8回表 あいつとは永遠に戦い続けるよ
《青海視点》
泡坂はマスク奥の片城の顔色を見た。
(疲労した選手……思考力の低下……初球アウトロー、ストレートのサイン。片城も配球がわかりやすくなってる?)
普段相手の配球を読まず打席にはいる泡坂が、投手としての経験を糧に思考をダイヴさせる。
(……ホームランを浴びた直後というシチュエーション。なら初球は■■■■■、コースは■■と考えられるか?)
桜は己を鼓舞する。
(さっき鏡で見た自分の顔を思い出せ。自信たっぷりのあの顔を。今日の俺は投手として自分の理想に到達している。だからこれ以上の失点はありえねー……)
力みがなくなった。
必勝のサインを送り、
中腰に構える片城。
(そうです、桜君は仲間のことなど考えず、自分のためだけに投げればいい。2点差ならまだ取り返せますよ!)
桜は投球直前、5番打者から空振りを奪い片城のミットに叩きつけられたボールの捕球音を幻聴するが、
ボールのリリースのあと、
(巨大な武具を振り回すがごとく力の入った、泡坂の異様ともいえるバッティングフォーム)
片城の耳を襲ったのは異常な金属音――硬質な不協和音だった。
その日桜の最速のストレートに対し泡坂が最速のスイングで応える。
高校野球界最速のスイングを持つ男が、木製でも芯をとらえる精密さで打球する際発生するその音を例えるならば、
濠瀑。
泡坂だけが発することができるその轟音は、間近で耳にした相手校のキャッチャーたちの眠りを妨げ続けてきた。
打球はセンター方向へ飛んでいる。
(角度が足りない! ホームランにはならない!!)
背走するセンターのアダムはボールから一度視線を切った。フェンス手前で振り返ると同時に《《背中に鋭い衝撃》》。
(ボール!? フェンスに直撃し背中に当たった? 2塁に投げろッッ!!)
ランナー泡坂はまだ一塁ベースを通過したところだ。遅い。
アダムの強肩が発動する。
(怪我でもしたのか? ともかく刺せる!!)
泡坂はそのまま2塁を通過した。アダムの投げたボールをキャッチした逸乃はそこからなにもせず下を向いている。
アダムは彼女の動作を見て気づいた。
打球は減速せずバックスクリーンに激突し跳ね返り、彼の背中にぶつかっていたのだ。
ホームランが成立した瞬間プレーは中断し(ボールデッド)、その事実に気づかなかったアダムただ一人がプレーを続行していた。
2者連続の本塁打!!
泡坂はバットフリップし(バットに回転をあたえ投げ捨てること)、一歩一歩確かめながらベースを回っていた。
*
神宮は俺たちには狭すぎる。
*
屋敷は腕を組み泡坂のスイングを解析する。
(片城の意図はストレートを高めに。打たれた球種で空振りを奪い、桜を元気づけようとしたもの。それを狙われたな)
(最初はいつものアッパースイングで打とうとしていた)
(だが桜の投球はストライクゾーンよりも高い位置に外れ、それでも打ちにいった泡坂は始動したあとにスイングの軌道を上昇スイングから平行スイングに修正し、最長飛距離を出すスイングから最短時間でフェンスを越すスイングに変じた。それが功を奏し弾丸ライナーでセンターバックスクリーンに到達……か)
(知・力・技すべてが最上位)
(これが真のホームランバッター……)
怪物がホームベースを踏み帰還した。
泡坂は微笑みチームメイトたちとハイタッチして回る。
青海には『王』が二人いた。
「あいつとは永遠に戦い続けるよ」
風祭は言った。
置鮎はその表情でその言葉に納得したことを示した。
青海00000003 |3
松濤0000000 |0
最初から彼我の絶望的な戦力差はわかっていたはずだった。
2年前、一年生の『泡坂の世代』相手ならともかくとして、
現在最高学年に達した『泡坂の世代』と1年生主体の松濤がまともに戦えるはずがない。
『大数の法則』でいうところの試行回数を重ねるごとに理論値へ収束していく光景を目の当たりにしている(現実のゲームがそこまで単純なモデルではないにせよ)。
屋敷慎一は勝つ確率が顕著に下がったことを自覚していた。
(松濤の勝ち筋としてありえるのは、中原の親父が言ったように『先制逃げ切り』が有力だった。それを逆にやられたか……。残り2イニングスで3点差はマジに不味い。そして桜をぶっ潰された。精神的に回復できてない)
青海の選手たちも、球場の大観衆も、内心松濤高校のここまでの善戦を褒め称えていた。
(今年ここまで戦えたのなら、来年はもっと強いチームになる。優勝候補としてまた都大会を勝ち上がれるはずだ)(今日の敗北から多くを学び次につなげ……)(ダメージを少なくするためにはせめて大敗しないでくれ)




