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甲子園4連覇チームを倒す話  作者: @tokizane
第■■■回全国高等学校野球選手権大会東東京大会決勝戦 青海大学付属高校対松濤高校
81/102

8回裏 悪魔や

《松濤視点》


『鬼手』

 青海に油断はない。

 そのことはベンチを見たらすぐわかった。

 三振を喫し意気消沈しているかと思われた佐山はふとベンチの奥に移動し、置鮎に何事か頼み、

 すると置鮎が近づき『やれやれ』といった顔をしてその場で左拳を相手の頬に叩きこんだ!

 口端に流れた血をぬぐうと佐山は自分で両の頬を叩き、グラブをもってベンチを飛び出していった。これで悪い流れは切ったと。

 そして青海の監督は二塁手と左翼手を交代させる。

「ナポレオン曰く『もっとも危険な瞬間は勝利の直後』。鍛えられた兵士であろうと本能には逆らえない。長期間のストレスから解放された人間は肉体的にも精神的にも無防備になるのだよ。大量リードした直後に動けなくなりそうな選手を発見し早めに対処したな」

 これは俺。

「軍隊もスポーツも勝利を目的にするという意味では同じか。屋敷おまえ軍オタだったのか?」

 これは勢源。

「夙夜の蔵書を読んで覚えてたの」

 夙夜に後ろから優しく叩かれた。

「ゲームに集中して」

「うい」

「この打席で決まっちゃうかもしれないことくらい理解してるでしょ?」

 《《この劣勢でリードされたチームの10割打者が打ちとられれば》》、二度と流れをつかむことができない。

「ゲームの流れによって評価すべき指標は異なる。投手戦なら一点確実に入る(風祭と泡坂が打ったような)ホームランの価値は大きいが、打撃戦に持ち込みたい現状、単打や四球の価値のほうが大きくなってる」

「わかってんじゃねぇか」

 これは勢源。

 そしてチームのみんながうなずく。

「条件が緩和されたことはいいんだけどプレッシャー」

 もう泡坂からは3本ヒットを重ねている。もう俺個人の目的は達成された。

 だがもうこんなにもあいつを打ちたい。

 泡坂の第1球、アウトコースに外したボールを俺は見送る。

「こりゃ威力偵察だな。泡坂に俺のリアクションを観察させてリードを決めるつもりか?」

「ペラペラなに喋ってんねん……!!」

 今村はピリついた反応をする。自軍のリードなど意識にない。

「さっきのホームランは関係ないよ。お前を打ちとって初めて仕事をしたことになる」

 泡坂はそう俺に話しかける。

 俺は狙いを定めてから打席に入った。こちらの意図がバレていなら、これはかなりの確率で成功する。これとはすなわち、

 バント。

(!?)

 超高速のカットボールをバットの下部で上手くあわせ、その運動エネルギーを抹消した。キャッチャーが捕る位置に転がし、グラブで確実に拾った今村が一塁に投げる――だが間に合わせない! 俺は勢いよくベースを踏み抜き優先、送球が劣後した。

 セーフティバントで出塁!!

「悪魔や……!」

 今村が口走る。

 俺は四度一塁ベースに辿り着いた。迎える風祭はもはや驚嘆の色をしめさない。

 しかしだ。

(今まで巧打でヒットを重ねとった屋敷が初のバントヒット、この意味は――)

 俺としてはリスクを侵したバントヒットで出塁することで味方を鼓舞した――つもりだ。

 俺はチームに貢献することを今になって覚えた。確実さを捨て派手さを選んだ。

 1塁ベースに到達したあと俺は、最初に彼を見ながら指を立てこう挑発する。

「狂えよ、華頂」

 状況は無死一塁。華頂は死んだ眼をしたままバッターボックスへ足を進める。


 泡坂が俺以外の打者に全力投球したのは5回裏、肩をつくるために7番逸乃~9番桜の下位打線に投じたあのときだけだ。

 松濤の上位打線は本気の泡坂を知らない。

 そもそも公式戦ですらこの1年間、堂埜監督は泡坂、置鮎のダブルエースに『球種を限定』、『投球するコースを限定』、『投球数を限定』かつ『読心術を有す今村の配球ではなく投手自身が考えた配球』という4つの縛り(ハンディキャップ)を課していた。そのうえであの二人は高校野球史上10傑にはいる投手成績を残している。

 今日の泡坂にその縛りはない。

 泡坂はこの俺を追いつめた5回裏の投球再現する。おそらく9回裏を置鮎に託すことも念頭に、スタミナの温存も考えず、かつフラットな精神状態で、一つのアウトをとることに全力を出せる守備陣をバックに、

 完全な泡坂のピッチングが襲いかかる。

 客観的に見てヒット一本も難しいこの現状だが、

 俺は知っている。

 華頂は野球選手云々の前にまともな人間ではない。

 打席に立った華頂の人形のような表情を見よ。

 人間の本能が現れるプレー中にあってこの無表情――これは、

「なにかする気だなあいつ……」


『なにもない』

 華頂は2球見た。

 2球ともストライク。立て続けに158㎞/h、160㎞/hと豪速球が有効領域ストライクゾーンにビシバシだ。

 あの速度でストライクがとれるといよいよ手がつけられない。プロでも9割は手がでないだろう。

 華頂が凡退しようとそれはあいつの無能を証明しない。

 3球目のカットボールがインコースわずか外に。今村がフレーミングするもボールの判定だ。

 ここまで牽制球はない。俺も盗塁は考えていなかった。

 最悪なのはもちろんゲッツーだ。俺も2塁にはいきたいが、ここぞというときに牽制球が飛んでくるのが恐い。そして今日まだその機会はないが今村の強肩も恐ろしい。

 ここまでの動きを見る限りファースト風祭の両膝に問題はない。

 バントが上手い華頂に一塁ランナーの俺が今いる手前の領域ゾーン、1塁手2塁手投手の守備範囲が交わる位置に転がし、連携の乱れを狙う策は確率が高くない。

 ベンチは強行を指示。そうでなくては。

 第四球。《《異変に気づいているのはどうやら俺だけだったようだ》》。

 華頂は言った――


   *


  逸乃「どうして死ぬだなんて言うんだよ……!!」

  華頂「僕に生きている価値なんてないからですよ。母さんは言うんです。ピアノを捨てた僕に価値なんてないと。だから見捨てる。たまに口を開いても罵詈雑言ばかり。家にいてもいない者あつかいされる。しかたなくご飯をつくるってくらいで。野球をしている僕になんて関心がないんです」

  逸乃「そんな最低の母親のことなんて尊敬する必要がない。自分のことだけ考えてればいいんだよ!」

  華頂「他人の家庭の事情に口出ししないでください。母さんに認められない僕なんて無意味なんです。僕が死を選んでも世間からの目線を気にするだけです。誕生日を祝ってもらったのは何年前だったかな」

  逸乃「……ならどうして私に教えたんだ。本当は止めて欲しいんだろ!?」

  華頂「逸乃さんは特別だからです」

  逸乃「……もうやめにしよう。《今度死ぬなんて言ったら必要なところに相談する》!」

  華頂「言葉が軽いですね。僕は嘘なんてついてないですよ。死ぬときは本当に死にますから」

  逸乃「もうやめよう。お願いだから……。君に死なれると私が困るのに……」

  華頂「それを言われると正直意志がグラつきますね。逸乃さんのことは嫌いじゃなかった。……残念ですけれどもう死に方は決めてますので」

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