【投稿忘れ話】伯爵夫人、お酌をする
私はなろうに直接執筆しているのですが、執筆中小説一覧 全73作品となっていて久々に中身を確認。(書きかけたくさん)
この作品の80話前後のエピソードを書いて、埋もれさせて忘れていたようです。
せっかくなので投稿。
新婚旅行で分かったことは、沢山あります。その中の一つは、フィラント様は深酒すると、女性を口説くということ。
仕事帰りに部下と飲みに行ったり、レグルス様と飲む事の多いフィラント様が、知らないところで女性を口説いていたら最悪。しかし女性を口説くのは、泥酔時みたいなので、今のところは安心中。
フィラント様、酔っ払って帰ってきたことがありません。
酒に呑まれるなんて恥と言っていたので、自制しているのでしょう。
妻の知らないところで、酔っ払って目の前にいる女性を口説くなんてされたくありません。なので、深酒しないのは良い事です。
しかし家では別です。私はあのニコニコご機嫌なフィラント様をまた見たい。
恋人みたいなあの夜よ、もう一度!
よって、今夜はフィラント様に晩酌を勧めて、常に近くにいる予定。
新婚旅行で部下と酒盛り時に飲んでいたのはウイスキー。その情報は入手済み。
ただ……二日酔いが心配。記憶を無くしたり、頭が痛くなるのは可哀想。
私にベタベタ、イチャイチャし始めたら、お酒を取り上げましょう。
寝る前に晩酌を勧める。その計画は夕食後に崩れました。
「奥様、久しぶりに、食後のデザートはいかがですか?」
ドナの問いかけに、私は二つ返事で頷きました。断ると、フィラント様に遠慮と勘違いされます。
それに、旅行太りが戻ってきた気がするので、我慢せずにデザートを食べたい。
出てきたのはチョコレートでした。なんと星形。
お皿に乗った星型のチョコレートは全部で6つ。
ドナが目でフィラント様を示しました。つまり、フィラント様が買ってきてくれたということです。
感激!
フィラント様は毎日、毎日、毎日優しい。
「フィラント様、ありがとうございます」
「たまたま巡回先で目についたので」
淡々と口にすると、フィラント様はほんの少しだけ口角を下げました。眉間には皺。
最近この表情は照れ笑いだと、分かってきた気がします。まあ、私の願望かもしれません。
「フィラント様、本日ゲオルグ卿よりブランデーをいただきました。チョコレートに合うと思いますが、どうでしょう?」
「ゲオルグ卿が? あー……近々会うだろうから飲む。感想を伝えないとならない」
知らない名前。フィラント様と関係のありそうな方は、片っ端から覚えるようにしているのに。
「どちら様です? お返しを用意しておきましょうか?」
「近衛騎士です」
誰の、と言われなくても理解しました。
ユース様の近衛騎士。ゲオルグ卿。妻としてしっかりと覚えましょう。
「ドナ、手紙か何か渡されなかったか?」
「フォン様よりお預かりしましたので、すみません」
「いや、そうだよな。ありがとう。飲むなら談話室のソファが良いな。ドナ、頼んでも良いか?」
「勿論でございます。奥様、お飲み物は何にいたしましょう?」
問いかけられて、迷いました。フィラント様とお揃いの飲み物が良いですが、ブランデーは飲んだことがありません。
「ブランデーを飲んでみたいです」
やっぱり、フィラント様とお揃いが良いです。
それに、ゲオルグ卿と会った時に感想を伝えられる方が、良い妻な気がします。
「ドナ、紅茶も用意しておいて欲しい。エトワール、多分君にはアルコールがキツイと思います」
「お気遣いありがとうございます。ドナ、紅茶もお願いするわ」
「かしこまりました」
サッと立ち上がったフィラント様が、私に近寄ってきました。
椅子を引かれ、手を取られてエスコート。初めての行動なので無性にドキドキします。
フィラント様はチョコレートの乗ったお皿も持ちました。ドナは「私が」とは口にしません。気を利かせてくれたようで、私にウインクをして、しれっと下がりました。私の胸のトキメキをドナにも見抜かれている……。
食堂から談話室へ移動して、二人で並んでソファに腰掛けました。
「多分、フェンリスです。ブランデー」
暖炉の火を眺めながら、フィラント様は小さな声を出しました。この落ち着いていて、精悍な横顔は大好き。結婚前と違って、フィラント様の隣は私の特等席。幸せ。
「そうなのですか」
「ゲオルグ卿とは殆ど話した事がありませんから。しかし、王都から戻ってこんなにすぐ? ゲオルグ卿の名を使ったっていうことは人伝てか……」
後半は独り言のようでした。沈思というように黙り込む事が多いのに、口に出すとは珍しい。
ほどなくして、ドナがブランデーや紅茶を飲む準備をしてくれました。
四角いグラスや、水の入ったデキャンタを、我が家で初めて見ました。私達のお屋敷にこのような素敵なガラス細工の食器があったなんて知らなかった。
「ドナ、あとは良い。ゆっくりしたいので、片付けは俺がする。ありがとう」
「お気遣いありがとうございます。置いておいていただければ、朝片付けます。旦那様、奥様、お休みなさいませ」
ドナが下がり、2人きり。王都から帰ってきて1週間、フィラント様はずっと多忙でした。
帰宅は遅い事が多く、休みも無い。新婚旅行中にレグルス様が仕事を溜めていた、とぼやいていました。
私との晩酌で心休まると良いのですが、どうでしょう?
