5回裏 俺たちは天才じゃない
インコース高めにストレート、
打者の眼に近く精確なバットコントロールを許してしまうが、
打者がもっともバットを振りにくいコース、
かつ、打者の手元にもっとも近い位置に投げれば、
バットを加速する空間がない。
(インハイ!)
超速球、屋敷の技量でも打球操作ができる時間がない。
そして投げた泡坂すらも意図していないことだが、
顔面近くにボールがむかい『死』を予感させたことにより、
屋敷はそれを回避するため本能的にバットを振りだすことになる。
振りかざしたバットを上から打ち下ろす打球は屋敷泡坂今村3名の視野から消え打球音だけが残響左膝の痛みに気づいたのは1塁手の風祭1塁ベースに衝突しその跳弾が脚に衝突グラウンドに転がりながらボールをつかみ投手・泡坂にむかって指示を送る。「カヴァー!」ぶつかった衝撃で塁そのものが抜けている! それでも踏みこむべきは1塁ベースがあったその位置だ。そのルールを二人は理解している。泡坂と屋敷が原始的に走る。倒れながらの風祭の送球がブレた、キャッチする泡坂、駆けこむ屋敷、同時に泡坂が、仰向けに倒れながら左腕で振り向きざまのバックタッチを狙う、屋敷がそれを見越して超低空のヘッドスライディング、グラウンドで交錯する二人が必死だ。
*
「そもそも『投げる』とか『打つ』とか特殊な動作なのよ。人間の本能に根ざしていないスポーツなの。『野球』ってルールがなかったら意味のない才能だからね」と屋敷。
「俺たちはルールに守られてるか弱い存在なんだよ」と泡坂。
「二人ともそうやって自分を卑下して逆に持ち上げるの、うざったいです」と夙夜。
「俺が言いたいのはさ……」と屋敷。
「俺たちは天才じゃないってことだよ。俺にしたってまだ高校生相手に活躍してるだけのアマチュアなんだから。プロで大人相手に活躍してこその『天才』。俺たちはまだなにも成し遂げていない。明後日の試合なにをしたってどうしようもない」
「同意見」と屋敷。
*
審判の判定は「セーフ!」
巨人の下敷きになった屋敷が叫ぶ!
「アウトだ!!」
(おまえがなんでアウトを求めるんや? 言い間違え? こんなときに冗談?)
罠。
「3塁!」
時間をつくられた。今村の引きつった声、起き上がった泡坂が3塁送球、だが走っていた桜を刺すことはできない。2死1、3塁。
「俺たちは全員天才だな」
桜がグラウンドを見回してそう言った。この場所に弱者は一人もいない。
起き上がった屋敷がユニフォームの土汚れを払いながら言った。
「日和っちまった。あんなんホームランとか打てんでしょ誰にも。あっ大丈夫左膝? 俺のせいだなよな風祭先輩。また大事な試合で負傷退場?」
相手の顔を覗きこむ屋敷。
「黙れ……」
痛んだ箇所を押さえ、風祭は駆けつけたベンチメンバーからの治療を拒否する。
泡坂はマウンドに戻る。どんな反応もしめさない。
HRは打たれずともこの結果は……、
彼は完全に敗北した。
少なくともこの試合に限って『格付』は済んでしまった。屋敷>泡坂と。
過去最高の投球を披露しながらHRを狙った屋敷を止められなかった。
勝ちはしなかったが負けもしなかった屋敷はつぶやく。
「大山鳴動鼠一匹。情けない先輩ですまない……」
結局これまでと同じシングルヒット――屋敷に満足はない。
(今が同点9回裏、桜が2塁ランナーだったら俺の内野安打と桜の走塁でホーム生還、こっちのサヨナラ勝ちだったんだが。そう上手くはいかんな)
ユニフォームを汚した泡坂はキャッチャーに声をかけられた。
試合は続く。松濤の2番打者がバッターボックスに入った。
今村萌は14秒後に悔やむことになる。
(なぜ泡坂にもっと時間をあたえなかった……?)
泡坂が魂をボールに糊塗し投じた全力投球×7、および対屋敷3打席連続被安打という結果が泡坂の精神に深刻なダメージをあたえていた。
華頂への初球は真ん中へのハーフスピードのストレート、
茶髪の少年は迷わず逆らわずに強振し、その打球はセンターとライトの中間地点へ落ちていった。




