伯爵夫婦、2人で初めての食事 2
私は食べることがとても好きですが、フィラント様はそうではなかったです。1日3回も苦痛があるのは大変ですので、オットーとフィラント様と3人で食事がなるだけ苦痛でないようにしましょうという話をしています。
本日のトマトスープは色と、鶏肉なのが苦しかったようです。オットーの手により、従者用の野菜スープに交換されました。トマトなしで、黄金色の野菜たっぷりスープ。トマトと鶏肉はフィラント様と私の2人だけ用の特別仕様だったみたい。
フィラント様は、トマトスープを残すのが嫌そうだったので私がもらいました。何せ、大変美味しくて実はおかわりしたかったからです。
「昨夜、ちっとも食べれなかったのでお腹が減っていました」
恥ずかしいけれど、本当の事なので素直に話します。
「挨拶ばかりで、殆ど何も口に出来てなかったですもんね。上手く気を回せなくて、すみませんでした」
「私もフィラント様が食事が苦手なことをもっと早く気がつけば良かったです。機会は何度もありましたもの。すみませんでした」
私は、しょんぼりと萎れました。落ち込んだフリです。フィラント様、とても困ったような表情です。
「食べ残しを食べたいなんてはしたない。卑しい。そう言わないでくれて、ありがとうございます。私、飢えに少々嫌な思い出があるので空腹は苦手なんです」
今度は満面の笑顔を作りました。本心なので心の底からの笑顔です。
「ね、フィラント様。すみませんより、ありがとうございますの方がお互い気分が良いでしょう?」
フィラント様、ポカンとしました。その後、眉根を寄せながら笑いました。
「ええ。そうですね。ありがとう、エトワール。空腹が苦手で、食事が好きなら遠慮せずにオットーや執事のフォンに相談して下さい」
「いいえ、今で十分です。オットーは良く好みや食べたい物を聞いてくれます。腕も素晴らしいです。ほら、あの例の叔母に預けられていた時のことです。1週間食べられない時もありました。なので、お父様とお母様と暮らした日々や今の生活は天国です。むしろ贅沢三昧で心苦しい時があります」
フィラント様、渋い顔になりました。
「報告も受けているでしょうし、今後の生活でも子爵令嬢ぽくないと不審がられると思いましたから話しました。10歳まで宿屋の小間使いで寒い屋根裏暮らしです」
オットーまで渋い顔をしていますが、暮らしやすくする為です。嫌な動悸はしますが、フィラント様なら受け入れてくれるでしょう。もっと早く話したかったのに、フィラント様とこうして、向かいって落ち着いて話せる機会はありませんでした。
「……エトワール。味覚音痴が無味のようになったのは、戦場で人の血や死を見過ぎたからです。私は元は奴隷で、仕事が毒味係から始まったからでもあります。一般的な家庭とか、ましてや貴族の暮らしなんて分かりません」
静かに、ゆっくりと、目線を下げながら口にしたフィラント様。心を、心を開いてくれました! 私、フィラント様に近寄れたみたいです!