「エトワール、あの……。今日も遅くなったのに、待っていてくれてありがとうございます」
「いえ。日に日に早く帰宅されるようになったので、安堵しています。一人で寂しく夕食よりも、二人でが良いです」
「以前のように、サシャ達と共にして良いですよ。あの、俺があまりにも遅くなる時は。連絡しますから」
「はい。ありがとうございます。でも待っていたいので待ちます。ご自愛下さいませ」
フィラント様、渋い顔で無言。これも多分照れ。ほんのり赤い頬がその証。
それに新婚旅行で親しくなれたからか、穏やかな空気が流れています。多分。
以前より緊張しなくなったので、フィラント様の表情への観察力上昇。いえ、照れだと良い、嬉しいな、という願望。私はフィラント様とのことは、前向きに考えることにしています。その方が幸せですもの。
お酌をしようとしたら、フィラント様が先にブランデーのボトルを掴みました。それからデキャンタも手にしています。
「水割りの方が良いと思います。一口飲んでダメそうなら、残りは俺が飲みます」
「ありがとうございます。フィラント様はどうします?」
「ストレートにします」
フィラント様が私に水割りを作ってくれたので、私はフィラント様の分を作成。といってもグラスに注ぐだけ。
お互いにお酌し合うなんて、いかにも夫婦っぽい。
ここから、フィラント様が酔っ払って口説いてきたら……きゃっ♡
「エトワール? ぼーっとして、疲れてます?」
「へっ? いえ、あの、ブランデーは初めてで、何の香りに似ているかな? なんて考えていました」
慌ててグラスを持ち、香りの確認。これは……大人の芳香? どことなくフルーティーな匂い。アルコール度数が高そう。
「疲れているなら、無理に付き合わなくて良いですよ」
フィラント様に顔を覗き込まれて、目と目が合って……。素敵……。今日も格好良い。体調を気遣ってくれる優しい私の旦那様。
黒紫色の瞳を見つめ続けたいけれど、恥ずかしくて無理。視線を落として、深呼吸。心臓が煩い。
「エトワール?」
「き、緊張です」
グラスに口を付けて、ブランデーの水割りを口に含みました。
「ああ、俺がアルコールがキツイなんて言ったから」
苦辛い。舌がピリピリする。
慌ててチョコレートを摘み、口に入れました。甘くて落ち着く。
「ブランデーは苦手そうですね」
「私にはまだ早いようです。チョコレートは大変美味しいです」
「早い?」
「もう成人ですけど、こう、もっと大人になれば味わいが分かると思います」
「いや、多分慣れや好みですよ。まあ、俺は味なんてよく分かりません」
そう言うと、フィラント様はブランデーの水割りを一気飲みしました。これには驚き。
少ない量を作ってくれましたが、それでも一口の量では無かったですよ。
ご自分のストレートのブランデーは一気飲みではありません。
ゆっくり、味わうように、一口一口、口に含んでいます。でも、今日は味覚が全然無いみたい。チョコレートに手をつけないのも、それででしょう。
「フェンリスは酒の味には煩いです。だからこれも多分、良い品でしょう……」
フィラント様は、無表情でぼんやりとブランデーの瓶を眺めています。
「今度何か買いましょう。味見係りを誰かに頼んで。私、お酒の味見係りとしては役に立てなさそうです」
「いや、エトワールが選んだ、と言えばそれだけで喜びますよ。いや、その方が喜びます、かな」
パチパチ、と燃える暖炉の火を見つめるフィラント様の横顔は、少し憂を帯びているせいか、色気を醸し出しています。素敵。
フィラント様のグラスが空になったので、さり気ない動作で、ブランデーを追加。
なんか、良い雰囲気。私達、とってもとっても夫婦っぽい。むしろ、恋人同士みたい。
紅茶を飲みながらジリジリとフィラント様へ近寄ります。
フィラント様はチョコレートを一つ摘みました。
あんなにジッと見つめられて……羨ましい。あのチョコになりたい……。さっき、目を背けなければ良かった……。
食べるのかと思ったら、チョコレートは私の口へ運ばれてきました。
反射的に、唇が開きます。チョコレートをそっと口につけられ、フィラント様の指が私の唇に触れました。
は、はず、恥ずかしい。フィラント様、もう酔った?
