8回裏 なんで応援してくれないんだよ?
華頂が涙を流しながらベンチに戻ってくる。その涙は得点の喜びからではない。殺してもらえなかったことを未だ悔いているからだ。
「最低の帰還ね」戻ってきた華頂を叩きながら逸乃がつぶやく。
「あの人のことは絶対許さない」華頂は悪びれずにこう言った。
どういう思考回路してんだ華頂。
状況は一死一、二塁。
「魔物が召喚されてる」
俺は夙夜にささやいた。
「流れを変える手段が青海にはありますよ」
アダムが打席にむかう。
『問題児』
今村は流れを変える。
(パワーピッチや。それがこの場面の『正着』(将棋や囲碁でいう正しい一手)。ボールが多少荒れようと問題ない。球種をストレート、カットの二種類に絞る。球種がわかっても泡坂のボールは打てへん)
内外野の守備陣から指示やかけ声が飛ぶ。状況に呑まれている選手はいない。まだ五点差もあるのだ。そして彼らには甲子園連覇という経験がある。
全員が百戦錬磨の強者だが、
「泡坂が打ちこまれたら正気でいられないだろう。なにが悪いと指摘はできない……」
中原のヒット性の当たりを含めれば《《実に4連打だ》》。ついさっきまでは考えられなかった現実を生きている。
「泡坂さんを攻略できている理由があるんですか?」
夙夜はベンチほぼ全員が抱く疑問を口にする。
そう、この回になってなぜだ? 奴の球は死んでいない。俺ならともかく他の打者は余裕をもってあしらわれてきた。
レフト前ヒットを打った華頂はなにも言わない。
ちょっと黙考。
「……理由はなんとなぁくわかった。うん、俺が言うのはなんだけど《《俺》》が理由なんじゃないの?」
二秒後に俺の解答に夙夜が、そして勢源が追いついた。
「あ! 第一打席と第二打席、慎一は泡坂さんのボールをフルスイングせずにヒットにしました」
ボール球をゴルフスイングで打った第一打席、速球をわざと詰まらせて打った第二打席。
「……それを参考に残りの八人が軽打を無意識のうちに真似してしまった。だが泡坂のストレートやカットボールは、全力で打ってやっと外野まで運べるもの……」
「俺の技能あっての『軽打』だったからおまえらが真似ても付け焼き刃でしかない」
『打球操作』が有能すぎた。
静まる松濤ベンチ。
「うん、マジでごめんね」
全然気づかなかった。
部外者としてチームを客観的に見る役割を与えられた夙夜ですら状況に呑まれ指摘できなかった。
俺のプレーが打線を湿らせた一因だった。味方にデバフかけるクズ。
「……今日の泡坂だ、それがなくてもヒットが一本か二本増えるだけだっただろ?」
そうフォローしてくれたのは意外にも中原だった。
「アダムは心配しなくても強振する。ただ問題はアダムの今の状態がよろしくないっつぅことだな」
恐い顔で俺を見る勢源。
「うーんだからあの悪癖はあいつ自身の問題だろ。2番から打順落として5番だし」
アダムのここまでの成績は25打数5安打。打率は.200。
1番や2番を任せるには数字が悪すぎる。準決勝まで放ったヒット5本のうちホームランが2本というのは意味がわからない。足の速さという長所はあるがこの打順は妥当かと。
「あいつに悪い癖がついてそのままなのも間接的には《《おまえのせいだろ》》?」
また俺かよ。まぁ事実だからしょうがないけど。
「悪球打ちなんて教ーたつもりないんだけど。完璧濡れ衣なんだけど」
*
アダム「できねえことをできるようにがんばってんだ。なんで応援してくれねえんだよ!?」
勢源「ボール球は打つな」
アダム「ヤシキは悪球ヒットにしてるだろぅ?」
勢源「あいつは例外も例外なの」
アダム「オレなら多少ゾーンから外れようが対応できる」
勢源「野球の前提を守れ。相手は打ちやすい有効領域にわざわざ投げてくるんだ。『的』が広がったらピッチャーの有利になるなんて考えないでもわかんだろ?」
アダム「えっえー……」
勢源「打ちやすいボールを打て。それが野球の定石だ」
