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目撃②

「三代さんてどこの小学校出身なの?」


業務中だというのにプライベートな質問が職場に響いた。

「三代さん気が利くし真面目だからさ、小学校の時から人気者だったでしょう」


質問したのは部長の鹿島かしまさんだった。

まったくこの上司はこの忙しい時に世間話しやがって。


人には私語厳禁と言う癖に自分から出した話には食いつかないと不機嫌になるこの上司は非常に面倒くさい。

いつしか俺が彼に話題をふられた時「業務中ですよ」と返したらそれ以降俺は職場のサンドバッグだ。

俺も俺で自分って融通の効かない奴だなと後悔したが。



「……鴇鷺ときさぎ小ですけど」


一言。彼女の涼しい声がオフィスに浸透する。



(マジかよ)


鴇鷺小って俺と同じ小学校じゃないか。

それに千草が今年二十三歳で今俺が二十八だから五歳差……俺が小六の時彼女が小一。

同じ時期にいるじゃないか。



「へえ、鴇鷺小かあ。あそこけっこう問題児……いや、ヤンチャな生徒が多いって有名だよね」


話を続けたいらしく部長が矢継ぎ早に質問する。

「三代さんはいじめられたりしなかった? ほら君可愛いから」


一歩間違えればセクハラに聞こえなくもない台詞だが千草は「いえ」と表情を変えず対応する。


「とても良い学校でしたよ。皆私に優しいし仲良くしてくれました」


嘘つけ。どこが良い学校だ。


部長の認識はあっている。

鴇鷺小は所謂典型的な田舎の小学校で狭く閉鎖的な環境から子供たちの心ないいじめが多発していた。

登校拒否児が他の小学校に比べて多いのは中学にあがってから知った。


かくいう俺も鴇鷺小学校では嫌われ者でクラスからはみ出し者扱いされていた。

だからあの小学校に抹消したい過去はあれど良い思い出など一切ない。



「それに学校内に森があって。その森で遊ぶのが好きでした」


千草が言う。


「へえ森があるんだ。珍しいね」

「はい。よく木に登ってました」

「三代さんてけっこうおてんばなんだ?」

「ちょうど私が入学する頃に木登りをしていいルールができたんですよ。登りやすい枝が太めの木だけなんですけど……」


あとは俺の知ってる学校のルールなどが主だった。


無意識に手を止めてしまったのか画面がスリープモードになっていたので慌てて立ち上げた。




「しかし三代千草の奴め。鴇鷺小を良い学校呼ばわりするとは」


終業後。

外にある自動販売機で買った缶コーヒーで喉を潤しながら駐車場へ向かう。

蒸し暑い湿度の高い空気が肌にまとわりつく。


「そりゃあんなに可愛い女の子がいたら皆ちやほやするだろうよ」

逆に可愛すぎると標的にされるというのもあるが、千草の容姿は可愛いさよりも浮き世離れした美しさも存在していた。


同じ学校同じ職場なのに、かたや嫌われ者でもう一方は人気者。

俺と彼女の立場はこんなにも違う。


「……そう考えるとどの環境にいてもその人次第ってことか」


なんか嫌になってくるなぁ。

俺って嫌われるべくして嫌われる人間なのか?