「味が違うのですね。カラメルのほろ苦さが甘さを引き立てていて……。美味しいです……。大事に食べます」
「そうか。良かった。また買うので、悪くなる前にどうぞ。多かったらヴィクトリアや侍女達とのティータイムにでも」
あっ。笑った。それも微笑みではないニッコリ笑顔。まだ一度しか見たことがない、柔らかな笑み。フィラント様の貴重な笑顔ゲット!
唇を指でなぞられて、頬に手を当てられて、親指でなでなで。
お酒最高! 酔っ払い最高!
もう?
ブランデーは少量で効果ありみたい。私の前以外ではブランデー禁止令の方が良いかも。
「あの……」
「エトワール……」
ブランデー禁止。ブランデー禁止。その言葉を口にしようにも、フィラント様の色っぽい顔が近寄ってきます。見惚れてしまって言葉が行方不明。
しまったと気がつきました。
ここは談話室。場所が悪い。それにこの雰囲気でキスだけで終わらないなんてある?
ない。それなら、それなら……まだ湯浴みしてない! 場所もダメ!
思わずフィラント様の胸を両手で押してしまいました。
「……。明日は早朝訓練があって早いのでそろそろ。暖炉の始末や片付けをするので先に休んで下さい」
慌てて立ち上ったフィラント様は暖炉を消す準備を開始。
そ、そんな……。
寝室で晩酌計画から逸れてたせい。それとも自意識過剰? キスしてもらえるなんて、甘い空気だなんて、願望だった?
「は、はい……。あの、それなら暖炉は任せますので片付けます」
なににせよ、この解放された部屋では、キスはギリギリ良くてもイチャイチャなんて絶対出来ません。従者に目撃されたら困ります。
さささっと片付けをして、フィラント様に「またお部屋で」と挨拶をして、湯浴みの準備。
いつも通りの夜は嫌ではありませんけれど、淡白というか……酔っ払い甘々フィラント様との差が激しくて切なくなります。
まあしかし、お茶をしたいから始まり、随分と贅沢者になったものです。
フィラント様は多分この後少し鍛錬して、湯浴みをしてから寝室へ来ます。夫婦の約束は継続中なので、いつも通り無言でそっと優しく抱きしめて、キスしてくれます。
なので寝る準備を終わらせて、大人しく読書をしながらベッドで待っていましょう。
湯浴み後「今夜もキスしてもらえる」と鼻歌まじりで階段を登っていたら、躓いて壁に頭をぶつけました。痛い。私のバカ。誰も見ていなくて良かった。
……やはりブランデーを用意しようかな? もう少し飲みますか? と言ってお酌をする作戦。
台所へ戻ると、サシャと遭遇。彼女は私と目が合うと、ビクリと体を小さく震わせました。
「あらサシャ。こんな時間にどうかした?」
「いえあの、ヴィクトリア様に出された計算練習をしていたら小腹が減ってきまして」
サシャの手には台所の棚にある飴瓶。
「それならチョコレートがあるわ。フィラント様が買ってきてくれたのよ。素敵なことに星型なの。ヴィクトリアや侍女達にもどうぞって言っていたわ」
「まさかあのピール=メレのチョコレートですか!」
サシャの猫目がキラキラ輝き、彼女は飛び上がりそうな勢いで破顔しました。もう手にチョコレートの箱を持っています。
「ピール=メレ? お店の名前? フィラント様、星型のチョコがあったからって買ってきてくれたの。サシャがフィラント様に教えたの?」
少しもやもや。フィラント様が自主的に買ってくれたのではなく、私を応援してくれるサシャのおかげか。そうなのか。残念。
「いえ。エトワール様がやきもちを焼くので、旦那様とは極力話しません! それにお菓子の話題なんて出したら買って欲しいとねだっているみたいになって、フォン様やヴィクトリア様に減点されます! ピール=メレは私が目をつけているお菓子屋さんです!」
サシャは少し興奮気味。庶民でも買えるお菓子屋さんの中で、サシャが次のお給料日祝いのケーキを買うと決めていた新店らしい。