「優秀な執事、他の貴族に仕えてきた従者が教えてくれるから大丈夫ですね」
私はオットーを見ました。フィラント様も気がついたのかオットーへ目線を向けました。
「予算内で最大限のやり繰りに、エトワールへの気遣い。フォンから報告を受けているオットー。賃金や仕事内容に不満があれば遠慮せずに言いなさい」
「滅相もございません。母の介護に人手まで用意していただいて、十分過ぎます。奥様にも、たまに屋敷に入ってくる母に良くしていただいております」
「フィラント様は従者にまで優しいから、とても気楽です。ナタリアさん、縫い物や刺繍がとても得意なんですよ。ライラ・カンタベリ公爵夫人にハンカチを褒められました。私、卑怯者です」
私とオットーを交互に見ながら、フィラント様はぼんやりとしています。私が何も知らないと思っていました? オットーへの気遣い、ちゃんと知っていますよ。
「ヴィクトリアもナタリアさんと親しいです。記憶が昔に戻っているのと、徘徊してしまいますけど、知識豊かで気立ての良い方です」
「それはフォンやルミエルから聞いています。そうか、嫌でなければ家族全員で住み込みでも良いのだが……まあオットー。フォンやルミエルへ相談しろ」
私はオットーの家が、雨漏りで大変な話をしました。ナタリアさんから聞いたのです。オットーは住み込みか近くの家に引っ越ししなさいと、フィラント様に命令されました。オットーは恐縮しつつも大感激という顔付きです。これで、毎日美味しい食事が摂れます。そして、オットーは食事が苦手なフィラント様にも寄り添ってくれるでしょう。
「食後の飲み物はどうしましょうか? 訪問時はいつもコーヒーでしたよね。コーヒーをお持ち致します。昨晩のパーティ用に用意した良い豆が残っています」
オットーが告げると、フィラント様は渋い顔になりました。
「いや、紅茶で良い。それか、私の分は要らない」
フィラント様、またすまなそうな顔です。私、フィラント様の思考回路を紐解けてきました。今の発言は、私が大の紅茶好きだと知っているからです。何せ、チラッと私を見ました。それに、別々だとオットーに手間をかけると思ったのでしょう。
「フィラント様、先週買ってきてくださった紅茶は特に気に入っています。でも、コーヒーも好きなんですよ。紅茶はフローラや侍女達と楽しみます。実は、コーヒーは高価で貴重なので遠慮していたのです」
「コーヒーが高価? ああ、気にしないで下さい。稼いでいるので、何でも好きなものを買いますよ」
しれっと口にすると、フィラント様の笑顔はよりハッキリとしたものになりました。物をおねだりすると、嬉しいのでしょうか? 稼いでいるのは知っています。何せフィラント様、騎士団副隊長と領主側近の掛け持ちです。おまけに、フィラント様はご自分の物を中々買わないそうです。この謎、先程解けました。フィラント様が奴隷上がりの騎士だとは驚きました。それなら私と同じ貧乏性。私への気後れや負い目もそのせい。
質素倹約は夫婦共通の話題になりそう。共通点が見つかって嬉しいです。むしろこのような方と結婚出来たのは、運命的? 自分の幸せが怖いです。
昨晩、ごま擦り成り上がり野郎という嫌な呼称を耳にしました。前領主メルビル・ボンモート伯爵と夫人、その仲間らしき方々です。朝から晩まで忙しなく働いているのに、そんな非難をするなんて許し難いです。フィラント様の出自を知ったら、ネチネチ陰口を言いそう。オットーには守秘義務を課しましょう。ペラペラ喋るとは思いませんが、釘は刺します。
必要なければ、ボンモート伯爵夫人とは仲良くしません。レグルス様やフローラに聞いてみましょう。
「エトワール? そのように遠慮しなくて良いですよ」
あれこれ考えていたら、遠慮と間違えられました。
「いえ、遠慮ではなく何が良いか考えていたのです。フィラント様、私は2人でお揃いのコーヒーカップが欲しいです」
え? と口にして固まったフィラント様。何にそんなに驚いているのか? というくらい目が丸いです。私とお揃いは嫌なのかもしれません。ごく普通の夫婦みたいだななんて錯覚をしていたので、調子に乗り過ぎました。
「お父様とお母様、お揃いです。真似をしようと思いまして……」
「ああ、はい。あの、それなら食器を一揃い同じものにしますか?」
「はい!」
探り探りというフィラント様。この1ヶ月間と違って、フィラント様は私に歩み寄ってくれるようです。流石に、私の分かりやすい恋心が伝わったのでしょう。それで、少しずつ近寄ってくれる気がある。
これは大変素晴らしい、良い傾向。新婚初日でもうこれとは、1年経過したらフィラント様は私を大好きになっているかもしれません。楽観的過ぎました。それなりに好きくらいにはなってくれるでしょう。いえ、目標は高く「世界で1番愛しています」までいきたいです。
一緒に食事をするだけで、こんなに沢山のフィラント様を知れました。フィラント様は大体笑顔ですし、感謝され、おねだりもさせてもらえて、幸せいっぱい。オットーの美味しい料理でお腹も心も満たされています。私、世界で1番幸せな新妻でしょう。




