人口と農業生産性の関係について、前提が逆になっていたのよ」
「専門家の方々は、前提が逆であることに気づいた上で『逆の前提で考えると新しい発見がある』という解釈をされておりました。逆説的アプローチとして評価されております」
私は額に手を当てた。
「矛盾を仕込んだのに、逆説と受け取られたのね」
「農業政策の専門家は、矛盾と逆説を使い分けるのが仕事でもございます」
「……来月も呼ばれるのね」
「打診が来ております」
「また発言するわ」
「かしこまりました。準備いたします」
「準備はいらないわよ。……いらないんだけど」
シルフィが少し待った。
「今日みたいな失敗を、また繰り返すのよ。支離滅裂なつもりが提言になって、呼ばれ続けて、支持率が上がって。それでもやるしかないのよ。時間がないから。分かってる? 分かってて言ってるの、私は」
「……承知しております」
「じゃあ準備しないで」
「かしこまりました」
シルフィが静かに一礼した。
額がまだ痛かった。読まない、と決めた。決めながら、資料を置かれたら開いてしまうかもしれないという予感があった。
前世でも、調べるつもりのなかった分野を気づいたら調べていたことが何度もあった。
作家の性質というのは、転生しても抜けないらしかった。
ただ、それとは別に。
今日の作戦は失敗だった。支離滅裂のつもりが政策提言になった。呼ばれなくなるどころか、来月も呼ばれる。評判は上がっている。追放への道は今日も一歩も動いていない。
その事実だけは、額の痛みと一緒に、部屋を出るまで残っていた。
夕方、アウラが来た。
「今日は失敗していません」
「珍しいわね」
「でも明日、30回目になりそうです」
「なぜ分かるの?」
「明日の午後、ルキウス殿下とセリアさんが中庭で会う予定があると聞いて、邪魔しに行くつもりでいるのですが」
「それは事前に教えないで」
「なぜですか」
「あなたが明日失敗する内容を、今日から心配したくないから」
「そうですか」とアウラが言い、少し考えた。「殿下、今日は額が赤いですよ」
「評議会で机にぶつけたわ」
「大丈夫ですか」
「大丈夫よ。支離滅裂な発言をしようとして、政策提言になっただけよ」
「……どちらが問題ですか?」
「後者よ。来月また呼ばれるから」
アウラが少し首を傾けた。
「殿下は今日も全力でしたね」
「全力だったわ。全力で失敗したわ」
「私も明日、全力で失敗する予定です」
「頑張りなさい」
「はい」
2人とも、少し笑った。笑ってから、少し黙った。




