第13話 暴露してやるわ!
次の手はずっと考えていた。
悪事が全部ひっくり返されるなら、悪事そのものを変えるべきだ。
これまでは私が「やらかす」形を取ってきた。やらかしたものをシルフィが拾い上げ、解釈を加えて民衆に届ける。
そのサイクルを続けてきた結果が、支持率93%という悪夢だ。
では逆にしたらどうなる。
自分で出す。
自分の口から、自分の動機を。
結果だけ見れば善政の年表になる。食糧支援、魔物の壊滅、景気の回復。だが私がやろうとしたことは侮辱であり、厄介払いであり、浪費だった。
その動機を本人が公言すれば、「心根が腐っている」と民衆に伝わる。父王が廃嫡を動かしやすくなる。シルフィが変換しようにも、書いた本人が認めているのだから動かしようがない。
前世で悪役令嬢を書いていた時にも使った構造だ。断罪は結果ではなく動機で成立する。
書斎の引き出しを開けた。日記帳ではない。メモの束だ。
ここ数ヶ月の「やらかし記録」を整理したもの。別に後悔して書いたわけではなく、プロット管理の癖が抜けていないせいで自然に手が動いていた。42話分の筋書きを頭に入れている身としては、自分の行動が物語の何話目に相当するかを確認したくなる。
記録は思ったより多かった。
晩餐会での侮辱発言。シルフィの解雇宣言。カリウスへの左遷命令。フェリオへの属国発言。クラウディオへの汚職疑惑なすりつけ。魔導兵器の持ち出し。最高級食材の買い占め。
「これだけあれば十分ね」
一人で頷いた。
告白の場は翌日の午後に設定した。城門前の広場で、定期的に開かれる民衆との対話の日が重なっていた。シルフィに告げずに、自分で段取りした。これが重要だった。シルフィに知らせたら、その瞬間に何かが動く。
告白文は前日の夜に書いた。自分で、一人で。添削なし。
翌日、広場に出た。民衆が集まっていた。思ったより多い。
「今日は少し、違う話をしたいと思います」
前置きは短くした。長い前置きは弁解に聞こえる。
「私がこれまでにやったことを、正直に申し上げます。結果だけでなく、動機も含めて」
手に持ったメモを開いた。
読み上げた。一項目ずつ、丁寧に。大使侮辱。左遷命令。属国発言。買い占め。汚職疑惑のなすりつけ。魔導兵器。それぞれについて、何をしようとしていたかを付け加えた。侮辱したかった。追い払いたかった。痛い目に遭わせたかった。
読んでいる途中から、広場がざわつき始めた。
予想通りだ、と思った。民衆が動揺している。動機の告白は、どんな悪評よりも深く刺さる。なろう作家として知っている。読者は建前より本音に反応する。「私はひどい王女でした」という告白は、英雄譚の正反対だ。
読み終えた。
場内が静まり返った。
「……以上です」
メモを閉じた。
沈黙が数秒続いた。
そこへ、人群れの後ろから声が上がった。
「殿下……ご自身で認めてくださったのですか!」
泣いている声だった。
「本当にあの食糧支援の件は殿下の采配だったとは聞いていましたが……まさかご自身が動機を恥じておられたとは」
別の声が続いた。
「カリウス将軍の左遷も、ご自分を責めていらしたんですね」
「汚職の件だって、あえて汚名を被っていたと……」
「なんと謙虚なお方だ」
「謙虚じゃなくて……」
言いかけてやめた。
群衆の顔が変わっていた。目元を拭う者、隣の者の袖を掴む者、うわごとのように「殿下、殿下」と繰り返す者。
隅のほうでシルフィが立っていた。どこから来たのか。いつからいたのか。手帳を閉じるところだった。
「支持率が更新されました」
拍手がまだ続いている中で、シルフィが言った。広場の喧騒をまったく意に介さない声量で、それだけ言った。
「……暴露したのよ?動機まで。全部」
「はい」
