第23話 サボってやるわ!
もう何もしたくなかった。
悪行をすれば変換される。騒ぎを起こせば引き分けに終わる。曙光会が出てきた。カシオが動いている。セヴェロが評議会を動かしている。フェリオは「また来ます」と言って帰った。アウラは27回目の失敗に向かっている。
疲れた。
全部やめる。公務も、悪行も、計画も、全部。今日は部屋から出ない。布団をかぶって寝る。それだけだ。
シルフィが朝の茶を持ってきた。
「本日のご予定でございますが」
「全部キャンセルして」
「……かしこまりました」
シルフィが一拍置いた。
「全部でございますか?」
「全部よ。今日は部屋から出ないわ」
「かしこまりました」
シルフィが下がった。あっさりしていた。止めなかった。確認もしなかった。
不気味だった。
布団に入った。
だが眠れなかった。
昼過ぎ、シルフィが食事を持ってきた。
「シルフィ」
シルフィがこちらを向いた。
「今日は部屋から出ないと言ったわ」
「承知しております」
「ならシルフィがいない隙に、部屋の中で何か悪行ができるかもしれないわね」
シルフィが盆を置いた。
「どのような悪行をお考えでしょうか」
「あなたがいなければ考えるわよ」
「承知いたしました。席を外します」
シルフィが退室した。
部屋に一人になった。
考えた。部屋の中でできる悪行。手紙を書く。誰かに送る。シルフィを通さずに。
文机に向かった。羽ペンを取った。
宛先を考えた。フェリオ。いや、手紙はシルフィが管理している。評議員。城内便もシルフィが管理している。
では直接届ける。部屋から出なければいけない。
「……出ないと言ったのよ」
自分に言い聞かせた。
羽ペンを置いた。
扉が開いた。シルフィが戻ってきた。盆の上に食事が乗っていた。
「……いつの間に食事を」
「先ほど厨房に届けてもらいました」
「席を外したのはほんの少しだったわよ」
「はい。必要な時間だけ外しました」
食事を食べた。シルフィが盆を片付けた。
「部屋の中で何かできることを考えておくわ」
「承知しました。思いつかれましたらお申し付けください」
「あなたに申し付けたら潰されるわよ」
「それは状況によります」
「どんな状況なら潰さないの?」
「殿下の安全を脅かさない範囲であれば、私が動かない場合もございます」
「今まで動かなかったことがあるの?」
シルフィが少し間を置いた。
「以前、殿下が西棟の文官に話しかけられた件は、翌朝まで把握が遅れました」
「それは出し抜いた話でしょう」
「出し抜かれた間は、動けておりませんでした」
「つまり私が知らせずに動けば、一日は先を行けるということね」
「可能性としてはございます。ただし、それ以降は対策されます」
「分かっていて教えるの?」
「隠す理由がないためでございます」
食事を終えた。シルフィが下がった。また寝ようとした。眠れなかった。
天井を見た。
シルフィが「隠す理由がない」と言った。出し抜かれた事実を。対策を。それを教えることで何を得るのか。透明性を示すことで、私が変な方向に動かないようにしているのか。それとも別の理由があるのか。
考え始めたら、また眠れなくなった。
翌朝、シルフィが茶を持ってきた。
「昨日の公務の件でございます」
「全部潰れたのね」
「全て代行いたしました。カリウス将軍、クラウディオ様、それから評議員の方が数名、殿下の名代として動いていただきました」
「昨夜のうちに頼んだのね」
「はい。滞りなく終わっております」
「城内では何か広まっているの?」
「『殿下は水面下で重要な作業をされている』という形で」
「寝ていたわよ」
「存じております」
「それが重要な作業になるの?」
「殿下が公務を離れて引きこもるほどの作業とは何か、と各方面で議論が起きております。評議会では『次期国政の設計ではないか』という説が有力です」
「変換の文句は?」
「『殿下の縁の下の力持ち精神に感動』という形で広まっております」
「縁の下にもいなかったわよ。布団の中にいたわよ」
「左様でございます」
「それで支持率は」
「更新されました」
「聞かなければよかったわ」
シルフィが静かに下がりかけた。
「待って」
足が止まった。
「昨日、部屋の前で止まっていたわよね。昼過ぎに」
シルフィが一拍置いた。
「止まっておりました」
「何をしていたの?」
「殿下が食事をとっておられるか、確認しておりました」
「それだけ?」
「……それだけではございません」
「他には?」
「部屋の中の様子が、いつもと違っておりましたので」
「どう違った?」
「静かすぎました。殿下がお休みになっている時の静けさとも、何かを考えておられる時の静けさとも、少し違う静けさでした」
「それで?」
「確認したかったのですが、扉を開けることが適切か判断できず、その場に留まっておりました」
「結局、開けなかったわね」
「はい。少し経ってから、食事の時間にお持ちすることにいたしました」
私はシルフィを見た。シルフィが視線を外さなかった。
「昨日は疲れていただけよ」
「存じております」
「心配しなくていいわ」
「かしこまりました」
シルフィが一礼して下がった。
布団を引き寄せた。
静かすぎる静けさ、とシルフィが言った。シルフィが扉の前で判断できなかった。今まで一度もなかった話だ。
信じていいのかどうか、分からなかった。でも嘘をつく理由も、今のところ見当たらなかった。
午後、アウラが来た。
「昨日来たのですが、お部屋がお休みだと伺いまして」
「そうよ。今日は起きているわ」
「よかったです。29回目になりました」
「座って。経緯を」
「昨日、殿下がお休みと聞いて、ではセリアさんに嫌がらせをする好機だと思いました」
「珍しく前向きね」
「はい。それで、セリアさんの部屋の前まで行ったのですが」
「行ったのですが?」
「扉の前に立ったら、中から泣き声が聞こえてきて」
「……泣き声」
「はい。セリアさんが誰かと話していて、母親の体調がよくないと泣いておられて。それで」
「入れなかったのね」
「入れませんでした。むしろドアをノックして、大丈夫ですかと聞いてしまいました」
「29回目ね」
「はい」とアウラが言い、少し間を置いた。「殿下は昨日、お疲れだったのですか?」
「疲れただけよ」
「そうですか」
「あなたも疲れるでしょう。29回よ」
「疲れます」とアウラが言った。「でも殿下が諦めていないから、私も諦められないんです」
返す言葉が出なかった。




