8回表 策を弄するぞ
(遅いボールを打って飛距離をだすには技術がいる。その技術は佐山さんにありますが、しかしこのボールはそれだけでホームランにはできない)
(タイミングはあってました。少しも安心できない……。今佐山さんは速球を待ちながら超スローボールにあわせかけました……!)
佐山相手に同じ球種を2回連続で投じた。ギャンブルがすぎる。
今度は片城から話しかける。
「ナックルボールではないことには気づいてらっしゃるんでしょう?」
「僕に考えさせようとしている。3球目になにかあるってこと?」
若い女性たちの熱い快哉は佐山の耳には届かない。彼は超集中状態にある。
打者は気づいている。
(投球間隔が普通よりも長いのはなにか『しかけ』があるからだね。駆け引きには応じないよ)
片城は自分を戒める。
(あまり話しすぎると狙いがバレてしまうかもしれません。注意しないと)
佐山は勢源が投じた『シェイクボール』の投法を想像する。
(握りは通常と異なるが、勢源が投げているボールの変化はナックルのそれだった。勢源の手の大きさや握力ゆえにそうなるのか? あの変化球は失投しないよう繊細な動作を要求されるから、通常の勢いのあるフォームで投げることができない?)
佐山の『シェイクボール』に対する分析は正しい。
(! だがあの縮こまったフォームからストレートがくることも念頭に置かなければいけない。気づいて良かった……)
3球連続で『シェイクボール』は考えにくいか。
佐山は思考をベンチに巡らせる。まだ彼はこの試合仕事をしていない。風祭や泡坂のように堂埜監督に期待されたプレーを見せていないのだ。
命を助けられた過去を引きずっている。
野球は自分のすべて。
負けて笑うなんてありえない。
才能はチームを勝利させて始めて評価される。
青海あっての選手だ。
佐山には焦りがあった。
(青海大学附属高校野球部は僕のチームだ。ここで一本打って最低限)
勢源は悲しい顔を相手投手にむける。
(おいおい俺は眼中にないってか!? 寂しいぜ)
「佐山ぁ、策を弄するぞ」
そう宣言し勢源はワインドアップ、両腕を高く持ち上げる!
(通常の投球フォーム! 3球連続であのボールはこない!!)
手に汗握る佐山。そして気づいた。
超スローボールを2球見て眼を慣らされたあとに、勢源が最速《110㎞/h》のボールを投げればわかっていても振り遅れる。
投球直前、佐山はバッターボックスの最後部へ移動!!
これで勢源がストレート系のボールを投げても到達する時間差で対処できる。
勢源が踏みこみ、第3球投げたのは、
(は!? 無回転? 結局ナックル!!?)
裏の裏は表。
通常のオーヴァースローからナックル、
ボールを鷲掴みにして弾き投げる通常のナックルだ。
ストレート系のボールを想定していた佐山は、ステップした右足が持ちこたえない。一度地面についた。
(さっきよりもボールが速い、ステップを踏み直せないのなら!)
力で打ちにいく。
(それは悪手じゃないですか)
片城はすべてを見ていた。
下がりきった今の位置ではナックルボールが最大変化する。2球目の比ではない。
ボールは真ん中からインコースに微動、
「もう一声!!」
勢源の声がきこえたかのようにボールはそこからアウトコース、斜め下に急速に落ちる!!
獰猛なまでの変化、
インコースを意識し開いた佐山は投げだすようにバットを当てにいったが、
「無理です」
そう断じたのは片城だ。
凌駕。
佐山のバットはこのナックルに触れられない。
勢源が天才の上をいった。
(駆け引きであしらわれた。オーヴァースローだから速球がくると……そこからの無回転、予測不可能な変化に対応しきれなかった……!!)
マウンドに立つ小男に見下ろされる佐山。
「俺を見ろ」
佐山は完全敗北、この試合でまったく結果を残せなかった。
地面をむいたままなにも言わず、彼はベンチに姿を消す。
打ちとった勢源の頬を伝う汗がすごい。
投手のもとに近づく片城。
「3球勝負じゃないと勝てませんでしたね」
佐山の対応力なら4球目に同じ変化球は使えない。そして勢源はシェイクボール以外に青海に通じる武器を準備できなかった。
「シェイクは完璧に手懐けているわけではない……ナックルはともかくシェイクボール《シェイク》のほうは発生保証がないからな。勝率は7割くらいだった。佐山もホームラン狙いじゃなかったらファウルにはできたろ」
佐山から奪った三振は6失点したイニングの3つ目のアウトにすぎない。
勢源の『火消し』は微小な勝利にすぎないのだ。
それでも凌いだ。極小さなガッツポーズに気づいたチームメイトは二人。
手を叩き屋敷は褒め称える。
「3球三振、オール空振り、ファウルもなし。『勝つときは僅差ではなく圧倒的な差をつけろ』とニーチェも言ってたよ(意訳)」
「人の意見かよ。つうかなんでそんな偉そうなんだよ!」
「見事だ勢源、俺の期待そのままの活躍振りだった。投げる前そう言ったよな?」
「過去を改変するな」
「やっぱレベチだわ。ずっと投げてればいいのに」
「攻略されるだろ。……俺はアウト1つ稼いだだけだ。アウト23個とってきたのは桜だよ。9回表、投げてもらうからな!」
「決まってんだろ!!」
即答したのはそばに立つ桜で、
「桜君ならそう答えると思いました」
片城は小さくうなずく。
点差は6。
「針の穴にラクダを通すような奇跡を要求されるな」と屋敷。
「奇跡じゃ勝てねぇよ。実力で泡坂を打ち崩す。俺を信じろよお前ら」と勢源。
『御大将』は希望を捨てていない。
青海00000006 |6
松濤0000000 |0
片城は勢源に手伝ってもらいキャッチャーの防具を外す。
(最初が肝心です。この一打席でゲームの流れが決まりかねない。相手は――)
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