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~7~ ディアンカのウソ

〈ふむ…。懐の深いヴァンハルトの国王ならば必ず面倒を看てくれる。そう信じて、サイラスはキミたちを託したというわけか〉

〈表向きは保護してくれたお礼の品としてね〉

〈とても逼迫(ひっぱく)していたようだな〉

〈当然よ。たった1人でドラゴンの卵を3つも抱えていたんですもの。無事に孵化させるためにも、そばにずっと置いてはおけないと思っていたはずだわ〉

〈うむ。しかし、本心はとても辛かっただろう。中々迎えが来なかったとはいえ、母親のドラゴンから託された卵を無断で王国に献上してしまったわけだから〉

〈実際、辛かったみたい。彼は行商人としての道を捨てて、お母さまとの出会いを詩曲に乗せて伝え回る吟遊詩人となったから。詩を通じて、ドラゴンにも人並みの優しさと母性が備わっていることを広めるのが、彼なりのお母さまへの罪滅ぼしだったみたい〉

〈素晴らしいじゃないか〉


 と、ルミウスは素直に感銘を受けた。


〈もっとも、当時は魔物を忌み嫌う人々で溢れていたご時世だから、中々共感が得られなくて苦労したみたい。精々、お話し好きの子どもたちをワクワクさせるぐらいしかできなかったらしいわ〉

〈母が子を想う気持ちは、人間に限らず魔物にもドラゴンにも存在する。いがみ合っているブルードラゴンの子を保護し、我が子同然に(へだ)てない愛情を注いだレッドドラゴンの存在を理解してもらえなかったことに、サイラスは嘆きと憤りを覚えていたかもしれないね〉

〈だから、彼にはぜひ魔物と人間が手を取り合う共存社会の実現を見届けてほしかった。残念ながら、その前に老衰で亡くなってしまったけれど…〉


 と、リヴィアは暗澹(あんたん)とした面持ちで肩を落とした。


 ミゲルが祖父(サイラスの息子)から聞いた話によると、彼は魔物を擁護する人間として世間から冷たい目を向けられながらも、詩人として精力的に活動を続けていたという。


 やむを得ない事情からヴァンハルト王国に卵を託したが、彼自身はそれをディアンカへの裏切り行為として罪悪感にさいなまれていた。


 せめてもの罪滅ぼしとして、ドラゴンに対する世間の認識を改めさせたい。

 その(こころざし)を胸に吟遊詩人となったが、当然そんな経緯を知る由もない人々からは後ろ指を指され、魔物の本質を見誤る異常者としか見なされなかった。


 当時のサイラスの心境を思えば思うほど、リヴィアはやるせなさを覚えた。


 そのとき、翼と地面の間からビュ~~~ッと隙間風が流れ込んできた。

 寒波がピークを迎え始めたのか、先ほどよりも勢いが尋常じゃなかった。


 ルミウスは平気だったが、幼いテオは風に当たりブルブル…と身を震わせた。


 リヴィアが顔を寄せて鼻から生暖かい息を送った。

 しかし、それでもテオの震えは止まらなかった。


 リヴィアは暖気を送りながら、グルルルゥ…と喉を鳴らしテオの小さな体に頬ずりした。

 昔、母親のディアンカが卵だった自分たちにしてくれたのと同じように…。


 震えが収まると、テオは寝返りを打ってリヴィアの尻尾にもぞもぞと体をこすり付けた。


〈見て。甘えてるわ〉

〈きっと、独りぼっちになる夢でも見たんだろう。リヴィアの温もりを感じて、安心したのかもしれない〉

〈そうかもね〉


 リヴィアはクスッと微笑んでから、すぐに神妙な面持ちへと変えた。


〈本能って不思議ね。私はこの子の母親じゃないのに、こうして見つめていると実の子のように愛おしく思えてくるし、体をなげうってでも守ってあげたくなる。お母さまが私を保護したときも、同じ気持ちだったのかしら?〉

〈子の成長を見届け1人前になるよう支えたくなる父性とは別に、身を挺してでも子を守り抜くという献身欲が芽生えるのが母性の特徴だ。ディアンカ公は根が聖母のような慈悲深い心の持ち主のようだから、キミのことも兄上たち我が子と同じく守ろうと誓ったはずさ〉

