伯爵夫人、振り回される 1
ここのところ、平穏とは程遠いです。やっと元の暮らしに戻れるかと思いきや、フィラント様に避けられ続けていました。おまけに、岩窟龍国なる東の地へ交易交渉に行くとまで告げられる。
約1ヶ月程度の別れ。大した事ない、全く寂しくないような様子のフィラント様に日に日に落ち込んでいたら、今度はレグルス様逮捕事件らしいです。
屋敷に人が押しかけ、騎士団に呼ばれ、フィラント様は行ってしまいました。
私はダグラスとミネーヴァに「避難」させられています。なんと、2階の窓からカーテンを使って、庭へと降りた2人。ダグラスは私を抱えてです。さすが、王宮騎士。
朝の清々しい空気とは反対に、とても嫌な予感がして胸が潰れそう。
「フィラント様の信頼を得ていないようなので、あのロクサスとかいう貴族も連れて行きます。それから、子供3人ですね」
ダグラスに下されました。ミネーヴァが私を見ました。
「ダフィの父親もです。こんな時に親子離れたら心配します。それに他の従者……」
「大勢は目立ちます。なら、その親子と従者は置いて行きましょう。ロクサス卿と彼の子供」
そう告げると、ミネーヴァは屋敷の玄関側の様子を見に行きました。私の主張は無視みたいです。命令できる立場ではないのですが、当然なのですが、悔しい。
ミネーヴァは素早くて、ロクサスの子供ではなく弟と妹だと言う暇もありませんでした。
「あの、サー・ダグラス。他の従……」
ダグラスに睨まれたので、私は唇を閉ざして俯きました。こ、怖い。今のは本気です。逆らってはいけません。
「少し殺気を込めたら黙るとは、単なる怖いもの知らずではないのですね。そのまま黙っていて下さい」
低い声はやはり怖いです。そもそもアストライア街までついてきた王宮騎士のミネーヴァとダグラスの目的は何でしょう? 私の護衛は嘘なんじゃ……。
これは、いっそ逃げ……られません。少し足を動かしただけでダグラスに「奥様」と唸るような声を掛けられました。
沈黙が続きます。しばらくして、ミネーヴァが戻ってきました。ロクサス、オリビア、スヴェンと共に。ダフィもいます。
「騎士が市民を上手くあしらっているようですサー・ダグラス」
ミネーヴァにそっと背中を押されました。子供達の方へです。オリビアが私にしがみつきました。思わず、私はオリビアを抱っこしました。何が起こっているか不明ですが、私がこれだけ不安ならオリビアはもっとでしょう。
「1人多いなサー・ミネーヴァ」
「フィラント様に子供達と命じられたので」
私はミネーヴァの隣へと移動しました。ダグラスよりもミネーヴァの方が怖くありません。彼女が優しいのは知っています。
「まあ、騎士団の中から味方を呼んでこの屋敷の者は全員隣街へ移動させる。早いか遅いかの違いなんだがな」
ダグラスの今の発言、わざとらしかったです。
「まあ、それはありがとうございます」
再度、ダグラスに睨まれました。先程より怖くありません。
「参りました……そう、簡単に信頼されると困ります」
「そういう方だって話しましたよサー・ダグラス。油断するとすぐです。さて、この後の手筈はどうしましょうか?」
ダグラスとミネーヴァがヒソヒソと話し始めました。会話は聞き取れません。
「奥様、騎士に声を掛けたので安心して下さい」
ロクサスがコソッと話しかけてきました。
「ありがとうロクサス卿。オリビア、大丈夫みたいよ」
オリビアは無言で私にしがみつきました。お父様に抱きついた、子供の頃の私みたい。私はオリビアの背中をよしよしと撫でました。
「新しい側近と侍女と聞いていましたが、あの2人は何者です?」
ロクサスの問いかけに、真実を話して良いのか判断出来ません。
「王家の近衛騎士だ。エトワール様の守護を命じられたいる。黙って従え」
ロクサスを見たダグラスが淡々と口にしました。話して良かったらしいです。
「サー・ダグラスはユー……」
「エトワール様、勝手に喋らないように」
