~9~ それぞれの故郷にて
数日後、リヴィアはデュケインとエミリオを伴い、荒涼としたとある地に舞い降りた。
そこは、レッドドラゴンの群れが住まう縄張りだった。
到着すると、長を筆頭に数頭のレッドドラゴンたちが厳かな佇まいで彼らを迎えた。
自然と、彼らの表情が引き締まる。
レッドドラゴンたちから歓迎とも拒絶とも受け止められる視線を向けられながら、デュケインたちは長に導かれるままに母親であるディアンカの元へ向かった。
実の母と初の対面を果たしたとき、彼らは一層緊張した面持ちで構えた。
それは、ディアンカも同じだった。
彼女は、最初困惑した様子でデュケインとエミリオの顔を交互に見つめ、それから微笑を浮かべた。
〈亡くなった夫にそっくりだわ…〉
涙を流しながらポツリとこぼすと、ディアンカは彼らを我が子として受け入れた。
エミリオが真っ先に駆け寄り、デュケインは弟の後にそっと母親に寄り添った。
グルルルル…と、喉を鳴らして甘える2頭の息子をディアンカは抱き寄せて頬ずりした。
それからディアンカは、遠慮して控えていたリヴィアも息子たち同様に暖かく迎えた。
ひと目見てリヴィアが卵の子だと直感したディアンカは、他種ながら立派なブルードラゴンに成長を遂げた彼女を見て実の親のように喜んだ。
そんな母親にリヴィアも存分に甘えた。
ルミウスの計らいによって、リヴィアたちは念願だった母親との対面を果たすことができた。
その後、リヴィアたちはディアンカと家族水入らずの時間を堪能した。
母親との出会いに誰よりも興奮しているエミリオは終始落ち着きがなく、その都度兄のデュケインに注意されてはムゥ…と頬を膨らませた。
ディアンカにとって無邪気なエミリオは愛おしく、兄らしく諭すデュケインが誇らしかった。
ひたすら口を開くエミリオを強引に押さえてから、デュケインは静かに控えていたリヴィアにも会話の機会を設けた。
リヴィアが遺児だった自分が保護してくれたこと、凶暴な父親の手元に渡らないよう機転を利かせてくれたお礼を伝えると、ディアンカはホッと胸を撫で下ろして微笑んだ。
自分の行いが卵の子にとって本当によかったのかどうかと、未だにさいなまれることがあった彼女にとって、リヴィアの言葉はまさに救いだったという。
それからリヴィアは、サイラスの話題を切り出した。
彼の名が出た途端、ディアンカは懐かしい思い出を回顧するように目を閉じた。
ルミウスが考えた通り、彼女はサイラスの行為を肯定的に受け取った。
むしろ、そこまで追い込んでしまった申し訳なさと、身を削ってまで面倒を看てくれていた彼に対し言葉に言い表せないほどの感謝を示した。
また、彼が行商人としての道を捨てて吟遊詩人となり、世に蔓延るドラゴンへの偏見を改めさせる活動に専念していたことを教えられてディアンカは驚いた。
当時、ドラゴンを擁護する怪しげな詩人として、彼の存在は魔物たちの間でもいい意味と悪い意味で知られていたらしく、レッドドラゴンたちにも認識されていたらしい。
しかし、ディアンカはそれがサイラスだったとは知らなかったという。
卵を押し付けたまま無責任にも迎えに来なかった自分を責めることなく、懸命に卵の世話に明け暮れ挙句に罪滅ぼしのために吟遊詩人となったサイラスの行いに、ディアンカは胸を打たれた。
今は亡きサイラスへの思いを馳せ、ディアンカは瞳を潤わせながら彼の死を悼んだ。
母親とのかけがえのない時間を過ごした後、リヴィアたちは長にお礼を言って縄張りを出た。
デュケインたちを先に帰らせてから、リヴィアだけはその足で今度は別の場所へと向かった。
彼女にとって、第2の故郷とも呼べるブルードラゴンの縄張りだった。
荒野同然の寂寥感溢れるレッドドラゴンの縄張りとは対照的に、ブルードラゴンたちは潮の香りと青々とした広大な海が目の前に広がる美しい土地をテリトリーにしていた。
風格のあるレッドドラゴンたちとは違い、ブルードラゴンは気品と優美さに溢れている。
外観通り愚直で性格もどちらかというと堅実(悪く言えば堅物)のため、彼らは人間に育てられたリヴィアの存在を露骨に疎ましがった。
しかし、共存社会という偉業を成し遂げたルミウスの影響力はここでも功を奏し、彼女は長(当時、ディアンカが出会った先代の後釜)に迎えられ、縄張りに足を踏み入れることが許された。
長の案内で、リヴィアは大海原を一望できる断崖の突端部に辿り着いた。
青一色の花々に囲まれたケルンのような塔が、そこにポツンと設けられていた。
自らの命と引き換えにリヴィアを産み落とした母親が眠るお墓だった。
墓前にて体を伏せたリヴィアは、グッと目を閉じて亡き母に黙祷を捧げた。
そして、自らの命を削ってまで産んでくれた母親の分も、一生懸命生き続けていくと誓った。
そのとき、青々とした海の中から巨大な影が水しぶきを上げて姿を現わした。
〈ネオ・バラクーダだ。キミの父親が無鉄砲にも立ち向かったと言われている〉
長によると、リヴィアの母親を強姦し孕ませたブルードラゴンは、縄張りを追放された後に群れを見返そうと“海の暴君”と呼ばれるネオ・バラクーダに戦いを挑んだものの、そのまま行方知れずになったという。
ドラゴンを優に凌ぐほどの巨体を誇るネオ・バラクーダへの向こう見ずな挑戦により、群れの間では食い殺されたか海の底に引きずり込まれてしまったのではないか、と囁かれているらしい。
〈そうですか〉
と、リヴィアはただそれだけ言った。
どちらにしても、彼女には関心のないことだった。
ネオ・バラクーダの出現で、穏やかな海は荒々しい波を立て始めた。
断崖に打ち寄せる波しぶきの音を聞きながら、彼女は早くにこの世を去ってしまった母親への祈りだけを捧げ続けた。




