~8~ 面影
〈凶暴な父親の手に渡ったら卵の子はきっと不幸になる。話を聞く過程でディアンカ公はそれを恐れ、とっさにウソを吐いたというわけか〉
〈長自身も思うところがあったから、お母さまのウソを知りつつもなにも言わなかった。けれど、ブルードラゴンの子をレッドドラゴンが育むのは摂理に反するし、黙認すればブルードラゴンたちにウソが発覚して争いになるリスクも否定できなかった。それでもお母さまが匿った場所を打ち明けなかったから、長は仕方なく縄張りに軟禁して子どもたちに会えないようにしたの〉
〈それが来られなかった理由というわけか…。しかし、兄上たちとも離ればなれにさせたのは解せないな。彼らはディアンカ公の実子だというのに〉
と、ルミウスは眉をひそめてうなった。
〈私もそれを疑問に思って聞いてみたの。そしたら、ドラゴンの雛は卵のときから同じ巣にいる者同士でコミュニケーションを取って、孵化する前から既に絆を深め合う特質があるんですって〉
〈ほぅ…。それは初めて聞いたな〉
〈実際、ドラゴンたちの間でもごくわずかしか知られていないらしいわ。前にヴァンハルト王国の王立図書館で調べてみたんだけど、書物にもそう書かれてあったから事実みたい〉
〈そういえば、ディアンカ公がキミを保護した日の夜に卵の中から鳴き声が聞こえて、それを聞いた兄上たちが慰めるように揺れたとさっき話していたね〉
〈その瞬間から、兄たちは私を家族の一員として認識したのね。わずかな時間でも同じ巣で一緒に過ごした以上、孵化したときに必ず兄たちは私の存在を求めて捜し回る。それを踏まえて、長はお母さまを兄たちとも離れさせたらしいわ〉
〈事情があるとはいえ、お腹を痛めて産んだ我が子とも会えなくなるのは不憫でしかない…〉
と、ルミウスは言ってからグッと口元を引き締めた。
母親として、ディアンカ公は我が子が卵から孵るのを誰よりも待ち焦がれていただろう。
産卵後に夫を失ったばかりという経緯もあり、その想いは一層強かったはずだ。
それが、子どもたちの顔を拝む前に突然離ればなれになってしまったわけだから、言葉に言い表せないほど辛い心情だったのは考えるまでもない。
幼い息子を抱える自分がもしも同じ局面に立たされたら…。
ディアンカの立場を自身に置き換えたルミウスは、恐怖と苦しみでブルッと身震いした。
〈…あら?〉
俄然、リヴィアが長い首を動かして顔を外に出した。
ルミウスがキョトンとしてすぐ、彼女は再びスポッと顔を戻した。
〈風が止んだと思ったらビックリ。もうすぐで夜明けだわ〉
〈もうそんな時間か…。夢中で話し込んでしまったな〉
〈まったくね。徹夜なんて久し振りだわ〉
クァァァ…と大きく口を開けてリヴィアは欠伸をした。
先ほどまで里を襲っていた吹雪は日の出を目前に過ぎ去ったらしく、徐々に明るくなりつつある外では頬を撫でる程度のそよ風が吹くだけで、雪もチラついていなかった。
まだ肌寒さが拭えないほどの気温だったが、次第に暖かくなるのも時間の問題に思われた。
〈…さて、今日は本当にありがとう。私たちはもう大丈夫だから、キミもそろそろヴァンハルトに帰って体を暖めた方がいい〉
〈あら、私なら平気よ〉
〈しかし、城の者が心配するだろう?〉
〈トレーナーのフィルが目を覚ます前に戻るから大丈夫。彼って仕事熱心なわりに朝が苦手で、夜が明けても仕事が始まるギリギリまではいつも眠ってるから。…それに、もうちょっとだけこの子のそばにいてあげたいし〉
と、リヴィアはテオを見下ろした。
徹夜で話し込んでいたルミウスたちをよそに、テオはリヴィアの尻尾に頬を寄せながら今もすぴすぴと熟睡していた。
〈生意気なときもあるけど、寝顔だけはホントに可愛いんだから〉
と、テオを見つめながらリヴィアは目を細めて口元をほころばせた。
そんな彼女をルミウスは真剣な面持ちで眺めた。
〈…どうかした?〉
と、リヴィアはキョトンと首を傾げた。
〈いや…。今のキミを見ていたら、ふとディアンカ公のことが思い浮かんでね〉
〈お母さまが?〉
〈そうだ。私は話で聞いただけで彼女とは面識がない。それなのに、慈愛に満ちた瞳でテオを見つめるキミの姿と、私の想像するディアンカ公の姿が重なったんだ。一言で言うならば、彼女の生き写しを見ているような気持ちになった〉
〈生き写しだなんて…。私はお母さまにはとても敵わないわ〉
〈謙遜することはない。キミにはディアンカ公と同じく、血の繋がらない子にも平等の愛情を注ぐ慈母の側面が備わっているのだから〉
〈そ、そんなことは…。第一、私にはまだ妊娠の経験すらないのに〉
〈だから?〉
〈だから、その…。お腹を痛めて兄たちを産んだお母さまの母性は本物でも、子を成したこともない私のはいわば表面的なお飾りに過ぎないわ〉
〈子持ちであろうとなかろうと、子を慈しみ身を挺してでも守り抜こうという気持ちが芽生えたならば、それはまごうことなき母性だ。差異などどこにもない〉
