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甲子園4連覇チームを倒す話  作者: @tokizane
第■■■回全国高等学校野球選手権大会東東京大会決勝戦 青海大学付属高校対松濤高校
79/102

8回表 空気を読んでみせろ

《青海視点》


   *


  勢源「決勝の青海戦、先発は桜に任せるとして、打ちこまれたり球数がかさんだときは2番手ピッチャーが必要だ。わかるよなキャッチャー」

  片城「桜君は死んでも拒否すると思いますけど、それはそうでしょうね」

  勢源「流れを変える者(ゲームチェンジャー)は俺だ。悪いがアダムのピッチングは青海には通用しない。桜と同じ速球派投手パワーピッチャーで目先を変えることはできないからな」

  片城「勢源君にリリーフは厳しいのでは?」

  勢源「春先からずっと試している『新球』がある。初見なら誰相手でも通じるボールがね」

  片城「あの変化球ですか」

  勢源「ほんとは俺だって全球ストレートであいつら射殺したいよ」

  片城「うちの人たちはみんな比喩が物騒ですね」

  勢源「この背丈じゃ泡坂レベルのスピードは物理的にだせないからな」


  *


 身長161㎝、松濤で一番小柄な男がマウンドに立つ。

 ストレートの球速は110㎞/hに満たない。

 この数字は四年前、最強小学生勢源の最速記録をはるかに下回る。

 小学生時代の自分を超えることができない高校生……。

(――俺には150㎞/h超のフォーシームはない)

(打席の最前列に立つ佐山には豪速球に相性が悪いはずだが、俺にその選択肢はねぇ)

(投手の動作に同調シンクロして打つ佐山に、ボールの出所が見えにくい『煙幕スモーキー』投法はない)

(遅いボールにも技術で対抗されることは第2打席で判明している)

(となると佐山相手に通じる俺の武器は唯一、実戦で一度も試してないあの新球をここで披露するしかないってわけか)

 野球界から姿を消した最弱が青海の象徴と勝負……勢源の勝利に賭ける人間などいないだろう(佐山を推す応援がずっと多い)。

 勢源は眼を閉じる。

 彼は交通事故に遭ったあと、同い年の選手相手にコーチをしながらも自分の野球を捨てきれなかった。

 その選択が功を奏するか否かがこれからわかる。

(目的は違えない。松濤逆転の最初の一手は俺の救援リリーフ成功)


 投球練習中、勢源は普段しているセットポジションではなく、振りかぶって(ワインドアップで)投げていた。

 それでもスピードはでない。

 それを見て球場内の松濤への声援が次第に小さくなる。2番手ピッチャーに期待ができなくなったからだ。

 球速は人権。

 変化球や投法の妙、配球リードの冴えもピッチャーの球速があって初めて成立する。

(この投手には後続を抑えられない)

 野球を知るものなら誰でもわかる。

(この球速で2アウトランナーなしからであっても青海攻撃陣を止められるはずがない)

「観客に期待されねぇことなんざ慣れっこだよ。むしろそういう逆風は歓迎する。プレーで黙らせて『ざまぁ』できっからな」

 真剣に勢源の投球を観察する佐山。

(試合映像を見る限り彼は速球派ではない。球種は5つで全部コントロールはいい、《《でもそれだけじゃ足りないよ》》。監督役を兼任する選手がマウンドに――勝算があるんだ。特別なプランが準備してあると見るべきだ。勢源君は元最強小学生……油断なんてしないよ)

 勢源は極稀な両利きで左右どちらでも投げられるスイッチピッチャーだが、ここは右で投げる。

(風の状態は確かめた。悪くねぇ条件だ……)

 バッター佐山はストレートを捨て遅いボールに的を絞る。

 打席に入るとそれだけで佐山の背中を押すような歓声が上がる。

(やはり神宮は僕たちの本拠地ホームだ)

 球審のプレーの声がかかった。

 サインは投手が出す。

 勢源は振りかぶらず、セットポジションからほとんど左足を踏みこまず、第1球、

《《紙飛行機を飛ばすかのような慎重な手つきでボールを放る》》。

(手投げ!?)

 山なりの、ふわっとしたボールがインコースへ。

(最遅! だが待てる……)

 片城はそのボールを知っている。

(そのボール、揺れますよ)

 佐山にむかって近づいてきたボールが、質量141gの物体が空中でゆらゆらと軌道を変え始め、

(無回転! ナックル!!)

 対佐山攻略法はボールの変化量。

 一度打者の手元に近づいてきたボールが戻り、外へ。

(揺れの幅が大きい!)

 佐山の強振は空を斬る!

 空振りでワンストライク。

 秘投必殺『シェイクボール』!!

「ヤラれたっ……」

 ホッとした顔をする勢源。勢いよく投げ返す片城。

「ナイスボールです勢源君!」

「だから君付けはやめろって何度も言ってんだろクソキャッチャー」

 そう言いながらグラブのなかでボールを撫で回す勢源。

(俺を知っている奴は見ているか……。俺は今、青海の1番打者から空振りを奪ったぞ……)

『帝王』だった小学生のときも、シニアでコーチをしていたときも、勢源はこの夢を見続けてきた。

 最強と戦う。

 佐山は眼を見張る。

(ナックル? 確かにボールは回転していなかったが……)

 ほとんどの球技においても共通だろう。ボールに回転がかからない状態で放ると、ボールの縫い目が空気抵抗となり不規則な変化が実現する。

 サッカーでは『無回転シュート』、

 バレーでは『無回転サーヴ』、

 野球ではボールに回転を抑えこむため、他の球種のように指先でボールを保持して投げず、指の関節ナックルでボールを鷲づかみにし弾くように投げる。ゆえに『ナックルボール』と呼称される。

 佐山の人間離れした動体視力と映像記憶力。この選手は投手が手からボールをリリースした瞬間の記録を脳内で鮮明に再生できる。

「……ッッ!? (ボールを)鷲づかみにしてない? 中指と人差し指ではさんでる!? まるでフォークの握りだ……」

 だが投げられた変化球はほぼ真横に《《二度》》変化した。

 誰の眼にもあの変化球はフォークボールとは映らない。

「ナックルじゃない? あの選手独自のボールなの?」

「僕はキャッチャーなんで投げる人のことはよくわからないです……」

 佐山の問いにシラを切る片城。

 すでにバッテリー間のサイン交換は終わっている。

 佐山は心機一転する。

(今の『ブレ球』を投げようと、別の球種で攻めてこようとかまわない! 駆け引きには乗らないよ。全球スタンドにぶちこむ!)

 勢源はリプレー映像を再生されたかのように、また奇怪なフォームで投げる。

 86㎞/h。

「空気を読んでみせろ」と勢源。

 そのボールは流れる風の変化に対し敏感に反応する。

(また同じ球! ボールの縫い目がほとんど動いていない……)

 佐山はステップした右足を浮かせたまま停止、粘りの下半身、引きつけたボールを渾身の一振りで、

(今度は縦に落ちたか)

(『シェイクボール』は佐山さんにも通用します)

 またしても空振り! ワンバウンドするほど落ちたボールにあわせられない佐山。

 天才は勢い余ってグラウンドに手をつく。

「ぐぬぅ……」

 静まりかえる場内。

 元天才だけが投げるその変化球、その本人にもどこへ変化するかわからない。

 制御不可能アンコントローラブル、ゆえに無限。

 左右上下に変化する。速度すら一定でない。野球の打撃バッティングはこのボールに対応して考えられていないのだ。

 佐山がこんな無様なスイングをするところは、チームメイトの誰一人として目撃したことがない。

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