第21話 嗅ぎまわってやるわ!
ドミナが動いている。
評議会の廊下でドミナが文官に何かを渡していた。渡した後に文官がすぐ懐にしまった。周囲を確認しながら。
クラウディオに調査を頼んだ。2日後、書状が来た。ドミナがここ数週間で接触した人間の名前、渡された文書の推定内容、金の流れの痕跡。そしてその中に、私が贈賄をしていたという偽の証拠が含まれていた。
ドミナが私を陥れようとしている。
「……よく調べられたわね」
「父の書斎に残っていた資料が役立ちました」とクラウディオが言った。「殿下、これはすぐに否定された方がよいかと。放置すれば評議会に——」
「放置するわ」
クラウディオが止まった。
「ただし、私も動く」とすぐに続けた。「あなたは何も知らなかったことにして」
使える。ドミナの偽証拠を泳がせる。それだけではなく、私自身も偽証拠を追加で仕込む。ドミナの工作に乗っかりながら、さらに大きな問責を引き寄せる。
自分で証拠を作ることにした。
贈賄の相手として、架空の商人名を使った文書を一枚書いた。日付を先週に設定した。それを城内の目立つ場所に、意図的に「うっかり」落とした。拾った者が評議会に届ければ、問責の火に油が注がれる。
完璧だ。
翌日から1週間、手応えがあった。
評議会の一部貴族がざわつき始めた。文官の間で噂が広まった。「殿下が不正をしているらしい」という話が、複数の経路で広まっていた。クラウディオから「あと数日で評議会に正式上程される見込みです」という報告が来た。
久しぶりの感覚だった。上手くいっている、という感覚。
しかし、翌朝、シルフィが茶を持ってきた。
「殿下、贈賄疑惑の件でございます」
「……何?」
「昨夜、評議会への上程が取り下げられました」
手が止まった。
「取り下げられた?」
「証拠として使われていた文書が偽造と判明いたしました。関与した文官3名が自ら申告しております。また、城内で発見された追加文書についても、筆跡と使用された紙の産地から偽造と確認されました」
追加文書。私が自分で作った一枚のことだ。
「……追加文書まで偽造と確認されたの?」
「はい。鑑定に一日かかりましたが、確認できました」
「鑑定を頼んだのはあなた?」
「はい」
「いつ動いたの?」
「文書が城内で発見されたとの報告を受けた翌朝でございます」
「……私が落とした翌日ね」
「はい」
茶を置いた。
「なぜすぐに教えなかったの?」
「殿下が放置するようお命じでしたので、介入の時機を計っておりました。評議会への上程が確定した時点で、放置の範囲を超えると判断いたしました」
「私は問責されたかったのよ」
「……左様でございますか」
「左様でございますと言いなさい」
「左様でございます」
「分かっていて言わせたのね」
シルフィが茶を継ぎ足した。答えなかった。
「私が自分で追加の証拠を作ったことも、分かっていたのね」
「城内で文書が発見されたとの報告を受けた際、落とし主については確認しておりました」
「確認、というのはどうやって?」
「文書の発見場所と、殿下の午後の動線が一致しておりました」
動線。見られていた。いつから、どこから見ていたのか。
「今回、あなたが後手に回った部分はあるの?」
シルフィが少し間を置いた。
「追加文書の存在については、翌朝まで把握しておりませんでした」
「つまり一日分は出し抜けたということ?」
「落とされた当日については、把握が遅れました」
「それはあなたが認めるの?」
「事実でございますので」
私は茶を飲んだ。一日。昨日と一昨日の間の一日だけ、シルフィより先にいた。
「何か出てきたの? 調査の過程で」
シルフィが少し間を置いた。今度は少し長かった。
「『曙光会』という名前の組織でございます」
知らない名前だった。
「何をしている組織なの?」
「若手改革派貴族の集まりでございます。腐敗した現体制に不満を持つ者たちが、殿下を『救国の女王』として担ごうとしております」
「いつから把握していたの?」
「しばらく前から」
「私より先に?」
「左様です」
「なぜ教えてくれなかったの?」
「殿下の追放計画に直接影響しないと判断しておりました」
「その判断が間違っているとは思わないの?」
シルフィが少し間を置いた。
「……今回の贈賄疑惑の調査を通じて、曙光会の動きが追放計画に影響し得ると判断を改めました。その意味では、報告が遅れたことはお詫び申し上げます」
「謝罪ね」
「はい」
謝りながら、理由を説明した。理由が分かると、ただ謝られるより納得できた。
腹の底に、冷たいものが落ちた。内乱が始まるまでの時間は限られている。プロットにない組織が自分を担ごうとしているなら、追放どころか逆方向に引っ張られる。
「曙光会への対処は?」
「現時点では静観が適切かと存じます」
「静観したら担がれるでしょう?」
「動いても担がれるかと存じます。ただし動き方によっては、担ぎにくくなる可能性はございます」
「どんな動き方?」
「明確に評判を落とすことができれば、担ぐ理由が薄れます」
「それが追放計画と一致するわね」
「はい。皮肉ではございますが」
「つまり私が全力で悪行を続けることが、曙光会対策にもなるということ?」
「理屈の上では、そのようになります」
私は少し間を置いた。
「それをなぜ今まで言わなかったの?」
「殿下が既にそのようにされていたため、改めて申し上げる必要がないと判断しておりました」
「……今日は随分と正直ね」
「一日出し抜かれたためでございます」
私は茶を置いた。
「支持率は今いくつ?」
「93%でございます」
「……下がったの?」
「はい。ここ数週間で6%下落しております」
「何が起きたの?」
「曙光会が意図的に抑制しております。100%になれば担ぎにくくなると判断しているようで、城内外の情報操作によって上昇を抑えております」
「つまり私の支持率を下げようとしている組織が、私を担ごうとしているのね」
「矛盾しておりますが、事実でございます」
「下がったことは……悪くない話ではあるのね」
「追放計画の観点では、そうなります。ただし担がれる方向に引っ張られておりますので、下がった分が追放に近づいているとは言い切れません」
「厄介ね」
「ご不便をおかけしております」
窓の外に夕暮れが来ていた。城内が少し、また騒がしかった。
少し後、アウラが来た。
「27回目になりました」
「経緯を」
「セリアさんに嫌がらせの手紙を書いたんです」
「……珍しいわね。体が先に動かなかったの?」
「手紙なら体が動く前に頭で考えられると思って」
「それで?」
「書いていたら、励ましの手紙になっていました」
「……内容は?」
「『いつも頑張っていますね。陰ながら応援しています』」
「それは嫌がらせじゃないわよ」
「自分でも途中で気づいたのですが、最後まで書いてしまいました」
アウラが膝の上で手を組んだ。
「……手紙でも体が先に動くとは思いませんでした」
「学習したわね、一つ」
「学習ではなく諦めに近いです」
「諦めてはいけないわよ。私も諦めていないから」
アウラが少し顔を上げた。目が少し赤かった。
「……そうですね」




