7回裏 怖いのはこれからですよ
《松濤視点》
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「り、里香のことが好きなのは俺だし! 別れろよ片城」
「ドロドロしてきましたね。ならもう僕も君島さんも桜君とは会わないでしょう。話しかけないでください」
「ちょっとまて、どうしてそんな極端なの?」
「野球の練習もしないです。別に約束事があったわけではなく僕の善意ですからね」
「それは……」
「野球は嫌いじゃなかったんですよ。桜君と会う前から試合は観てましたから……」
「え、終わる流れ?」
「あとはせいぜい一人で強くなってください」
「俺一人で?」
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片城「怖いのはこれからですよ」
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「君島さんは桜君が怖いと。図書館で本を読んでいたら陰から見てきて……隠れているつもりだけれど大きくて見えだって。大柄な男子生徒が覗きこんできたらそりゃ怖いですよ」
「ぐ……」
「ずいぶんデカいストーカーですね。それでも話をするうちに仲良くなれるんだから見上げたコミュ力です」
「一年くらいめげずに話しかけたからな!」
「よく警察沙汰になりませんでしたね……」
「守ってあげたくなる人だよな!」
「彼女は僕に守って欲しいと言ってましたけれどね。桜君から」
「あ! あ……」
「いつも怖い目で見てくるって言ってましたよ」
「で、でもよ、眼つきが怖ぇのは生まれつきだから……」
「友達にはなれてもそういう関係になるのは望んでいないとおっしゃっていました」
「うん、わかった。オレの代わりに謝ってくれねーか?」
「それはわかりました。野球はどうするんです?」
「野球!」
「僕に好きな人とられましたけれど野球の練習はこれまでどおり続けるんですか?」
「し、死にてぇ……」
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逸乃「桜は簡単に死ぬとか言っちゃうキャラ?」
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「そうだ! オレには野球があった! もしゲームにでれば絶対通用するのに!」
「そんなの実際にやらきゃわからないじゃないですか」
正論を述べる片城。
「確かにただ練習で速い球投げてるだけの奴なんて信頼できねぇ。今硬式にせよ軟式にせよ試合で活躍しているほうがオレよりずっと有名だし、エリートだし?」
「高校で追い越して見せると」
「4カ月ありゃ今全国で名前売ってる奴ら全員ぶち抜いてみせる」
「どこの高校に進学するんですか?」
「どこだろうと問題ねぇ。オレが投げて打って勝たせてみせる」
「環境って大事ですよ」
「……そうなのか?」
「団体競技ですから強いチームメイトが必要で……でも1年目から活躍するには強豪校じゃ逆に厳しい。チーム内の競争で負けます。実力云々ではなくチームの方針で1年生は自動的に戦力外でスタンド観戦です」
桜の中学時代の経歴を考えればそれが自然だ。
「最初から試合出ねーと青海の連中と戦えない。……片城はどうしたらいいと思う?」
「意外と人の意見きくんですよね……。そんな悲しい顔しないでください。たとえば創設されたばかりの野球部ならレギュラーで使ってもらえるかもしれないです。同じように1年目から試合に出たい優秀な選手も集まってくるでしょうし……どうしました?」
片城にむかって親指を立てる桜。
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千歳先生「ねぇ恋の話はどうしたのぉ? もうおしまい?」
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「オレには野球があった。愛なんざいらねぇ!!」
「桜君うるさいです」
「彼女なんかいるおまえになんか絶対負けねぇから!! 怨!」
「桜君に野球で勝とうと思ったことないですから」
手を横に振る片城。
「あ? なに言ってんだ片城。なんでそんな自分下げるんだよ?」
「僕は戦わないですから」
あっさりと言い切る片城。
「意味わかんねー。里香はおまえのこと好きなんだろ?」
「野球と関係ないじゃないですか。君島さんは関係ないじゃないですか」
「いや関係あるね。野球知らなかった里香にマジになって教えてただろ」
「だから?」
「だからそういうコマいところが好かれた理由なんじゃねぇの? オレは野球の魅力とかルールとか上手く語れなかった」
「桜君にとってはプレーするのがスポーツですからね。上手く語れない」
「……オレがもし試合でてよ、活躍したら里香もオレのこと見直して――」
「それはないと思いますよ」
「ないかぁ」
「ないです。あれ、納得するんですか?」
「だって野球が楽しいのは、野球が楽しいからだろ?」
「同語反復」
「人に認められるとか、有名になるとか、ステータスだとか、金になるだとか、そういうのは知らねーよ。つってもオレ試合出たことないから想像でものを言ってるだけだが」
「本当は弱いかもしれませんよ」
「スピードガンであれだけ球速だしてるオレが弱いはねぇよ」
「……野球の楽しさはプレーすることそのものだと」
「そのうえで勝てればサイコーだ。青海相手なら流石に苦戦するかもしれねーが」
「過大評価……」
「里香はもうあきらめた……。そうだった、オレには野球しかないんだった」
「しか」
「そう。オンナだとか遊びだとか、そんな他の楽しいことにかまけてる場合じゃなかった。だってオレはまだなにも成し遂げてねー。もっと純粋に、単純に、野球のことだけを考えていれば良かった……」
思いつめた眼をする桜。
「桜君?」
「野球さえやっていれば『楽しい』しかない」
桜は自分という人間を単純化してみせる。
「桜君はときどき怖い顔をしますね」
「青海に勝てたらそれこそその日のうちに死んだってかまわない」
困惑する片城。
「一応、彼女のことをフォローしておくと……里香さんは幼馴染とまた友達になれてうれしかったと言ってましたよ」
中学進学を機に一時的に疎遠になっていた幼馴染と。
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オリーヴ色を基調としたセーラー服。確かに高校生らしい。知っている学校の制服でなければ中学生と疑ってしまうところだった。君島が小さすぎる(片城の肩に頭のてっぺんがくるくらいだ)。
片城の証言が正しければ俺と同じ高校2年生。うん、ちんまい。
「片城と桜がつくりあげたイマジナリー彼女かと……」
俺は夙夜にささやく。
一同のまえに姿を現した君島、の横に立つ片城。
「君島さんは非常に声が小さい人なので……」
そう言ってかがみこむ片城。
君島は片城の耳になにか話しかけた。
千歳先生はその様子を見てテーブルのうえで溶けていた。
「そのまま伝えますね。『桜のことを悪く思わないでくれ』、『夏の大会は君たちを応援してあげるから』」
けっこう口調がフランクだった。
片城の通訳に何度もうなずく君島。耳をすませば口を動かしなにかしゃべっているかはわかるのだが俺たちの耳にはとどかない。
「読唇術できる?」
俺は夙夜に言った。
「できなくても恥ずかしがっていることはわかります」
夙夜は答える。
そのあとも君島は片城に隠れるポジションをとり続けた。
「片城のノロケで終わった?!」これは中原。




