第12話 諦められないわ!
衣装の採寸は、思ったより長かった。
仕立て師が三人来て、採寸して、布の色を見せて、デザインを提案して、また採寸して。その間ずっと「王太女殿下にふさわしい品格を」とか「歴史に残る式典に」とか言い続けた。私は黙って腕を広げたり回したりした。
シルフィが横で記録をとっていた。
一時間後、仕立て師たちが帰った。部屋に静寂が戻った。
私は鏡の前に立ったまま、自分の姿を見た。黒髪、紫の瞳。どう見ても王女だ。悪役令嬢の練習をしても、鏡の中の自分は威厳があるだけだ。
「……もう諦めようかしら」
独り言のつもりだった。
「諦めるとは、どういう意味でしょうか?」
シルフィが聞いた。
「全部よ。悪事も、追放も、全部」
「…………」
珍しく、シルフィが間を置いた。
「それはお勧めできません」
「なぜ?あなたが邪魔をするから、何をしても無駄なのよ」
「存じております」
「分かっているなら邪魔をやめて」
「それはできません」
「じゃあ私は諦めるしかないじゃない」
「殿下が諦めた顔をされているのを、見たくないからです」
私はシルフィを見た。シルフィが視線を外さなかった。無表情、いつも通り。ただ声だけが、少し違った。
「……邪魔をするくせに、諦めるなと言うの」
「はい」
「矛盾しているわよ」
「はい」
「認めるの?」
「はい」
返す言葉がなかった。
私は鏡から離れて椅子に座った。
翌日、アウラが来た。
扉を開けた瞬間から、顔に「やってしまった」と書いてあった。
「どうしたの?」
「セリアさんと友達になってしまいました」
「……経緯を聞かせて」
「セリアさんの刺繍の出来が素晴らしくて、つい『素敵ですね』と言ったら、一緒にやりましょうと誘われて、断れなくて、気づいたら友達になっていました」
「何回目の失敗?」
「21回目です」
私は額に手を当てた。
アウラが俯いた。金髪がふわふわと揺れた。
「どうすればうまくいくんでしょうか。頭では分かっているのに、体が言うことを聞かなくて」
「それは……」
言いかけて、止まった。
原因は分かっている。あなたの前世からの善良な性格が邪魔をしているのよ、と言えば解決する。でも言えない。言ったら断罪イベントが進む。
「……複雑な問題ね」
「そうですよね」とアウラが言った。「殿下も何か悩んでいらっしゃるんですか?」
「衣装の採寸があったわ」
「……王太女の?」
「そう」
アウラが固まった。私も黙った。
「それは……大変でしたね」
「そうね」
「何かできることはありますか?」
「ないわ」
シルフィが新しい紅茶を二人分、静かに出した。
アウラが紅茶を一口飲んだ。
「セリアさん、刺繍が上手なんですよ」
「聞いていないわ」
「薔薇の刺繍が特に」
「聞いていないわよ」
「今度殿下も教えてもらいに行きませんか?」
「絶対に嫌よ」
アウラがしょんぼりした。
私は紅茶を飲んだ。
「……また来てもいいですか?」
アウラが帰り際に言った。
「どうぞ」
答えてから、なぜそう言ったのか自分でもよく分からなかった。
扉が閉まった。
私は窓の外を見た。夕暮れが城下を染めていた。
諦めようとしたが、諦められなかった。邪魔をするシルフィがいる限り、諦める暇もない。
それが腹立たしいのか、そうでもないのか、今夜はよく分からなかった。