〈ありがとう。でも、今のお母さまが聞いたらきっと照れるわね〉


 おかしそうに笑うリヴィアにルミウスは目をパチクリさせた。


〈キミたちの母親は生きているのか?〉

〈もちろん。今はレッドドラゴンの群れと平和に暮らしているわ〉


 当然でしょ? と言いたげにリヴィアは首を傾げてキョトンとした。


〈私はてっきり、王国が派遣した軍勢に敗れて命を落としてしまったとばかり思っていたが、どうやら早とちりしていたようだ。すまない…〉


 と、ルミウスは当惑しながら頭を下げた。


〈仕方がないわ。実際、サイラスも誤解していたんだから〉

〈キミたちは生きていると信じていたのか?〉

〈もちろん。お母さまは生き延びて、生涯手放さないと誓った思い入れの棲家に今も暮らしている。そう私たちは信じていたわ〉

〈事実、彼女は生き延びていた。…しかし、それならば1つ疑問がある。彼女は、なぜサイラスにキミたちを託したまま迎えに来なかったんだ?〉

〈来なかったんじゃない。()()()()()()()のよ〉


 誤解されるのは耐えられない、とでもいうようにリヴィアはムキになって否定した。


〈お母さまが私たちを迎えに来なかったのにも、それ相応の事情があるに違いない。純粋に会いたい気持ちもあったけど、それを確かめたいという目的も兼ねて私たちは現地へ向けて出発したわ〉

〈現地というと、彼女の棲家か?〉

〈ええ。麓の町はすっかり無人の廃墟になっていたけど、山の洞窟はちゃんと残っていた。でも、いたのはお母さまではなくてレッドドラゴンの親子だった。母親のドラゴンが偶然にも先代の長の娘さんで、私たちは彼女の厚意で縄張りに案内してもらえたわ。そこで引退した当時の長に会わせてもらって、彼からお母さまのことを教えてもらったの〉

〈彼らは、ブルードラゴンのキミが現れてさぞ驚いたのでは?〉

〈あのときは居たたまれなかったわ…。兄たちが擁護してくれて事無きを得たけど、人間に育てられた私たちはドラゴン族の恥と見なされていたから、あまり長居はしてほしくないと言われてしまったわ〉

〈しかし、念願の母上との対面は果たせたんだろう?〉


 ルミウスが聞くと、リヴィアは首を縦にではなく横に振った。


〈会わせるわけにはいかないと断られてしまったわ。冷静に考えれば当然よね? 長い間、顔も知らないまま離ればなれになってしまった子どもが、前触れなしにいきなり現れたら誰だって困惑するもの。それくらい分かってたはずなのに、私たちは自分たちの望みを果たすことだけを考えて来てしまった。だから、あのときはショックよりも自分たちの浅慮さに辟易したわ〉

〈なるほど…。しかし、母上との対面が果たせなかったのは同情を禁じ得ない〉

〈でも、無理強いはできないから私たちは諦めたわ。なにより、お母さまのためだから。その代わり、お母さまの身になにがあったのかだけでも教えてほしいと、私たちは長にお願いしたわ〉


 恐らく、ディアンカが子を見捨てた非情な母親と思われるのは長も忍びなかったのだろう。

 彼は、懇願するリヴィアたちに当時起きたことを隠さずに教えてくれたという。


 ドラゴン・ハンターの面々は、レッドドラゴン(ディアンカ)の巣からブルードラゴンの卵を発見したことでひどく動揺した。

 挙句、センセーショナルな珍事として騒ぎ立てたため噂は各地方に流布され、天変地異や異常現象、果ては魔族が地上を制覇した混沌期の到来が再び迫っているのではないかと、世間はてんやわんやする事態に陥ってしまった。


