第14話 仲違いさせてやるわ!
計画は単純だった。単純だから成功する。そのはずだった。
カリウス、フェリオ、クラウディオ。3人を同じ部屋に入れる。それだけだ。
この3人は本来の物語で接点がない。設定資料に書かなかった。だから共通の話題もなく、互いの立場も違い、一緒にいれば自然に摩擦が生まれる。騎士団長と隣国王子と没落貴族の嫡男が同席して穏やかに過ごせるわけがない。
揉めたら私が糾弾される。
3人の仲を引き裂いた残酷な王女として、記録に残る。
完璧だ。
「お茶の席を設けます」とシルフィに言った。「3人同時に呼んで」
「かしこまりました」
それだけだった。シルフィは何も聞かなかった。何も確認しなかった。手帳を開いて、また閉じた。
不気味だった。
3日後、応接室に3人が揃った。
カリウスが窓際に直立していた。口を開かなかった。国境から戻ってきたばかりらしく、外套に砂埃がついていた。
フェリオが長椅子に浅く腰を下ろしていた。背筋を伸ばしたまま、部屋の中を見回していた。壁に掛かった地図に目が止まったようだった。
クラウディオが壁際に立っていた。両手を前で重ね、視線を中空に置いていた。整った顔に、いつもの嫌味な笑みがなかった。
誰も喋っていなかった。
私は上座の椅子に座り、紅茶を一口飲んだ。3人の様子を横目で確認した。これは幸先がいい。すでに空気が重い。あとはひとつきっかけがあれば、摩擦が始まる。
シルフィが静かに茶器を並べていた。
「……将軍、国境の近くは今、いかがですか?」
フェリオが口を開いた。カリウスに向けて言った。
カリウスが少し間を置いてから答えた。
「落ち着いております。先月、魔物の巣を1つ制圧しました」
「そうですか。我が国の東側もここ半年は穏やかです。国境の動きは連動するものなのでしょうか?」
カリウスが短く頷いた。フェリオが頷き返した。
私は紅茶のカップを戻した。
まずい。
「カリウス将軍」とクラウディオが言った。「先月の報告書を拝見しました。魔物の移動ルートを塞いだ判断が見事でした」
「……拝見されたのですか?」
「父の書斎に残っていた古い資料と照合しました。同じルートを100年前にも使われていたようで」
「……そうでしたか。存じませんでした」
「古い資料は捨てるものではないようです」とクラウディオが言い、少し間を置いた。「父が持っていてよかった唯一のものかもしれませんが」
自嘲の笑いがそこに混じった。カリウスが何も言わなかった。フェリオが軽く笑った。
「クラウディオ殿のご父君の件は耳に入っております。ご苦労されたことと」
「ご存知でしたか。隣国まで聞こえているとは、父も喜ぶでしょう。褒め言葉として伝えます」
「それはやめておいた方がよろしいかと。ご本人が聞けば機嫌を損ねる」
「損ねて困るほどの立場ではもうありませんから」
クラウディオが言い切った。フェリオが肩をすくめた。カリウスが微かに、口の端を動かした。笑ったのかどうかよく分からなかった。
3人が揃ってこちらを向いた。
「殿下はこの3名を同席させて、何を企んでいらっしゃるんですか?」
フェリオが聞いた。単刀直入だった。
「企んでいないわ」
「嘘ですね」
「失礼な」
「殿下のお顔を見ていれば分かります。最初から何かを期待していた顔でした。今は期待が外れた顔をしています」
「人の顔をそんなに観察しないで」
カリウスが静かに口を開いた。
「殿下は、我らを仲違いさせようとされていたのでしょうか」
一刀両断だった。
否定しようとして、できなかった。カリウスが無駄なことを言わない人間だということはよく知っていた。書いた本人が知っている。
「……仮にそうだとして、何か問題があるの?」
「いえ」とカリウスが言った。「確認しただけです」
フェリオが笑い出した。声に出して笑った。
「つまり失敗したわけですか。私たちが仲良くなってしまったから」