ブランデーとグラスの用意をしながらサシャの話を聞いて興味津々。
「チョコレート、チョコレート♫ あと1時間は勉強出来る気がします! ありがとうございますエトワール様! お休みなさいませ。良い夢を」
「ええ、ありがとう。サシャこそ良い夢を」
サシャは歌いながら台所から去りました。チョコレートを乗せたお皿を恭しい手つきで持って。
私も夫婦の私室へ移動。階段は要注意。いただき物のブランデーをお盆から落として割ったら悲惨。神経を足にしっかり集中。
フィラント様はソファで書類を読んでいます。難しいお顔。すぐに私に気がついて、その表情で見つめられました。フィラント様の視線はブランデーボトルへ移動。
「ストレートなら、いつでも好きな時に飲めると思ったので、ボトルとグラスを部屋の棚に置いておこうかと思いまして。談話室よりこの部屋の方が落ち着くかな? と」
「えっ? ああ、お気遣いありがとうございます」
「はい。ここなら酔っ払ってもすぐ隣の寝室で寝れますし。色々気兼ねないかな、なんて」
この部屋なら酔っ払って私を猫可愛がりしても良いですよ。むしろしてください。是非して下さい。それからブランデーは屋敷外では禁止。いえ、私の前以外では禁止!
言おうとしたら、その前にフィラント様が立ち上がって私の前に移動してきました。ほぼ無表情ですが、どことなく複雑そうな様子。
「あの、先程はすみませんでした」
「えっ? すみません? 何がですか?」
私の問いかけにフィラント様は少しばかり目を丸めました。
「いや、あの……」
「あー……」
多分、胸を押し返したこと。嫌がったと思われた? そんな気がします。
「いえ何でも。あの、少し飲みます」
軽く目を伏せると、フィラント様は私の手からお盆を取り、テーブルへ運びました。
「あの、それならお酌します」
「いや……。いえ、お願いします。ありがとう」
ソファにフィラント様と並んで座って深呼吸。談話室では人目を気にして距離を開けて座り、にじり寄りましたが、今は2人きり。なるべく近くに腰掛けました。
でも談話室では中々良い空気だったのに、どことなく冷えた雰囲気。
フィラント様は片手にブランデー入りのグラスを掴み反対の手で書類を掴んで真剣な表情。体勢と精悍な横顔、それから醸し出す雰囲気は実に格好良い。
私は読書をしていますが、ちっとも内容が頭に入ってこない。グラスからブランデーが減り、テーブルに置かれるたびに即座にお酌出来るくらい集中力ゼロ。
それにしてもフィラント様、明日早いって言ってなかったっけ? こんなに飲んで平気? 私としては望み通りでも、二日酔いは辛そうで可哀想なので心配。
ふっ、と気がついたらフィラント様は私を眺めていました。無表情でぼんやりとしています。
「あの、フィラント様?」
無言で毛先を触られました。その手が私の髪を離し、私の首筋へ伸びてくる。
「フィ、フィラント……さま……」
ぐらり、とフィラント様の体が揺れて倒れてきました。慌てて支えようとしたら、彼の頭が私の膝の上へぽすっと落下。
膝枕。
後頭部の向こうから、すーすーという規則的な呼吸音。寝てしまったようです。
「飲ませ……過ぎた?」
そうっとフィラント様の猫っ毛に触れて、さわさわ撫でてみます。
「ん……」
みじろぎしたので、頭から手を離して静止。フィラント様、起きていません。それならもう一度、触らないと。細くてサラサラしているフィラント様の髪の毛は気持ち良いですもの。
膝枕をして頭を撫でるなんて、恋人同士みたい。ああ、幸せ♡
メモに次回「起きたフィラントが、自分の膝を枕にして寝ているエトワールを発見。お姫様抱っこで寝室に運び、眺めてニヤニヤしていたら、エトワールが起きる」
対になる話を考えていたのに、書かずにすっ飛ばしたようです。