 そして、それはレッドドラゴンたちとブルードラゴンたち双方の耳にも届いた。


 特に敏感な反応を示したのはブルードラゴンたちだった。


 彼らは風の便りが誠か否かを確かめて事実確認を取るよう、レッドドラゴンの長に調査を命じた。


 事柄から見て反論できる立場ではないと察した長は、真相の究明に乗り出すため噂の発信源とされる町の周辺に赴き、そこで山の洞窟を発見した。


 洞窟に足を踏み入れた長は、出し抜けにブレスを浴びせられ驚いてしまった。

 一方、臨戦態勢を整え軍勢を迎え撃ったはずが、その正体が同族の長だと気付いたディアンカも同じく驚きを隠せずにいた。


 神経質なディアンカを(いぶか)しんだ長は事情を聞くと、討伐のために軍備を整えている王国に自ら出向き、襲撃の意思がないことをあらかじめ示した上であらぬ迷信を抱いたり広めたりする人間たちを(いさ)めた。


 出鼻をくじかれ戦意を失った彼らを尻目に、長はディアンカの元へ戻り事の経緯を聞き出した。


 長を前に、ディアンカは狩りの最中にブルードラゴンの亡骸を偶然発見し、遺児である卵を見捨てられず保護したこと、襲撃に備えある場所に(かくま)ったことを素直に打ち明けた。


 ブルードラゴンの卵を保護した件について、長はディアンカを咎めなかった。

 しかし、代わりに彼は詰問口調でこう尋ねた。


〈産卵に伴う体力の消耗が死因というのは誠か?〉


 子ども欲しさにブルードラゴンを(あや)めたのではないか?

 かいつまむと、彼はそう疑ったのだ。


 当然ながらディアンカは否定したが、長はその証拠を今すぐ見せるよう命じた。


 調査を命じたブルードラゴンたちは、ディアンカが仲間のドラゴンを殺害後、それに飽き足らず卵まで奪い去ったと疑っているだろう、と長は見越していた。


 事実確認に手間取ってイタズラに疑惑を募らせてしまったら、いずれは両者の間に決定的な亀裂を生み出してしまうかもしれない。

 そうなれば、それこそ混沌期の再到来を言っても過言ではない取り返しのつかない事態に発展するのは火を見るよりもあきらかだった。


 無益な衝突を避けるためにも、速やかに真相を突き止める必要があると長は焦ったのだ。


 証拠を見せるため、ディアンカは長を伴いブルードラゴンを埋葬した山へと向かった。


 掘り起こされた亡骸を見た長は、外傷が見当たらないのと衰弱の過程を経てやつれた幼顔(おさながお)を確認し、ようやく彼女の話が事実であると信じた。


 その後、緊張状態にあるブルードラゴンの群れを束ねる長にもじかに確かめてもらい、ディアンカは身の潔白を晴らすことができた。


 わだかまりが解けたところで話題は卵へと移ったのだが、その際にブルードラゴンの長が困り果てたように頬をポリポリとかいた。


 彼によると、卵の父親とされるブルードラゴンには暴力的な気質があり、縄張りの中だけでなく外でも度々問題を起こすトラブルメーカーとして悪名を轟かせているという。

 実際、レッドドラゴンたちからもその存在は知られており、長もやたら血気盛んな個体がいるものだと把握していた。


 繁殖期になるとその凶暴性になおさら拍車がかかり、気に入ったメスを奪われまいと群れのオスに重傷を負わせるほどの乱暴を働いたり、1度の発情で数頭のメスを見境なく犯したりするらしい。

 そのくせ父親としての自覚は皆無に等しく、卵が産まれても決して関心を寄せないという無責任な性格のため、性欲のはけ口にされたほとんどのメスたちは泣かされてきたという。


 そしてとうとう、彼の不埒な行動によってまだ熟れていない一頭の若いブルードラゴンのメスが、間接的にではあるが命を落としてしまうという不祥事が起きてしまった。


 厄介者であるブルードラゴンの一時的な追放をその場で決意した長は、父親としての自覚を身に付けさせる試練を与えるため卵の引き取りを要求したのだが…。


〈あの卵は保護したときから既に冷たくなっていて、私はなんとかして温めようと努力しました。…しかし、今朝になってとうとう動かなくなってしまったのです〉


 ディアンカはうな垂れたまま、卵の雛が死んでしまったと暗に伝えた。


 ブルードラゴンの長は一瞬呆然としてから、残念そうに大きく息を吐いた。

 その間、レッドドラゴンの長は目を閉じたまま口を一文字に結んでいた。


 その後、ブルードラゴンの長は若い同胞の亡骸を自分たちの棲家で丁重に葬るため、抱きかかえながら帰って行った。

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