「幻滅するはずなのよ?普通は」
「ご自身の行動をあそこまで率直に語られた王族を、この国は今まで見たことがありませんでした」
シルフィが手帳を懐にしまった。
広場の声はまだ続いていた。「殿下」と呼ぶ声が、波のように重なっていた。
私はメモを丸めて握りしめた。
丸め方が足りなかったので、もう一度丸めた。
部屋に戻ったとき、アウラが待っていた。
また来ていた。先日の帰り際に「また来てもいいですか?」と聞いたので、どうぞと答えた。それがこれほど頻繁になるとは思っていなかった。
「殿下、今日は広場で何かあったのですか?城の中が妙に騒がしくて」
立ち上がりながら、アウラが首を傾けた。金髪がふわりと揺れた。
「……少し話をしたわ。民衆の前で」
「どんなお話ですか?」
「過去にやったことを、動機まで正直に言ったの」
アウラが目を丸くした。
「動機まで、ですか?」
「そう」
「それは……大丈夫でしたか?」
「全然大丈夫じゃなかったわ」
椅子に座った。背もたれに体を預けた。背中が重かった。
シルフィが紅茶を持ってきた。二人分。アウラが「ありがとうございます」と言い、シルフィが軽く頷いた。
私は紅茶に手を伸ばさなかった。
「今日また失敗したんです」
アウラが言った。
「23回目?」
「そうです。廊下でルキウス殿下とセリアさんがすれ違うのを見かけて……つい、声をかけてしまって」
「嫌がらせを?」
「応援を」
返す言葉がしばらく出なかった。
「……応援」
「足が止まってしまって。二人の間に割って入ろうとしたら、何を言えばいいか分からなくなって、気づいたら『お似合いですね』と言っていました」
アウラが膝の上で手を組んだ。指が白くなるくらい、強く。
「……自分でも何がしたかったのか分かりません」
声が少し掠れていた。
私は紅茶をようやく手に取った。冷めきっていた。飲んだ。味がよく分からなかった。
告白が聖女化された。アウラの失敗が23回になった。明日もシルフィは号外を刷る。明後日も支持率は上がる。来月も再来月も、同じことが続く。内乱が来るまで、ずっと。
内乱が来れば、死ぬ。
「……次の手を考えるわ」
自分の声が少し遠かった。アウラが少し間を置いてから、ゆっくり口を開いた。
「殿下、疲れていませんか?」
「疲れていないわ」
「そうですか」
「……疲れていたとしても、やめる理由にはならないのよ。死にたくないから」
アウラが止まった。
「……死にたくない、というのは?」
「内乱が来れば王族は全員死ぬのよ。だから追放されなければいけない。だからやめられない。それだけよ」
アウラが何か言おうとして、やめた。やめてから、また何か言おうとして、もう一度やめた。
「……そうですか」
「そうよ」
「……それは、大変ですね」
「大変よ」
少し間があった。アウラが紅茶を一口飲んだ。私も飲んだ。どちらも何も言わなかった。
下がり際にシルフィが足を止めた。
「失礼いたします。一点ご報告を」
「何?」
「セヴェロ様の動きが、少々気になる段階に入っております」
「気になる、というのは?」
シルフィが少し間を置いた。
「現時点では、まだご報告できる形になっておりません。把握でき次第、改めてご報告いたします」
「いつ把握できるの?」
「……それが分かれば、今お伝えしております」
頭を下げて、下がった。
アウラが「何でしょうね?」と言った。
「さあ」と答えた。
さあ、ではなかった。
シルフィが途中で止まるのは珍しい。そして珍しいことが起きる時は、大抵、珍しいことが起きている。
内乱が始まるまでに何年あるか、私には分かる。問題は、プロットに「内乱が勃発する」とだけ書いて、何月何日とは書かなかったことだ。
作者としての自分を、少し恨んだ。




