第20話 縁を切ってやるわ!
フェリオへの文通は、もう終わりにしようと思った。
理由は単純だ。続けるほど状況が悪化する。「恐ろしい人間だ」と書いたら「もっと好きになった」と返ってきた。どう書いても好意的に受け取られる。文通そのものを断ち切るしかない。
それに、返事を書かないというのは立派な悪行だ。隣国の王子からの手紙を無視する王女。礼を欠く。外交上の問題になりうる。評判が落ちる。
手紙を書いた。
フェリオ殿下へ
誠に勝手ながら、以後の文通はお断りいたします。理由は申し上げません。今後は返事をいたしませんので、ご承知おきください。
ルナリア・ディ・アステリア
短くした。長い説明は隙になる。短く、冷たく、理由なし。
封をして、シルフィに渡した。
6日目の朝、シルフィが執務室に入ってきた。
「フェリオ殿下がいらしております」
「……手紙じゃなくて?」
「ご本人が」
書類から顔を上げた。
「本人」
「今朝方、城門前にいらっしゃいました。『返事を書くより直接来た方が早いと思いまして』とおっしゃっております」
しばらく何も言えなかった。
「追い返せる?」
「隣国の第二王子を追い返すことは、外交上——」
「分かったわ」
応接室に通した。
扉を開けると、フェリオが立っていた。明るい茶髪、旅装束のまま、外套に埃をつけたまま、にこにこしていた。
「ルナリア殿下、お久しぶりではありませんが、参りました」
「手紙を受け取ってすぐ来たのでしょう」
「3日かかりました。道中は悪くなかったです。この季節は山越えが気持ちいい」
「隣国から3日かけて、文通を断られに来たの?」
「断られた上で、理由を聞きに来ました」
「申し上げませんと書いたはずよ」
「書いておられましたね」とフェリオが言った。「直接聞けば別かと思いまして」
「同じよ」
フェリオが少し笑った。それ以上は食い下がらなかった。
「では、殿下がご無事であることは確認できました」
「無事よ。見ての通り」
「よかった」
本当によかった、という顔をしていた。芝居ではなかった。
シルフィが控えていた。盆の上に茶が2人分あった。いつから用意していたのかと思いかけて、気づいた。
「……シルフィ、今日はずいぶんと準備が遅かったわね」
シルフィが一拍置いた。ほんのわずかな間だったが、確かに置いた。
「申し訳ございません」
「いつもなら来客の前に出ているわよ」
「……今回は、少々想定外でございました」
それだけ言って、シルフィは静かに茶を置いた。
私はフェリオを見た。フェリオがシルフィを見た。
「優秀な方ですね」とフェリオが言った。
「想定外があるのに?」
「想定外を認めるのは優秀な証拠です。認めない人間の方が危ういので」
フェリオが茶を一口飲んだ。旅の埃が外套についたまま、隣国の王子が王女の応接室でくつろいでいた。
「それで」と私は言った。「何の用?」
「先ほど申しましたが、ご無事を確認しに来ました」フェリオが答えた。
「それと、先日の手紙の末尾に『穏やかでない話が聞こえてきます』と書いたのはこちらです。その後どうなったか、気になりまして」
私は少し止まった。
「……それで3日かけて来たの?」
「手紙では埒が明かないと判断しました」
「何も起きていないわ」
「そうですか」
「今のところは」
フェリオが一拍置いた。それ以上は聞かなかった。
「分かりました」と言って、茶を飲んだ。
午後、フェリオが城下を見たいと言い出した。
「城内でおとなしくしていなさい」
「城壁の上から見るだけでは駄目ですか?」
「……なぜ城壁の上から」
「城内からも見えますので」
理屈は通っていた。止める言葉が出なかった。
フェリオが城壁の上に出て、しばらくして城下から声が聞こえてきた。
子どもの声だった。複数だった。
夕刻、シルフィが書付を1枚持ってきた。
「本日の動きの概要でございます」
受け取って読んだ。フェリオ殿下が城壁から城下の子どもたちに声をかけ、衛兵に許可を取って城下に出た。屋台でパイを買い、子どもたちに配り、広場で即席の歌会が始まった。
城下の市民、推定200名が集まった。隣国の踊りを披露した。評議会に「殿下の紹介による国際親善交流」として報告が入った。
書付を置いた。
「私はフェリオを紹介していないわ」
「殿下に会いに来られた事実がございます」
「それを紹介とは言わないわよ」
シルフィが静かに次の書付を出した。
「両国の絆が深まる外交の新時代、という形で各方面に広まっております」
「各方面に?」
「各方面に」
書付を2枚重ねて置いた。フェリオが城下で踊っている様子を想像した。想像した方が良かったかどうかは分からなかった。
翌朝、フェリオが荷物をまとめて応接室に来た。
「帰りますね」
「そう」
「楽しかったです」
「城下で踊っていたわね」
「見てくれたのですか?」
「見ていないわよ」
フェリオが少し笑った。
「文通、また再開していただけますか?」
「……それを聞くために3日かけて来たの?」
「理由のひとつではあります」
「帰りなさい」
「帰る前にお返事をいただければ」
「考えておくわ」
フェリオが笑った。今度は音を立てて笑った。一礼して、扉へ向かった。
扉の前で足を止めた。
「また来ます」
「来なくていいわ」
「検討します」
扉が閉まった。
シルフィと2人だけが残った。
窓から城下が見えた。昨日フェリオが踊ったあたりに、まだ人が集まっているように見えた。
「……穏やかでない話、というのはシルフィも把握しているの?」
「おおむね」
「おおむね、というのは?」
「全容の把握には、もう少し時間が必要でございます」
「セヴェロ?」
シルフィが一拍置いた。
「確認が取れ次第、ご報告いたします」
直接答えなかった。答えない、ということが答えだった。
「……支持率は?」
「更新されました」
「何%?」
「申し上げるより、殿下ご自身がお感じになっている数字の方が近いかと思われます」
返す言葉がなかった。
シルフィが茶を新しく用意した。今日は最初から1人分だった。フェリオがいない分だけ、静かだった。
文通を断った。3日で本人が来た。帰り際に「また来ます」と言った。支持率は更新された。国際親善まで成立した。追放計画として、今日は全敗だった。
夕方、アウラが来た。
「26回目になりました」
「座って。経緯を聞かせて」
「フェリオ殿下が城下で歌会を開いていると聞いて、邪魔しに行こうとしたのですが」
「したのですが?」
「気づいたら一緒に歌っていました」
少し間があった。
「歌ったの?」
「隣国の歌だったので、歌詞が分からなくて。フェリオ殿下が教えてくださって、それで」
「フェリオに教えてもらいながら歌ったのね」
「そうなんです」
アウラがしょんぼりした。金髪がしょんぼりと揺れた。
「……今日は私も全敗だから、同じね」
「そうなんですか」
「そうよ」
2人でしばらく黙った。シルフィが茶をもう1人分持ってきた。最初から用意していなかったのに。




