第16話 作者だと言ってやるわ!
朝から作戦を立てていた。
今回の悪行はシンプルにした。
「評議会の貴族たちへの夜会招待状に、出席者全員の序列を意図的に誤った形で刷り込む」というものだ。
貴族社会において序列の誤りは致命的な失礼になる。招待状を受け取った全員が不快になる。主催者である王女への不信が広まる。
完璧だ。
招待状の文面を自分で書いた。序列を丁寧に、しかし確実に間違えた。意図的な間違いというのは、間違え方にも技術がいる。
なろう作家として伏線の張り方は熟知している。気づかれそうで気づかれない、絶妙な誤りを仕込んだ。
シルフィを呼んだ。
「この招待状を各貴族家に届けて」
シルフィが受け取った。一度だけ目を通した。
「かしこまりました」
それだけ言って、下がった。何も指摘しなかった。気づいていないのか、気づいた上で何かを考えているのか、表情からは分からなかった。
夕方に結果が出る。そう思って公務に戻った。
夕方、シルフィが書付を持ってきた。
「招待状の件でございます」
「届いたのね。どんな反応だった?」
「各貴族家より、ご丁寧なお礼の書状が届いております」
「……礼の書状?」
「はい。序列の記載について、『殿下が敢えて慣例にとらわれない新しい序列観を示された』という解釈が広まっております」
手が止まった。
「新しい序列観」
「各家とも、自家の位置付けを従来より高く評価していただいたと受け取っておられるようで。特にリュカ家からは『時代を先取りした見識』と評されております」
「間違えたのよ」
「序列の基準が変わりつつあるとご判断されたものと、各家では解釈されております」
「そんな判断はしていないわよ」
「殿下がそのようにお考えでなくとも、受け取った側の解釈がそうである以上、結果として新たな序列基準を示されたことになります」
返す言葉が出なかった。
「支持率は?」
「各貴族家からの好感度が上昇しております。数値への換算は現在調整中ですが、上向きであることは確かです」
招待状を意図的に間違えて、貴族全員の好感度が上がった。
意味が分からなかった。
夕刻、アウラが来た。
「25回目になりました」
開口一番だった。挨拶がなかった。
「座って。経緯を聞かせて」
「ルキウス殿下がセリアさんに花を贈ろうとしていたのです。それを邪魔しようとしたのですが、どの花がよいか聞かれてしまって、つい答えてしまいました」
「何を答えたの?」
「セリアさんの好きな花を。一緒に刺繍をしたときに聞いていたので」
「……友達だから知っていたのね」
「そうなんです」
アウラがしょんぼりした。金髪がしょんぼりと揺れた。
シルフィが茶を2人分置いた。
「25回ね」
「はい」
「セリアとは今、どのくらい仲がいいの?」
「先日、一緒に刺繍をしながら、将来の夢の話をしました」
「……悪役令嬢のターゲットと将来の夢を語り合ったのね」
「そうなんです」とアウラが言い、少し俯いた。「おかしいですよね?」
「おかしくはないわ」
言ってから、自分でも少し意外だった。
アウラが顔を上げた。
「何か打開策はありませんか。このままでは断罪されないまま式典の侍女に選ばれそうで」
「侍女に?」
「セリアさんが『アウラさんがいてくれると心強い』と言ってくださって」
「それは断罪の正反対ね」
アウラが少し間を置いた。何か言おうとして、口を開いて、閉じた。
「……存じております」
声が少し掠れていた。
私は額に手を当てた。プロットにない。42話のどこにもない展開だ。
「……ねえ、アウラ」
何かが切れた音がした。
「一つだけ聞くけれど、あなたは自分が転生者だと知っているわね?」
アウラがぴたりと止まった。
「……はい」
「この物語の原作を読んでいたことも?」
「……知っています」
「じゃあ原作の作者が誰か、知っている?」
アウラが首を傾けた。金髪が右に揺れた。
「知りません。ペンネームも非公開でしたので」
「そう」
私は一呼吸置いた。
「私よ」
アウラが固まった。数秒経った。
「……えっ?」
「あなたが前世で読んでいた『悪役令嬢は断罪される』の作者は、私の前世よ。現代日本でなろう小説を書いていたの。自分が書いた世界に転生してしまった。それが現状よ」
