5回表 全国制覇よりも
『ふたたびファミレスにて』
*
「屋敷はねぇ、本当に小っさかったよ。それに痩せてて力なくて足も遅くてなんでスポーツやってるのってレヴェルで動けなかった。小学生のころからそうだったんでしょ?」
「そうですそうです。大人しく私のそばにいればいいのに野球なんて始めて……中学ではどうだったんですか?」
「才能はあったよ。中学高校といろんなチームと対戦したけれどそのなかでもピカイチだと思う。それでも都大会で10割はできすぎだけど」
「ですよね私も思います。慎一が変な勘違いしないか私は心配で……勢源君がコーチになってからまともにトレーニングするようになったけれど、慎一はフィジカル的にまだ貧弱ですからね。性格もちょっと……」
「人間性がね」
どうして俺が『竜虎相打つ』的に泡坂と夙夜の二人から総攻撃喰らっているのか、それは日頃の不品行をとがめる機会を二人がうかがっていたからでこのファミレスに泡坂を招いたのがそもそもの失敗だったわけだ。
もう帰ってよろしいか?
「屋敷はバッティングに特化したスペシャリストなんだよ。俺は――中学のある時期からバッティングもピッチングも一流を目指すようになった」
「全能を目指すようになったわけですね」
「……これは俺の持論だけど、すべてのアスリートは『なりたい理想の選手』になるように成長していくんだ。才能があるからなるとか、誰かに指導されてそう育つんじゃない。『なりたい自分になる』」
「おまえはなりたい自分になったんだろ? 高校1年で甲子園優勝投手、余技のバッティングですらプロ選手から高く評価されるくらいだ」
俺がそう言うと泡坂は小さく首を縦に振る。
夙夜が俺を見ながら言った。
「慎一は自分がなりたい自分になってるの?」
「なってるよ。175㎝なんて野球じゃコロポックルだよ。ホームランなんて滅多に打てないよ。フィジカルスポーツで身体の大きさは正義、マンガとかで小さい主人公が活躍するのは現実の逆張りにすぎない。……だから俺はバッティングに確率を求めた。結果が7試合で10割キープ。まあ素晴らしいと言え」
「まあ素晴らしい、とはいえ試合を決めてきたのはチームメイトのみなさんでしょ? 打点はそんなにない」
夙夜は俺に冷たい。
味方のバットでホームに還る役割の1番なんだから仕方ないじゃないか。
泡坂はこう指摘する。
「ΟPSで計ると屋敷はそこまですごいバッターじゃない。そのことは知ってるよね?」
ΟPS(one-base plus slugging)は長打率と出塁率を合算して求められる指標だ(長打率は合計塁打数を打数で割って算出され、出塁率は安打数、四死球の合計を打数、四死球数、犠飛数で割って算出される)。
この指標は得点と非常に相関性が高いとされる。『マネーボール』以降打率などよりも重要視されている指標だ。
「知ってるよ。俺長打ない。HRなら風祭とかおまえのほうが打ってるしそこは弱い。いくらヒットを打ってもホームに還す打者がいなきゃチームは勝てない」
「そこまでわかってるなら少しくらい長打狙うバッティングに変えてみたら? いや変えないか」
「変えないよ。だってこれが俺の野球だもん。そこは変えない。選手がになうのは『技術』までで、『戦術』をになうのは監督だけど」
俺はパーツにすぎない。
「あー勢源って選手ね。あの小柄な外野手兼投手」
「青海の堂埜なんかよりもずっと有能だ」
「? そうなの……すごいねそれは」
そこは反論しようよ泡坂。あのヒゲ全一4回の名将だぞ。
こいつを知らない人は驚くだろうが、泡坂はキャラが薄い。野球をしている泡坂に比べプライヴェートの泡坂は最地味。喜怒哀楽というものがないのだ。話をしていても手応えが感じられない。柳に風、暖簾に腕押し。
泡坂は自分の驚異的なプレーを語ろうとする意思すら見せない。俺も会って数日ほど口が利けないと思うほど無口だった。泡坂は常にフィールドのプレーで自分というものを表現したがる。試合がある度にSNSのトレンド入りする超人気チームの中心選手がこれというのは……。
『現象の本質は空』と書いていたのは仏教だったか。
「慎一は野球で遊んでいるんですよ。他の選手はみんなマジメに勝とうとしているのに一人だけ自分のために野球をやっている」
そのとおりだ夙夜。おまえの言っていることはすべて正しい。俺が惚れた女なだけはある。
泡坂は少し考えてこう言った。
「俺は全国制覇よりも、自分が最強だったらそれで良かった」
結果として高校無敗なわけだけど。
「でもさ泡坂、全国制覇よりも個人としての最強のほうが意識高いんじゃないの?」
「そうだね。だって一人でやりきらないといけないから」
常に助けあえる関係にある『組織としての最強』ではなく、味方のサポートを当てにできないのが『個としての最強』だから。
ガチ勢の泡坂とエンジョイ勢の俺じゃ見ている光景がまるで違うのだろう。
*




