第15話 嘘をついてやるわ!
手紙というのは、書き直しが利く。
口で言ったことは取り消せないが、手紙は書き直せる。破れる。没にできる。なのに送ってしまえば手元に残らないし、受け取った側が何を読んだかはもう制御できない。
そこが使えると思った。
支持率95%という現実がある。動機暴露から2%上がった。シルフィが変換できない相手、つまり城の外の人間を使えば違う結果が出るかもしれない。フェリオは隣国にいる。手紙を開封するのは本人だ。シルフィの手が届かない。
フェリオへの文通は以前から続いていた。向こうが送ってくるから、こちらも返す。それだけのことが積み重なって、すでに両手では数えきれない往復になっていた。
文体は丁寧だが、フェリオが送ってくる内容は毎回少しだけ砕けている。隣国の食文化の話、国境近くで見た珍しい鳥の話、先月の議会で退屈した話。そういうものが、きっちり整った封筒に入って届く。
嫌いではなかった。
だからこそ使える。
「今回はこう書く」
私は羽ペンを持った。
便箋の前で、少し止まった。どう書くか、ではない。何を書くかはもう決まっている。問題は文体だ。「正直に告白する形」にしなければ、信憑性が出ない。作り話に見えたら終わる。
書いた。
フェリオ殿下へ。
このたびは少し、正直にお話ししなければならないことがあります。私はこれまで、殿下に対して真の姿を見せておりませんでした。実のところ、私は恐ろしい人間です。周囲を操り、利用し、必要があれば切り捨てることを躊躇わない。今まで関わってきた者たちは皆、ある種の計算のもとで動かされてきました。殿下との文通も例外ではありません。どうぞご用心ください。
ルナリア・ディ・アステリア
読み返した。
悪くなかった。むしろよかった。具体性がなさすぎず、かといって嘘とも言い切れない。実際にそれに近いことをしてきているから、筆が止まらなかった。
「シルフィ」
「はい」
「これを出して」
「かしこまりました」
手紙をシルフィに渡した。シルフィが受け取り、封をして、退室した。何も言わなかった。確認もしなかった。
少し不気味だった。
が、今回ばかりは変換のしようがないはずだ。手紙の内容を変えるには、開封するか差し替えるかしかない。いくらシルフィでも、他国の王子宛ての封書を開封するわけには……
考えてから、少し自信がなくなった。
いや。さすがにそこまでは。
返事は5日後に来た。
封筒はフェリオからのものだとすぐに分かった。封蝋の模様が、最初に届いた時から変わっていない。シルフィが盆に乗せて持ってきた。
「届いております」
「見れば分かるわ」
受け取って、開いた。
フェリオの字は整っているが少し右に傾いている。急いで書く癖があるらしく、語尾に向かうにつれて文字が細くなる。前回気づいて、今回も同じだった。
読んだ。
ルナリア殿下へ。
正直に話してくださり、ありがとうございます。そういうことを書ける方だとは、少し意外でした。ただ、私の見る目は悪くないつもりですので、殿下がどういう方かについては自分なりに判断しております。恐ろしい人間だとおっしゃいますが、それはそれで構いません。もっと好きになりました。引き続きよろしくお願いします。
なお、こちらも少し穏やかでない話が聞こえてきます。殿下のご無事を。
フェリオ・ディ・ランテ
手紙を持ったまま、しばらく動かなかった。
「もっと好きになりました」という一文を、もう一度読んだ。
また読んだ。
文字が変わるわけがないので、当然同じことが書いてあった。
手紙をゆっくりと丸めた。
シルフィがそこにいた。盆を持ったまま、立っていた。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
「……フェリオ殿下の筆跡は、封筒の外からでも少し読めます」
シルフィが言った。
私は手の中の丸めた手紙を見た。
「読んだのね」
「『もっと好きになりました』という一文のみ、確認いたしました」
返す言葉がなかった。
シルフィが盆を下ろして、新しい便箋を机に置いた。無言だった。
私も何も言わなかった。
シルフィが一礼して、退室した。
部屋に私だけが残った。
机の上に新しい便箋があった。
丸めた手紙をそのまま持ったまま、便箋を見た。
恐ろしい人間だと伝えた。それでもっと好きになったと返ってきた。何かが根本的に間違っている。フェリオではなく、計画が。あるいはこの物語全体の重力が、最初から私に都合よく傾いていない。
設定資料には「人を見る目だけは本物」と書いた。
書いた本人が、そのせいで詰んでいた。
追放計画として見れば、今日は完全な失敗だ。評判は落ちていない。シルフィの変換でもなく、フェリオが自分で勝手にそう判断した。どうしようもなかった。
内乱がいつ来るか分からない。来る前に追放されなければ死ぬ。それだけは変わらない。どうしようもなくても、やめられない理由はそこにある。
末尾の一文を、もう一度広げて読んだ。
こちらも少し穏やかでない話が聞こえてきます。殿下のご無事を。
丸め直した。
引き出しを開けて、しまった。
捨てなかった。