アウラがさらに数秒固まった。
「……えっ??」
「聞こえていたわよね?」
「聞こえていました」とアウラが言った。「でも頭が追いついていません」
「急がなくていいわ」
シルフィが新しい茶を静かに運んできた。何も言わなかった。いつも通りだった。このやりとりが聞こえていたかどうか、表情からは一切分からなかった。
アウラが茶を一口飲んだ。少し落ち着いたらしく、背筋が戻った。
「つまり殿下は」
「そう」
「この物語の」
「そうよ」
「全部を知っている?」
「42話分のプロットは頭に入っているわ」
アウラの目が、少し変わった。
まずいと思った。
「じゃあ私の運命の相手が誰か、知っているんですね?」
「……教えないわ」
「なぜですか?」
「教えたら断罪イベントが進むから」
「だったら」とアウラが身を乗り出した。「断罪イベントを進めてください」
「嫌よ」
「なぜですか!私はそのために頑張っているんです!」
「あなたの頑張りが全部逆効果なのは見ての通りでしょう」
「殿下が教えてくださればうまくいきます!」
「うまくいかないのよ。この世界はプロット通りに動かないから。私が作者だからといって、物語を書き直す権限があるわけじゃない。現に今日も招待状を間違えたら、貴族全員の好感度が上がったわよ」
アウラが少し止まった。
「……それは、お気の毒に」
「お気の毒、というのは正しいわ」
「でも諦めないんですよね、殿下も」
「……余計なことを言わないで」
「似ていませんか?私達」
「似ていないわ」
「似ています」
「似ていないと言っているのよ」
「似ています」
シルフィが茶を継ぎ足した。何も言わなかった。継ぎ足しただけだった。
「……一つだけ教えてあげてもいいわ」
「断罪される前に、あなたがやらなければならないことがある。その条件が整うまでは、何を教えても意味がない。だから今は教えない」
「条件が整ったら教えてくれますか?」
「考えるわ」
「それは教えてくれるということですか?」
「考える、と言っているのよ。……でもね」
少し間があった。
「あなたが断罪されることを、私は止めようとは思っていないわ。それはあなたの望みで、私の望みでもある。ただ今は、方法が間違っている。それだけよ」
アウラがしばらく黙っていた。
「……ありがとうございます」
「礼を言うことじゃないわ」
「いいえ。それを言ってくれる人が、殿下しかいないので」
何も言えなかった。
「……引き続き頑張ります」とアウラが言った。
「あなたの頑張りは全部逆効果よ」
「存じております」
アウラが立ち上がった。扉に向かって、ふと止まった。
「殿下」
「何?」
「作者だったんですね?」
「そうよ」
「……好きでした。原作」
私は何も言わなかった。
アウラが扉を閉めた。
部屋が静かになった。
シルフィがそこにいた。
「何か言うことはあるの?」
「招待状の件について、ひとつご報告がございます」
「何?」
「序列の誤りに気づいた家が、1家ございました」
私は少し前のめりになった。
「どこ?」
「クラウディオ様のご実家です。ただ」
「ただ?」
「クラウディオ様より、『殿下が意図的に誤られたことは承知しております。他言いたしません』とだけ、口頭でお伝えいただきました」
私は椅子の背もたれに倒れ込んだ。
「……気づかれた上で庇われたのね」
「左様でございます」
「王女殿下と公爵令嬢の友情の件も含めて、支持率は更新されております」
「何%?」
「98%でございます」
椅子から少し浮いた。
「……98?」
「招待状の件で各貴族家からの好感度が上昇し、アウラ様との会談が友情として広まりました。合算した結果でございます」
「95から98に?」
「左様でございます」
「聞くんじゃなかったわ」
「おっしゃる通りかと存じます」
急がないといけない。
98%。アウラが断罪されない方向に進んでいる。シルフィが全部変換する。支持率が上がり続ける。内乱がいつ来るか分からない。死にたくない。それだけのことだ。それだけのことが、全然うまくいかない。




