2回表 たとえどんなに無謀な挑戦でも
《松濤視点》
桜は外野のライトに立っている。その位置からレフト方向に飛ぶボールを追いかけ、グラウンドを横切り、それでもギリギリなら横っ飛びにグラブを差しだし、キャッチする。それを繰り返す。アメリカンノックというやつだ。守備力プラス身体能力そのものの底上げ。
「フィジカルあっての技術だよ」とは中原氏の言葉だ。
もう何時間経つだろう。水分補給はしっかりしているが、桜は今にもぶっ倒れそうになっている。
照明の下立っている中原氏の表情は離れた位置からはうかがえない。なにを思っているのやら。
確かに実質素人の桜のフィールディング能力は疑問視されていた。だがそれにしてもいきすぎってやつではないのか?
中原(息子)がたずねる。
「なんなんだよあの桜って男は。どうして親父の練習につきあう? あんなの虐待だろ?」
片城が答える。
「桜君は馬鹿なんですよ。2年前、都大会の決勝戦の試合開始にあわせて2時間以上ずっと外を走っていたそうです。真夏の炎天下に休憩なしでずっと」
回想中に回想にはいるなよ片城。
「1年生ながら都大会で活躍して注目していたっていう泡坂さんに対抗するつもりで。最初はテレビで観戦しようと思っていたのにいても立ってもいられず身体を動かそうと」
「意味あんのかよそれ」
確かに異常だ。
「ないですよ。熱中症だったんだと思いますけれど本人にその自覚がないのは頭悪いですね。誰かに指示されて走っていたわけでもないのにクレイジーな性格してます。ぶっ倒れそうになって、公園で水飲んで横になって、それで帰り道に街頭のモニターで泡坂さんがノーヒットノーランしてサヨナラHR打って試合後のインタヴュー受けていたのを観た。それで確信したらしいです。『2年後に自分がこいつを倒す』って。意味不明ですけれど」
「延々と続くこのノックも苦にならないんでしょう。強くなるためには必要な過程だから」
レヴェルアップのためならどんなトレーニングメニューも喜んで受け入れる。バトル漫画の主人公かな?
楽しくて仕方ないといった様子でボールを追いかける桜。強面の癖に子供のような顔を見せている。
……中原氏は突然バットをケースにしまうと、桜になにも言わず、俺と片城に小さくうなずくと駐車場へむかっていく。黙ってついていく中原(息子)。
「親父さん疲れてるんだからおまえが運転して帰れよ!」と俺。
「うっせえ黙れ!」と中原(息子)。
桜は最後に捕球したボールをホームに投げ返し、両膝に手を置いて一呼吸おくと、震える足取りでこちらにむかってくる。
昨日よりも強くなれたと確信した顔だ。
疲れた桜は片城が投げたペットボトルをキャッチしきれない。
どうにかしてキャップを外した桜はスポーツドリンクを飲み干そうとしてむせる。
「これで普通に喋れるようになったら面白い奴なんだが――」
*
「――バントだろ? 見え見えなんだよ!」
桜は投球と同時に前進、
これが190cm超の人間の機動力か?
打球が地面に落ちる寸前素手キャッチ!
2回を3者凡退に抑えた。相手の拙攻もあったにしても……。
桜は立ち上がり走ってベンチに帰る。平然とした顔で。
「いや今の普通にグラヴで捕れただろ」と俺。投手の利き手ぇ……。
「オレにとって投げるのは『守備』じゃなくて『攻撃』なんだ」
そんなのピッチャーにとって当然の認識だろ?
「で?」
「攻撃ならリスクをとるのはあたりめーだ。相手に余裕を見せつけたんだよ」
1回裏に同じく素手キャッチした今村への意趣返しか?
青海ベンチで監督からお説教を受けている7番打者君。インコース高めのストレートはもっともバントしにくいボールだ(桜は相手のセーフティバントに気づき、瞬時の判断でコースを変えたのだろう)。
桜がこの2イニングを無失点で切り抜けたのは、運だけでもない、守備陣のファインプレーだけでもない。15歳、桜という弱年の力が青海相手に通じているからだ。
観客の盛り上がりはそれほどでもない。
「青海は運が悪かった。松濤の1年生ピッチャーはまもなく打ちこまれるだろう」
まだ誰も青海の不敗神話が崩れると信じてなどいない。
中原氏は言った。
「桜が今3年だったら『泡坂の世代』相手にも通じるピッチャーになっていたかもしれない」
1年生の桜はその言葉をきいたらこう答えるだろう。
「今のオレでも十分あいつらは倒せる」と。
片城は桜の言葉をきいたらこう答えるだろう。
「たとえどんなに無謀な挑戦でも、それを叶えてしまえば笑って振り返ることができるんですよ」
青海00 |0
松濤0 |0