考えると惨めになってきて残りの缶コーヒーを全て流し込む。


「はあ……」

かくいう自分は職場の人間にナメられ社内ではほぼ孤立。

昼休みは一人で飯をつつき彼女もいない。大学だって名前が書ければ誰だって入れるレベルの大学。

「……あいつ東名とうめい大卒って言ってたっけ」

一方千草は有名大学卒業。

博識で資格も多く取得し、国家資格や教員免許も持っていることを誰かの会話から聞いた。

言わずもがな千草は人気者で。

顔が可愛いのもあるが、清楚で華奢な儚い外見は庇護欲をかきたてられるらしく男性人気も高い。

それでいて謙虚だから同性からも好かれている。

まさに俗な言い方をすればオフィス内のアイドルだった。


蝶よ花よとちやほやと。


でも俺は千草に対して苦手意識・・・・があった。


美人で緊張するいう意味でなく、彼女の完璧すぎる外見は無機質さを感じさせたから。

どこか人間の温かみを感じさせない彼女が不気味に思えた。



「あいつ、人間じゃなかったりして」


だっておかしいだろ。

十人いて十人全員から好かれる人間なんて今まで見たことない。

芸能人だって誰にでもアンチというものは存在する。

だから千草という存在はかなり不自然で。

「職場の人間を洗脳して裏でムシャムシャ食ってたりして、な」

この時俺は彼女に対する失礼なイメージがまさか本当になるとは思ってもみなかった。



***



夏の夜はまだ明るい。

夜の七時だというのに街頭の灯りなしで辺りが見渡せる。

だから見えなくていいものまで見えてしまった。


「……え」


夏の会談。

背筋の凍る体験。幽霊。


化け物。


自分の頭の中でそういった風物詩的なフレーズが浮かんだ。

でも目の前に広がるソレはそんな売り文句などちゃっちく感じられるほど遥かに凌駕していて。


鬼。

人喰い鬼が人を喰っていた。


喰われている人間は乾いた眼球をこちらに向け事切れていた。

田嶋たじまさんだ。同じ職場で働く田嶋さんが喰われていた。

倒れている田嶋さんの腹は裂かれ中から出た臓物をムシャムシャと目の前の鬼が喰っている。

人肉を喰らい揺れる背中。

小柄で華奢な体躯が纏っているのはうちの会社の制服、肩までおりる髪に見覚えがあった。

まさか。まさかまさか。

人肉を食べる鬼の姿を俺はその場を動かず見つめていた。

「……」

鬼と目があう。

振り返るその顔を見て俺の予想は確信へ変わってしまった。


人を喰っていたのは三代千草だった。

彼女の口から生えた鋭い牙の先端には血が付着しぬらぬらと紅い光沢を放っていた。

爬虫類を思わせる眼球は夕闇へ沈みかけた夕日の残骸を浴びて鈍く光っている。


「あ、」

千草の視線に囚われた俺は彼女に抱かれ事切れている死体を見てへなへなとその場でしゃがみこむ。


「お前……田嶋さんは意外と良い人だったんだぞ……?」


自分の口から出た言葉は怒りでも嫌悪でも畏れでもなく、ただ純粋にもったいないという感想だった。


「俺に対して数少ない人畜無害の人間だったのに、もったいない」

同じ職場でもそんなに仲は良くなかった。業務内容を二、三こと話す程度だった。

俺に対してあたりも強くなかったし見下す素振りを一度もされなかった。

俺を邪険にする職場の人間が多いなかで田嶋さんは貴重な存在だった。

「もっと他にいただろ……もったいない……」

彼女の損失に対しもったいない、と言葉を繰り返す俺に千草は近づいてきた。

死体は全て千草の胃の中に収まっていた。

目の前から香るシャンプーと血の匂い。


「他とは?」


千草が問う。

「他とは、何ですか?」

「……喰うならもっと他の奴がいるってことだよ。殺されるべき人間が。ああ、よりによってどうして田嶋さんを……」

「単独行動が多い方だったので狙いやすかったんです。卯槌さんも含めですけど」

「一歩間違えばこの死体は俺だったってことか」

「逃げないんですか?」

「今一人まるさら食べた奴がもう一人分も食えるのかよ。それとも大食漢か」


驚くほど自分は冷静だった。

普通の人間なら腰を抜かすか逃げ出してる場面なのに、千草から俺への明確な殺意を感じないためか妙な落ち着きが俺に会話をする余裕を与えていた。

「いえ、もう食事はしません。あと五日はこれで凌げます」

口についた血を手の甲で拭う。


「で、殺されるべき人間とは?」


「お前は人間じゃないのか? 人を食べるってことは、人喰い鬼?」

「ええ。人間が勝手に名付けた名称ですがそれに該当します」

「毎日人を襲って暮らしてるのか?」

「毎日ではないです。昨今では人を喰らうのにリスクが多いですから。飢えを我慢して数日おきに補食してるんです」

それで、殺されるべき人間とは?

彼女の瞳がギラつく。自分の問いの前に質問責めされたことを怒ったか。

「俺が嫌いな奴らだよ。俺にとって邪魔で害でしかない人間たちのこと。あいつらの方が人畜無害の田嶋さんよりよっぽど殺されるべき連中だよ」

「ほう。自分に害のある人間なら殺されてもいいと?」

「なあお前、好き嫌いはあるか?」


目の前の麗しい鬼に俺は問いかける。


「例えば、人をいじめる人間の肉は質が悪くて喰えない、とか」

「面白いことを言いますね卯槌さん。私に提案するつもりですか」

爬虫類のような瞳が三日月のように細まる。目の奥はこちらを窺うように、笑っていない。

「好き嫌いなどありませんよ。味の良し悪しも、肉になってしまえば全て同じです」

「なら俺がお前の食いぶちを用意してやる。俺の気が済むまで提供してやれるぞ」

そう。これは提案だ。

「あなたが私の補食源を?」

「ああ」


俺は閃いてしまった。

三代千草。

この人食い鬼を使って今まで俺を苦しめてきた人間たちに一矢報いることが可能になった。

あくまで俺は千草の食材を選抜してやるだけだ。

彼女の餌に与えることで、過去の精算を復讐という形で晴らしてやる。



続きます。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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