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第18話 謎を解いてやるわ!

 シルフィの正体を調べることにした。


 きっかけは昨日の「想定にございませんでした」という一言だった。想定外があるということは、情報の限界があるということだ。限界があるなら、その手前に何かある。


 シルフィがどこから情報を得ているか、どこに繋がっているか、それを突き止めれば、次の作戦に使える。


 具体的には、こういうことだ。シルフィが把握できない経路で悪行を動かせれば、変換される前に評判が落ちる。評判が落ちれば廃嫡の口実になる。廃嫡の口実があれば追放に近づく。


 シルフィを出し抜くための情報は、追放計画の核心だ。


 城内の人事記録を調べることにした。


 筆頭メイドとして採用された記録があるはずだ。採用経緯、出身、推薦者。そういった情報が人事記録には残る。


 人事記録の保管室は城の北棟にある。朝の公務の合間、シルフィが別の用で席を外した隙を狙った。



 北棟の保管室に着いた。


 担当の文官に「人事記録を確認したい」と告げた。文官が恭しく案内した。棚が並んでいた。年代順に整理されていた。


 シルフィが採用された年代を推定して、該当の棚を引いた。


 ファイルが並んでいた。


 シルフィという名前のファイルを探した。


 なかった。


 別の棚を引いた。なかった。また別の棚を引いた。なかった。


 「この年代の筆頭メイドの採用記録を見たいのですが?」


 文官が少し困った顔をした。


 「それが、殿下。筆頭メイドの採用記録は……昨日の整理で、別の書庫に移管されたようで」


 「昨日の整理?」


 「はい。定期整理のスケジュールが前倒しになったと聞いております」


 「誰の指示で?」


 「……筆頭メイドのシルフィ様より、ご依頼があったと聞いております」


 私は保管室の棚の前で、しばらく動かなかった。


 昨日。前倒し。シルフィの依頼。


タイミングが合いすぎていた。


 「別の書庫というのはどこ?」


 「城の南棟の奥でございます。ただ現在は整理中のため、閲覧には整理完了後のお申し込みが……」


 「完了はいつ?」


 「未定、と聞いております」


 未定。


 「……分かったわ」


 そう言って、保管室を出た。



 執務室に戻ったら、シルフィがいた。


 いつも通り、無表情で立っていた。


 「北棟にお出かけでしたか」


 「ええ」


 「何かご用がございましたか?」


 「人事記録を調べようとしたわ」


 「左様でございますか」


 「見つからなかったわ。昨日、南棟に移管されたそうね」


 「定期整理のスケジュールでございます」


 「スケジュールが前倒しになったそうよ。あなたの依頼で」


 シルフィが一拍置いた。


 「整理が遅れておりましたので」


 「私が調べようとしていたから前倒しにしたのでしょう?」


 「定期整理の前倒しは、今月初めに予定しておりました」


 「答えになっていないわよ」


 「殿下が調べようとしていたかどうかと、整理の前倒しは、別の事柄でございます」


 「でも重なったのね?」


 「偶然の一致でございます」


 「あなたが偶然と言うと、信じにくいわ」


 「それは光栄でございます」


 光栄。初めて使った言葉だった。


 「……シルフィ、あなたはどこから来たの?」


 「城内でございます」


 「その前は?」


 「その前も城内でございます」


 「生まれは?」


 「アステリア王国でございます」


 「親は?」


 「おります」


 「名前は?」


 シルフィが少し間を置いた。


 「お答えすることが、殿下のお役に立つとは思えません」


 「あなたが判断することではないわ」


 「左様でございます。ただ、お役に立つかどうかを考えた上で、お答えするかどうかを決めることは、私の判断の範囲内かと存じます」


 返す言葉が一瞬出なかった。


 「……つまり、答える気がないということ?」


 「今は、でございます」


 「今は、ということは、いつかは?」


 「必要なときが来れば、殿下にはお話しすることになるかと存じます」


 「いつが必要なとき?」


 「それは私にも分かりません」


 私はしばらくシルフィを見た。シルフィが視線を外さなかった。


 謎は謎のままだった。ただ今日、一つだけ分かったことがある。


 シルフィには、答えたくないことと、答えられないことがある。「親の名前」への返答は、答えたくない側だった。


 「手帳を開いていないのね」


 「はい」


 「いつもなら、もう何か書いているわよ」


