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第22話 泳がせてやるわ!

 セヴェロ王弟が動き始めた。


 評議会の議題の並びが少しずつ変わっていた。誰かが意図的に並べ替えている。カシオを通じて評議会に圧力をかけようとしているのだろう。


 乗ることにした。


 静観ではない。積極的に騒動を大きくする。セヴェロ派の動きに「燃料」を足す。私が何もしなくても動いている流れに、余計に油を注ぐ。騒ぎが大きくなれば、王女が政争に加担した不穏分子として問責される可能性がある。廃嫡の口実になりうる。


 具体的には、評議会の会議で発言することにした。


 本来なら王族は評議会の審議に直接介入しない。それを破る。「王女が評議会に口を出した」という事実が残れば、批判の種になる。


 問題は何を言うか、だ。


 セヴェロ派に有利な議題を後押しするような発言をする。それによって「王女がセヴェロ派と結託している」という疑念が生まれる。王太子派と対立構図ができる。評判が傷つく。


 完璧だ。



 3日後、評議会の会議に乗り込んだ。


 議長が驚いた顔をした。貴族たちがざわめいた。それでいい。


 「少し発言してもよろしいですか?」


 議長が頷いた。


 セヴェロ派が推していた予算配分の議題について、支持するような発言をした。理由を丁寧に述べた。セヴェロ派の貴族たちが顔を見合わせた。


 手応えがあった。


 議場を出た。廊下でカシオに会った。



 「ルナリア殿下」


 カシオが声をかけてきた。


 「どうぞ」


 「今日の発言は……父が喜ぶかと思いますが、殿下にとっては」


 「私の都合よ。あなたが気にすることではないわ」


 カシオが少し止まった。


 「父の工作を利用するつもりですか」とカシオが聞いた。直接だった。


 「情報は多い方がいい」


 「それは先日もおっしゃっていましたが、今日の発言は情報収集の範囲を超えているように見えました」


 「鋭いわね」


 「……殿下は、父を助けたいわけではないですよね?」


 「助けたいとは思っていないわ」


 「では、ご自身が批判されることを望んでいる?」


 私は廊下で少し止まった。カシオの目が、父譲りの鋭さでこちらを見ていた。ただ父と違うのは、その目に野心がないことだ。


 「なぜそう思うの?」


 「今日の発言は、王太子派の反感を買います。そしてセヴェロ派からも、使われたと気づいた時点で信頼されなくなります。どちらからも批判される立場になる。それを分かった上でやっているように見えました」


 「……随分と観察しているのね」


 「父のそばにいると、人の動機を読む癖がつくのです」とカシオが言い、少し苦い顔をした。「あまり好きな習慣ではありませんが」


 「あなたが動機を読む能力は、あなた自身の役に立てなさい」


 「……それは、父から離れろということですか」


 「あなたが決めることよ」


 カシオが少し間を置いた。


 「引き続き、父の動きをお伝えしてもよろしいですか?」


 「どうぞ」


 カシオが一礼して、去った。


 設定資料に「重荷に感じている」と書いた。書いた通りの人間だった。



 夕刻、シルフィが部屋に来た。


 「本日の評議会での発言について、報告がございます」


 「どうなったの?」


 「王太子派の貴族3名が殿下の発言に反発し、非公式の場で批判しております」


 「それはいい話ね」


 「はい。ただ、セヴェロ様の側近より『殿下が味方についた』という認識が広まっており、次の会議でも発言を求められる可能性がございます」


 「求められたら断ればいいわ」


 「断った場合、『セヴェロ派を一度支持して撤回した』という形になります」


 「それも悪くないわね。優柔不断な王女として」


 「優柔不断というより、『深謀遠慮の末の判断』という解釈が有力です」


 「誰がそんな解釈をするの?」


 「曙光会でございます」


 曙光会。また出てきた。


 「曙光会は今日の発言をどう受け取ったの?」


 「殿下が評議会に直接介入したことを、王族の新しい在り方として評価しております。支持率の抑制方針を一時的に緩めるかどうか、内部で議論しているようで」


 「私が騒ぎを起こそうとしたら、改革派に評価されたのね」


 「皮肉な結果でございます」


 シルフィが「皮肉」という言葉を使った。初めてだった。


 「シルフィ、今日の私の作戦をどう評価するの?」


 「評価というのは」


 「うまくいったと思う? 失敗だと思う?」


 「王太子派の反感は買いました。セヴェロ派への利用は半日で気づかれるでしょう。曙光会の評価は上がりました。支持率への影響は現在確認中です。どの結果を基準に評価するかによって、答えが変わります」


 「じゃああなたの基準では?」


 「私の基準は、殿下の安全でございます。その基準では、今日の発言は評議会内の対立を深め、殿下の立場を複雑にしました。安全という観点では、マイナスでございます」


 「追放の観点では?」


 「複数の派閥から批判される立場になったことは、廃嫡の口実としては機能し得ます。ただし、曙光会が支持を強める方向にも働いています。プラスとマイナスが同時に発生しております」


 「つまり今日は引き分けね」


 「そのような表現が適切かと存じます」


 引き分け。また引き分けだった。


 机の上の書類を一枚手に取った。内容を読んでいなかった。ただ手に持っていた。置いた。


 「カシオとの廊下での会話は把握しているの?」


 「おおむね」


 「おおむね、というのは?」


 「会話の内容については、カシオ様の側近が報告しているようで、私も後から確認しました。ただ、殿下が最後におっしゃった『あなたが決めることよ』という言葉については、把握が少し遅れました」


 「なぜ遅れたの?」


 「その場に私の情報源がおらず、カシオ様の側近の報告に頼ったためです」


 「つまり、あの廊下の会話の一部は直接聞かれていなかったのね」


 「左様でございます」


 私は少し間を置いた。


 「カシオは今後も使えるわ」


 「どのような意味で?」


 「情報源として。あの人間は動機を読む癖がある。城内の動きをよく見ている。父から距離を置きたいとも思っている。こちらに話してくれる理由がある」


 「カシオ様が殿下にとって有益かどうかは、使い方次第でございます」


 「あなたはカシオをどう見ているの?」


 シルフィが少し間を置いた。


 「……重荷を降ろしたいとお思いの方だと、見ております」


 「それで?」


 「重荷を降ろした先に何があるかを、まだご自身でも決めかねているようです。その意味で、今後の動きは読みにくい方でございます」


 「読みにくいのね」


 「はい。私が把握できていない部分もございます」


 私は窓の外に目を向けた。


 カシオが「読みにくい」。シルフィがそう言った。つまりシルフィの情報網に完全には入っていない。


 使える、と思った。


 翌朝、アウラが来た。


 「28回目になりました」


 「座って。経緯を」


 「城内でカシオ様とセリアさんがすれ違う場面を見かけました。2人は面識がなかったようで。これは邪魔するより引き合わせた方がセリアさんにとっての『別の選択肢』になると思って」


 「……それは嫌がらせじゃなくて仲介よ」


 「途中で気づきました。でも止められなくて」


 「カシオとセリアを引き合わせたの?」


 「はい。カシオ様はセリアさんにご丁寧に挨拶されて、セリアさんはルキウス殿下にその話をして、ルキウス殿下が『アウラは城内の人間関係をよく把握しているな』とおっしゃっていたと聞きました」


 「……人間関係の把握者になったのね」


 「なってしまいました」


 私は机に指を置いた。力を入れた。


 「アウラ、あなたは本当に……」


 「存じております」


 「一度でいいから、まず嫌がらせをしてから気づきなさい」


 「気づいた時にはいつも遅いんです」


 「そうね」とだけ言った。

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