「仲良くなったとは言っていないわ」
「でも揉めてもいない」
「それは……」
クラウディオが口を挟んだ。
「殿下がこの3名を引き合わせた事実は残ります。揉めなかったとして、それは殿下の慧眼だったということになるのでは?」
「誰がそんな話にするの?」
「シルフィさんでは?」
全員の視線がシルフィに向いた。
シルフィが静かに新しい茶を注いでいた。手帳には何も書いていなかった。ただ茶を注いでいた。
「……」
「……」
「……」
沈黙が続いた。
「殿下」とフェリオが言った。「1つ提案があります」
「聞かないわ」
「聞く前に断らないでください」
「内容が分かっているから断っているの」
「分かっているはずがないでしょう?」
「あなたたちが次に言うことは大体分かるわ」
フェリオが一瞬黙った。クラウディオが眉を片方だけ上げた。カリウスが外套の袖を正した。
「では何を言うつもりか、当ててみてください」
「殿下を守る何かを作ると言うつもりでしょう」
フェリオが口を閉じた。
クラウディオが口を閉じた。
カリウスがすでに腕を組み直していた。
「……当たりです」とフェリオが言った。
「嬉しくないわ」
「非公式で構いません。名前もいりません」
「いらないと言っているのよ」
「殿下がいらなくても、こちらが必要だと判断しました」
カリウスが静かに続けた。
「3人で、それだけのことです」
それだけ言って、口を閉じた。クラウディオが軽く一礼した。フェリオが立ち上がりかけて、紅茶をもう一口飲んでから立った。
3人が退室した。
部屋に静寂が戻った。
私は椅子の背もたれに身を預けた。
シルフィが茶器を片付けていた。カチャリという音だけが続いた。
「シルフィ」
「はい」
「あなたは何もしていないわね?」
「何も」
「3人が勝手に話して、勝手にまとまって、勝手に帰った」
「左様でございます」
「……それが一番たちが悪いわ」
シルフィが返事をしなかった。茶器の音だけが続いた。
椅子の肘掛けに肘をついた。手のひらで顔を半分覆った。そのまましばらく動かなかった。
揉めなかった。揉めるどころか、3人は私が想定していた以上に話が噛み合っていた。キャラクターは書いた本人の意図を超えるものだということは、前世で何度も痛感していた。読者に「このキャラはこういう人間だ」と言われるたびに、そうだったか、と思ったことが何度もある。
それが今、自分の部屋で、自分の身に起きている。
「支持率は?」
聞くつもりがなかった。口が動いていた。
シルフィが一拍置いた。
「95%でございます」
手のひらを顔から離した。天井を見た。
「……2%上がったのね」
「3名の方が城内で話し合われた事実が、各所に広まっております」
「私は何もしていないわよ?」
「殿下が3名を引き合わせた事実がございます」
天井を見たまま、少しの間何も言わなかった。聞くべきではなかった。聞いてしまった。戻らない。
シルフィが茶器の最後の1脚を盆に載せた。振り返らないまま、口を開いた。
「カリウス様が退室際に一言、残されました」
「何を?」
「城内が少し、騒がしくなってきておりますと」
手が止まらなかった。音も変わらなかった。ただ言った。
「どういう意味か聞いた?」
シルフィが盆を持ち上げた。
「失礼いたします、とおっしゃっていました」
それだけ言って、部屋を出た。
カチャリという音が遠ざかった。
カリウスは無駄なことを言わない。言わないからこそ、言った言葉が重い。
城内が騒がしい。
プロットには内乱が来ると書いた。何月何日とは書かなかった。書いた時は問題ないと思っていた。今は問題だった。
私は紅茶を一口飲んだ。完全に冷めていた。
3人を仲違いさせるつもりが、3人が勝手にまとまって帰った。守る側が増えた。支持率が2%上がった。城内が騒がしくなっている。
全部、今日一日の話だった。