ひえっ。ダグラスの睨みはまた恐ろしかったです。私はオリビアを抱く腕に力を込めました。ミネーヴァにも睨まれ、身が縮みます。スヴェンとダフィが私の前に立ちました。
「勇猛果敢な少年達だな。しかし、相手を見誤ると手酷い目に合う」
ダグラスがいきなり抜剣したので、私は思わずオリビアを下ろして子供達の前に出ました。
「口で言えば良いことです。子供を脅すなど止めてください」
「練習ですよエトワール様。ロクサス! 子供でも主を庇うのに……違うか。面倒だな」
剣を鞘に戻すと、ダグラスは肩を竦めました。
「エトワール様、お待たせ致しました! このベルマーレ、副隊長に名誉ある任を与えられました。ご安心下さい。何もかもからお守りします!」
「いえ、このビアーに全身を預けて下さい!」
振り返ると、サー・ベルマーレ、サー・ビアー、あと騎士が5人。5人全員、通りで何度か会釈をした事がある気がします。
「フィラント様の傭兵達よ、我等に従えば問題ない。この任の隊長は私、ベルマーレである。よろしく頼む」
「副隊長ビアーだ。よろしく」
チッ。私の背後で小さな舌打ちが聞こえました。次に「素早いなフィラント様。阿保面に従いたくないサー・ダグラス」とミネーヴァの小声も聞こえてきました。ダグラスの声も微かに聞こえましたが、言葉としては聞き取れませんでした。ダグラスの方がミネーヴァよりも小声だったようです。
騎士達には……聞こえていないようです。私に向かって笑顔ですもの。
さあ、さあ、とサー・ベルマーレとサー・ビアーが私を招きました。
「エトワール様、何ですあの傭兵。特に女。副隊長の指示が無ければ蹴り倒しているところです。まあ、女を殴ったりしません。そのくらい、という例えです」
「喧嘩するな、食ってかかるなと言われていますし私達は紳士。騎士が野蛮で、暴力的で、威張り散らしている時代は終わったのです。伯爵騎士の名の下、モテ……尊敬されなければなりません」
今、モテると言いかけませんでした? 何だか、彼らに従うのは不安です。
「我が街の領主様が不当逮捕されそうになり騎士団が出動しました。市民が殺気立っていますし、王宮騎士も追い払わねばなりません」
「親愛なる領主様は堂々と無罪を主張されております。先日、冤罪にて釈放された領主補佐官が領主様の潔白を主張されるでしょう。嵐はすぐ去ります」
状況が少し分かりました。レグルス様のことは本人とフィラント様を信じるしかありません。フローラはどうしているのでしょう?
サー・ベルマーレとサー・ビアーが私の前に片膝をつきました。すると、5人の騎士も同じようにひざまづきました。
「市民が仕入れた噂が本当で、蜂起となれば我等は領主様と伯爵騎士に従う。信じるべきは、この街に寄り添おうと朝から晩まで働き続け、あっという間にこの街を救った領主様であり、その腹心の部下であるフィラント様です」
「家族、友、隣人、日頃より大変お世話になっておりますエトワール様。副隊長の代わりに必ずやお守り致します」
言うだけ言うと、サー・ベルマーレとサー・ビアーはスッと立ち上がりました。これは、頼り甲斐がありそうです。サー・ビアーやサー・マルクには新婚旅行でも世話になりました。フィラント様の采配のようですし、信じましょう。
「裏通りを通り街の砦へ向かいます。別の部隊がフローラ様を迎えに行っていますし、他の部下に部屋を用意させています。この屋敷にも何名か警護を手配してありますので心配いりません」
サー・ベルマーレが私に手を差し出してくれました。ミネーヴァが先に私の手を取り、サー・ベルマーレに微笑みかけました。可愛らしい笑顔ですが、目が笑っていません。
「ミネーヴァです。よろしくお願いします」
ミネーヴァとサー・ベルマーレの間に火花が散った気がします。
こうして、私は子供達とロクサス、それからダグラスとミネーヴァと共に街の砦へと向かうことになりました。