 「本日は、記録するものが今のところございません」


 「私がシルフィを調べようとした経緯を書かないの?」


 「書くべき事柄かどうか、判断しておりません」


 また判断という言葉が出た。


 「……まあ、いいか」


 声に出てしまった。


 「よろしいのですか」とシルフィが聞いた。珍しいことに、問い返してきた。


 「よくはないわ。でも今日のところは、これ以上調べても同じね」


 「記録は南棟の整理が完了次第、正式な申請でご覧いただけます」


 「申請したら、また何かが起きそうね」


 「何が起きると殿下はお思いでしょうか」


 「あなたに聞いているの?」


 「殿下がどのようにお考えかを確認したいと思いまして」


 私は少し考えた。


 「あなたが先回りして、また別の方法で記録が見えなくなるわ」


 「そのような意図はございません」


 「意図がなくても、結果としてそうなりそうね」


 「……ご指摘は受け止めます」


 ご指摘は受け止める。謝罪でも否定でもない、初めての返答だった。


 シルフィが手帳を取り出した。


 「アウラ様がいらしております。お通ししてもよろしいでしょうか」


 「どうぞ」



 アウラが入ってきた。金髪が揺れた。


 「殿下、26回目になりました」


 「経緯を聞かせて」


 「ルキウス殿下とセリアさんが中庭で話しているところを見かけて、邪魔しようとしたのですが」


 「したのですが?」


 「二人の話が聞こえてしまって。セリアさんが、母親の具合が良くないとおっしゃっていて」


 「それで?」


 「邪魔するのを忘れて、お見舞いの品を手配してしまいました」


 「嫌がらせを」


 「お見舞いを」


 「それは嫌がらせどころか——」


 「存じております」


 アウラがしょんぼりした。金髪もしょんぼりと揺れた。


 「しかも後でルキウス殿下から感謝されてしまいました」


 「セリアさんに、ではなくて?」


 「両方にです」


 シルフィが茶を2人分置いた。私はシルフィの横顔を少し見た。


 無表情で、いつも通りで、今日調べようとして調べられなかった人間が、今日も茶を置いている。


 「殿下?」とアウラが首を傾けた。


 「何でもないわ。あなたのことが手帳に書いてあるわよ、たくさん」


 「どんなことが?」


 「嫌がらせが全部失敗するとか、断罪されるとか」


 「私の運命の相手のことも?」


 「書いてあるわ」


 「教えてくれますか?」


 「嫌よ。まだ条件が整っていないから」


 アウラがしばらく考えてから、立ち上がった。


 「また来てもいいですか?」


 「どうぞ」


 扉が閉まった。


 手帳の余白に、気づいたら文字を書いていた。


 「あと何年ある?」


書いてから、止まった。


追放されるまでの年数ではない。内乱が始まるまでの年数だ。追放されなければ内乱で死ぬ。それはプロットを書いた時から変わらない前提だ。


 今日シルフィの正体を調べようとして、記録は南棟に移管されていた。出し抜こうとして出し抜けなかった。追放計画は今日も一歩も進まなかった。


インクが乾く前に、指の腹で擦った。消えなかった。薄くなっただけで、読もうとすれば読める程度には残った。


もう一度擦った。


消えなかった。


 手帳を閉じた。


 シルフィが下がり際に口を開いた。


 「殿下、南棟の整理の件ですが」


 「何?」


 「完了の目処が立ちましたら、私からご連絡いたします」


 「……あなたが連絡するの?」


 「殿下がご存知の場所に記録はございます。ただ、今は時期ではないと思っております」


 「なぜ今は時期ではないの?」


 シルフィが少し間を置いた。


 「……知ることが、殿下の負担になる可能性があるためです」


 負担。シルフィが使う言葉ではなかった。


 「それはあなたが決めることではないわ」


 「左様でございます。ただ、私が知っていることを、殿下に全て申し上げる義務があるとも思っておりません」


 「それはどういう意味?」


 「殿下がご自分で調べることと、私がお伝えすることは、別のことでございます。今日殿下がお調べになろうとしたことは、殿下ご自身の行動です。私がお伝えするかどうかは、また別に考えております」


 私はしばらくシルフィを見た。


 「……今日、少し違うわね」


 「どのような点が?」


 「いつもより、言葉が多い」


 シルフィが少し間を置いた。


 「……左様でございますか」


 それだけ言って、一礼して、退室した。

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