私の人に触れないで
「投手はどうなの? 夏の大会はピッチャー一人じゃ勝ち上がれません」
「当然だよ。アダムと勢源も登板する予定だけれど、それはあくまで桜の投球数を減らすための措置だ。二人とも苦戦しているみたいだけれど、桜はどんどん良くなってる。相変わらず喋らないけれどね」
会って3ヶ月も経つのに俺のまえでは一言も口を利かない。
「キャッチャーの片城君は?」
「片城はよくチームメイトとしゃべる。桜があんまり喋んないから公式大使だなんて呼ばれるようになったよ。練習後に桜抜きでファミレスに集まって桜について語ったこともあった」
投手が主役なのにこのチームにおいて桜の存在感がなさすぎる。あの大男は捕手以外の部員に対し、言語によるコミュニケーションを拒絶している。
「どんな話になったの?」
「もうずっと片城が桜の愚痴を話し続けて、他の部員はみんな怒りをなだめてるだけだった」
「桜君ってそんなに悪い子なの?」
黙ってるのが正解なくらいクズ人間なのかもしれぬ。
「片城は放課後上級生にイジメられているときに桜が助けてくれたから知りあいになったって言ったでしょう。でもね、中学時代の桜は荒れてたんだって」
「ええ……」
今の桜がそんな奴だとはとても思えない。
野球をやりたいから自制しているのかもしれないが。
「野球部に所属してなかったのも監督に辞めさせられたからだって。だから練習相手が必要だった。舎弟が欲しかったからカツアゲされていた同級生を助けて恩を売っただけだって……」
「そう片城君は証言している」
「『そう解釈することもできます』って。片城は同級生にも敬語で堅苦しいんだけどね、でも桜のことを語るときは本当にイキイキしている」
「そんな人なの?」
「片城は不良が本当に嫌いでね。仕方なく桜の野球につきあっているけれど……それは桜が負けるところを間近で見ることができるからだって」
「それは……」
「桜が全力で戦って敗北して落ち込むところが見たい。桜は自分の実力を疑ってない。誰が相手でも自分のピッチングが通じると思っている。でもそれは現実じゃない」
「青海高校には現に通じなかった」
「そう。片城は悪い顔をして言うのよ。普段無表情なあの男が薄ら笑いながら、桜が負けて倒れ伏すところが見たい。夢が終わって現実が始まるその瞬間を目撃したい。存分に絶望してもらいたい。そのために野球をやっているようなものだ、と」
怖いよな片城。
「キャッチャーがピッチャーを嫌っていて野球ができるの?」
夙夜の疑問は俺ももったが。
逸乃は答える。
「そのあとで質問したの。自分の目的のためにわざと負けるなんてことしないよね? って。そしたら――」
「どうお答えに?」
「桜君が完全に敗北するためには僕やチームメイトのみなさんもベストを尽くしてもらわないと……言い訳できない条件で負けてもらいたい。負けるにしてもその舞台はできるだけ高いところで……みたいなことを言ってたよ。だから片城がわざと手を抜くなんてことはない。歪んだ性格してるけれど」
とてもスポーツマンとは思えない屈折ぶり。
「片城君は有能?」
「頭が回るね」
「華頂君は?」
夙夜がセカンドの名前を口にすると、場の空気が淀んだ。
しばらく沈黙したあと、逸乃が口を開く。
「彼のことは話したくない」
「なにかあったの? 逸乃と華頂で連携も大事なはずだけれど……」
「華頂は彼とは正反対の人間だと思う」
そう言いながら歩き始めた逸乃は狸寝入りしている俺のもとに近づくと、頬を指でつつく。
「私の人に触れないで――」と夙夜。
この独占力よ。
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