このチームには真のリーダーが存在しない。
「なら私を家に上げなきゃ良かったのに。さっきからずっと寝たふりしてるんでしょ?」
俺は目を閉じたままダイニングのソファで仰向けになっていた。
「えーと、華頂君の話の続きは?」
「華頂は自分に自信がないみたいでね。屋敷みたいに自分を神だのなんだの喧伝したりしない。守備っていう絶対の特長がある癖に、自分が一番チームで弱いと思いこんでいる。だから落ち着きがないし、言葉数も少ないし、いつも体調不良そうで――」
「それは思いました。いつも青ざめた顔してて……なにかストレスを抱えてそうだった」
「それは理由があるんだけどね」
小さな声でつぶやいた逸乃。
華頂……は桜ほどではないが無口だしいつも自信なさげにうつむいてて自己主張がないので実質モブだったのだが。
そして話をしたらしたで片言の日本語で語尾に? がついてくるので挙動不審さに拍車がかかってくる。《《守らせればヒット性の打球をことごとく止める化け物なのに少しも喜ばない》》。
嫌なことがあると半泣きになるしそれを隠そうとしない。うーん、弱き者。
そんな華頂だが、部員たちの中で一番仲がいいのは、そうだな。
「逸乃さん、華頂君とよく話してるよね」
逸乃が突然俺のみぞおちにパンチをいれてきた。本気で殴っているわけではない。拳ではなく平手でひっぱたいたのだろう。それでも胃の内容物を噴きだしそうになったが。
不自然ではあるが俺は眠ったふりを継続する。
「私は……ほらさ、こういう風に友人のスキャンダルを探ったり話したりするのが好きな人間なんだ。自分のことを探られていい気持ちにはならないけれど――」
「わかりますよ」
「華頂の家の事情は私の家の事情に少し似てるから……」
「だから?」
「野球で失敗すると今の自由な生活が送れなくなってしまう。私たちだけ野球を続けられるかわからない環境でプレーしてるんだよ」
俺は逸乃の事情も華頂の事情も知らなかった。
「ま、私のことはおいといて……華頂君は両親がダメだと言ったら野球部を退部することになるわけで……そしてその基準は恐ろしく高いみたい。1年目から全国に行かないと――」
そう口にすると逸乃は俺の膝の上に乗りかかってきた。
けっこう重いなこいつ……。裸なんて見てないがガッシリとした体格してそう。そもそも感触とか楽しんでいる余裕がないのだけれど。
舌打ちをしながら近づいてきた夙夜までもが腹の上に乗っかってくる。はい、どうしたの君たち。
「逸乃さん」
「はい」
「さっきから思っていたけれど制服着崩しすぎですよ。下着も見えますし慎一が起きたら……」
どういうかっこしてるの逸乃? いや、純粋な疑問にすぎないのだが。薄らとでもまぶたを開いたら起きていることが明確になってしまうし。
「これくらい気にしないよ。見えても問題ない」
「私は問題あるんです。そして会話の流れは?」
「ああ、華頂だったね。詳細については口止めされているから言えない。これで打ち切り」
華頂のこと知りたかったのにストップがかかった。
「あなた自身の事情は? 彼がいるから言えない?」
「夙夜と二人きりでも言えないね。ただ言わせてもらえば……全国大会出場がこんなに現実味を帯びるとは数ヶ月前には思っていなかった。私にとってそれは夢でしかなかったんだよ。男子に混じってプレーしているだけで満足だった。チームメイトはみんないい奴だし」
「中原君も?」
中原がオチ担当になりつつある。
「中原も本質的には善人だと思う。親の教育というよりも生まれつきあんな性格なんでしょうねぇ……。まっ、みんな野球馬鹿ないい奴だよ。いや、私も含めてかな……」
「優勝しないとダメなの?」
「創設したばかりのチームにそんな外圧はかかってないよ。監督もいない九人のチームには。でもね、私たちは同じ夢を見ている。トーナメントを勝ち上がって決勝で青海を倒す。女だからって足を引っ張るわけにはいかないよ」
「プレッシャーは重い?」
「それはない。私はチームの中心じゃないから」
「集団を所属するほとんどの人間は、自分が集団においてアウトサイダーだと思いこむものです。コーチしている勢源君だってもとはマネージャー志望なわけだし」
いつもどおり理屈っぽいな夙夜。そして正しい分析だ。
このチームには真のリーダーが存在しない。
「慎一だって長打がないアヴェレージヒッターです。試合を決めるのは彼じゃないかも」
そう言って夙夜は俺の鼻をつまむ。
「そうでしょう?」
「――かもしれない。誰もが自分を主人公だとは思わない」
「敗戦の責任を負いたくないからです。大人がいない子供の集団。夏の大会が終わってもチームは続くのに……」
俺が対戦したい投手はどちらも3年生。
モチヴェーションを維持することが難しいかもしれない。でも先のことなんて知ったことではない。
「誰もそんなことは考えてない。練習試合で負けて思ったんだよ。青海にはリヴェンジしないと」
「私は、『スポーツ』とは楽しむものだと思っていました。その語源は『気晴らし』や『楽しむ』からきているはずですが……」
「私にとっては勝負であり挑戦だった。子供のころから男子と戦ってきたからね」
小中高と、逸乃は常に自分の能力をテストされ続けていた。
無能なら異性に混じってプレーすることが許されなかったわけだ(失礼千万)。
「あなたにとって高校野球は最大の挑戦ですね」
「そうだよ。いまここで自分の力が通用しなかったらこのさき続けていく自信がない。成長期が遅い男子と一緒に野球やっているわけだし、身体能力ではこの先置いていかれる一方なはずだから」
逸乃はマジで特別な女だ。
しかし決意を表明するのはいいが力をこめて俺の脚をにぎるのは止めていただきたい。痛い。
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