でも…とリヴィアは言いかけるも、その後の言葉が見付からず口をもごもごとさせた。
〈ディアンカ公は、のちにブルードラゴンとの対立が悪化を極める行為と想定しながらも、卵だったキミを保護した。そして、キミは寒さに弱いのも構わず里まで訪れて、この吹雪からテオを守った。無神経を承知で言わせてもらうと、その腹部の膨らみもこの子を想ったゆえに成したのだろう?〉
途端に、リヴィアはカーッと顔を真っ赤にさせたが、ルミウスは滔々と続ける。
〈よその子にも隔てなく一途になれる点において、キミとディアンカ公には通ずるものがある。それはすなわち、キミが母上の持つ純真な愛情と慈悲の心を尊ぶべきものとして大切にしながら、彼女の面影を追っているからだろう〉
〈………〉
〈諦めたと言いつつ、今でも彼女に会いたいと切に願っているんだね〉
〈…イジワルだわ。知らないフリをしてくれてると思ったら、いきなり触れてほしくない話題に触れるなんて〉
羞恥に頬を膨らませながら、リヴィアはパンパンに張った体を少しよじった。
〈すまなかった〉
ルミウスはペコリと頭を下げて詫びた。
〈…でも、そこまで見通していたなんてさすが鋭い洞察力ね〉
〈それじゃあ、やはり今でも母上のことを?〉
〈ええ。デュケインも勘付いてたみたいだけど、正直今すぐにでも会いたいと思ってる。会って、1人前のドラゴンに成長した私たちを見せてあげたいし、死ぬ運命しかなかった私を保護して、乱暴な父親の手に渡らないよう機転を利かせてくれたお礼も言いたい。もちろん、サイラスのこともね〉
話しながら、リヴィアは鱗越しに暖かな陽気を全身に感じた。
このとき、東の山脈から徐々に朝日が顔を覗かせ始めていた。
〈お母さまの迎えが絶望的と悟っても、彼は決して私たちを見捨てなかった。心身ともに追い詰められた末に、苦渋の決断で私たちをヴァンハルト王国に託したけど、その思い切った行動がなければ恐らく私たちは卵の中で死んでいたかもしれないわ。だから、たとえお母さまに裏切り行為と思われたとしても、今の私たちがいるのはサイラスのおかげだというのをちゃんと伝えたい〉
〈彼女は裏切り行為などとは考えないさ〉
ルミウスはキッパリと言ってから続けた。
〈卵に入っている雛は、言うなれば人間の母親のお腹に宿る胎児と似たようなもので、ほんの些細な衝撃だけで死産してしまうほど脆弱な存在だ〉
〈人の赤子と同じくらい、慎重にならなきゃいけないのね〉
〈その通り。だから、私もテオが卵だった頃は注意しながら温めていたよ。一時的とはいえ、ディアンカ公がサイラスに卵を3つも託したのは、彼に絶対的な信頼を置いていたからだろう。そんな彼女が、彼の行いを裏切り行為などと思うはずがないだろう?〉
説得力のあるルミウスの話を聞いて、リヴィアは微笑みを浮かべて頷いた。
〈あなたにそう言ってもらえただけでも、天国のサイラスは救われたはずだわ。…いえ、救われてほしい。商家の跡継ぎでありながら行商の道を諦めて、お母さまへの罪滅ぼしとして吟遊詩人に転向までしたんだから〉
〈そうだな…。行商人として描いていたであろう将来図をなげうち、ディアンカ公のためにドラゴンへの偏見を世に教え説こうと奔走した彼のためにも、いつか会えることを願っているよ〉
〈ありがとう、ルミウス〉
そのとき、大きな欠伸とともにテオが目を覚ました。
〈…おはよぉ〉
〈おはよう。ぐっすりと眠っていたな〉
〈うん…。なんだかすごくあったかかったからかな…〉
〈それなら、彼女にお礼を言わないと〉
ルミウスが言うと、テオは目をショボショボさせながらゆっくりとリヴィアを振り向いた。
〈おはよう、テオ〉
〈………〉
〈あらあら、まだ寝惚け気味みたいね〉
〈…ねぇ。なんでそんなにお腹大きいの?〉
〈こ、こらッ〉
ルミウスは慌てたが、リヴィアはイタズラっ子のようにフフッ…と笑った。
〈どうしてだと思う?〉
〈う~ん…。お腹一杯食べたから〉
〈卵が入ってると言ったら?〉
〈タマゴをたくさん食べたの?〉
〈そうじゃなくて…。子どものことよ〉
〈子ども…? リヴィアの…?〉
〈そう、赤ちゃん。産まれたらどうする?〉
〈ん~…。たくさん遊んであげる…かなぁ〉
と、テオは寝惚け眼で体を揺らしながらニコリとした。
〈ボンヤリしながらお腹の異変に気付くなんてめざとい子ね〉
〈申し訳ない…。しかし、キミもまた大胆なことを言うじゃないか〉
〈あら、そんなことないわ。私だって、いつかはお母さまのように番を見付けて、子どもを作るかもしれないもの。そのときは、この子にもたっぷり遊んでもらわないとね〉
〈ウラベもだろう?〉
〈フフ、そうね。彼にもしっかりと遊び相手になってもらわなきゃ〉
そう言ってから、リヴィアは覆っていた翼をゆっくりと広げた。
雪解けを促す暖かな陽気の中、東の山からすっかり顔を覗かせた朝日が新たな1日を告げるかのようにまぶしく照り付け、リヴィアたちは爽やかな面持ちで目を細めた。