アダム「打てるのにい?」
勢源「単純に確率が低い。というか今までボール球打ったのはどこにでもいるようなド三流のピッチャーのクソボールだろ? おまえの悪球打ちは雑魚専のゴミみてぇな技術だ。全国クラスには絶対通じねぇ」
アダム「うちの監督口悪……ちょっと辞めていい?」
*
1球目、泡坂の高めに外したボールをアダムは剛振。BーS。
頭を抱える勢源その他。
(また『悪球打ち』に戻った。ならアダムは安牌や。確実にアウトが計算できるで)
今村はボールがミットを叩く音に気づく。三塁側のブルペンだ。もう一人のエース、置鮎と1年生ピッチャー久世が投球練習を始めた。『左殺し』霜村はまだベンチに待機している。
(あいつらには9回以降頼ることになる。この回は締めるで泡坂……)
泡坂は全力で無効領域目がけ投げる。
アダム相手に置きにいったボールでは『悪球打ち』が成功しかねない。
アウトコース、変化の幅が大きなカットボールを右足を大きく踏みこみ――打ちにいったアダムは――ぎりぎりのところでバットを止める。
「そんな喰いつくようなボールかよ……」
これでB-S。
内野席からかすかに失笑がきこえてくる。
アダムの奇癖は周知の事実だ。これで結果さえ残せば黙らせられるのに。
3球目はカットボールが有効領域にくる。過去最高のスイングで応えるアダム。
力対力。だがバッターはボールとはまったく無関係な空間をスイングする。
B-Sと追いこまれた。
続いて低めにストレート。
際どいコースだがボールの判定だ。
B-S。
「チーム戦術もあるけど、結局プレイヤーが自分で考えるのがスポーツというものだよ」
自己判断が大事。
「前の打席でしたバントの構えは?」と夙夜は口にする。
「いや、華頂から続いているフルスイングの流れを断ち切りたくないんだろう」
それに空振り三振なら併殺はない。
ネクストバッターズサークルに移動せず口を隠しなにか考えている勢源。
……松濤のパワーヒッターは5番までだ。6番以降はフルスイングして泡坂のボールに事故的にぶつかってもヒット性の当たりが発生しないのではないか……。
アダムが凡退すると残りのワンアウトを有効に使えない。
泡坂が一塁に牽制球を入れる。比叡が戻ってセーフ。
「フルカウントにはしたくない。アダム相手だがストライクで勝負するはず……」
俺の発言とほぼ同時に勢源が、
「アダム! 打てるボールだけ打て!!」
泡坂はセットポジション、次こそ打者に投げる。
今村はアダムがバットを握りきしませる音をきいた。
(! 乱れた!!)
アダムの胸元目がけその豪速球が飛びこんでいき、
それでも打ちにいったアダムのバットはボールにぶつからず、
右腕直撃!!
「打てるはずがねぇ……」
160㎞/hのフォーシームが上腕部に激突した。顔をしかめ泡坂をにらみつけるアダム。
泡坂はすぐさま野球帽を外し謝る。
わざわざ悪球で勝負しにいったわけではない。泡坂の全力のストレートはアダムの手に負えないのだ。
一塁コーチャーの片城が治療のためコールドスプレーを持って近づいていく。
「あん野郎!! 痛。やっぱ避けておけば……いや打てたか?」
「正気じゃないですよアダム君。今のを打ちにいくとか……」
右腕をかばいながら1塁へ歩いていくアダム。そして泡坂にむかって、
「今度はあのボール打ってやっからな泡坂! もう一回勝負すんぞ!!」
「なにがしたいねんあいつ……試合の流れわかっとるのか……」
この勝負、内容ではバッテリーの完勝だが、結果を手にしたのは打者のほうだ。
出塁しチャンスを広げた。
そう俺は思ったのだが――
青海ベンチから堂埜監督が飛び出してきた。
状況は一死満塁……のはずだ。
どうやら球審の判定に文句がある……みたいだ。
「ひょっとしてアダムがスイングしたから?」
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