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伯爵、自ら嵐に飛び込む

 雲1つない晴天。昼前なのでまだ冷える。フィラントの馬が進むと、自然と人が脇へとどいて行く。名前の大合唱に辟易としてしまう。状況を説明してくれる、ジェラール小隊長の声が聞き取り辛い。


「領主様に逮捕状が突きつけられました。フィラント様が冤罪でしたので、王宮騎士を見かけた市民が市民に声を掛けていき、領事館前に人だかりが出来まして……」


 馬をなるべく寄せて、説明してくれるジェラールの方へと少し体を乗り出す。


「連行される領主様が市民に向けて、国に奉仕している自負があり無罪であると宣言。それが起爆剤のようになり、市民が暴徒のように」


 軽く頷いて続きを促す。


「ゼロース隊長がたまたま近くにいて、騎士団を出動させて止めました。市民の手前領主様を王宮騎士へ引き渡すことも困難。市民はフィラント様なら領主様を救うと、これまた暴走」


「そういうことか。それで、屋敷での様子に至ったということか。機転を回したのもゼロース隊長か?」


 朝っぱらから、屋敷に人だかり。身に覚えのない迎え。自分はとことん、何かに巻き込まれる人生らしい。


「そうです。騎士の数では王宮騎士に勝っているので、領主様連行についても止めました。大通りで王宮騎士を騎士団が取り囲んでいます。市民が王宮騎士に手を出したら、坂道を転がり落ちるのと同じです。今の騎士団は防波堤ですが、市民賛同者もいますし……。兎に角、フィラント様を呼んで欲しいと領主様やゼロース様が」


 また何かさせられ……いや、そういう考えは良くない。自ら決意して騒動へ向かっている。フィラントは思考をフル回転させて、想定出来る限りの事を考えながら馬を進めた。


「しかし、そこまで領主様が慕われているとは驚いた」


 巡回や勤務中、私生活でもそんな話はほぼ耳にしていない。単に仕事とエトワールとの生活でいっぱいいっぱいだっただけか。元々、視野も狭い。


「王都から、市民革命の噂も流れてきているのでそのせいかもしれません」


「市民革命か、ジェラールは何か知っているか?」


「まもなくリチャード王子を押し退けてビルマ王子が王になると。国王陛下の体調が芳しくないそうです。特別階級に手厚くなり、我等の市民層は更に税の徴収金額が上がる。市民に天賦人権論というものが広まっているそうでアストライア街にも浸透しつつあります」


「天賦人権論? 何だそれは」


「えー、確か……人は生まれながらに平等かつ自由。幸福を追求して良い。そのような……俺はフィラント様の兄に聞きました。あと、確か……聖なる尊い血は、神が与えしもの。真の王とは民を導き、天賦人権を人々へもたらす者である。そんな話もしていました」


 ジェラールが期待の眼差しを投げてきた。


「兄はあちこち旅をしているから、色々な思想を聞くらしい。俺にはロクに話さないんだけどな」


 ユース王子は単にフィラントやレグルスに会いに来たり、他国へ行くのに寄っていた訳ではなかったということ。


——治安最悪の街を生まれ変わらせた者達が、王都の弱者を救う。そういうパフォーマンスさ


 ユース王子の台詞を思い出す。


 ユース王子はレグルスとは打ち合わせや相談などをしていても、フィラントにはほぼ何も話してきていない。手駒扱いと称したフィラントも質問しなかったので悪いが、大事に巻き込もうとしているのに作戦を言わないユース王子も酷い。会ったら再度文句を言おう。


「てっきり、兄弟で革命に乗り出すのかと……フィラント様、凄いことになってます……」


 大通りの中心、時計台と教会のある広場。教会の屋根の上にレグルスが立っている。隣にゼロースとラーハルト。ラーハルトは国旗を掲げている。


 王宮騎士はまさかの捕縛。血痕が見当たらないので、数で圧倒して降参させたのか?


「大鷲は自由の象徴! 正円は平等である! 十字架は神聖な誓いだという宣言である! 我等はアルタイル王国国王陛下の民だ!」


 微風にさららと肩まである髪を靡かせて、陽の光に金髪を輝かせるレグルスの表情はいつになく真剣。紅色の国旗の大鷲が、旗の揺らぎで生きているように見える。


 フィラントは息を飲んだ。


 変わる。


 これからこの国は変わる。良いか悪いかは別にして、歴史が大きく動く。


 熱気渦巻く大広場。あちこちから賛同の声が上がっている。今にも王都へ出征しそうな気迫。


「国王陛下崩御の知らせや新王戴冠の知らせも無いのに、正当な後継者とは言えないビルマ王子からの勅命に従う義務は無い! 何より、ビルマ王子は不義の子である!」


 なっ……。フィラントは大きく口を開けた。嘘だろう? 嘘ならレグルスは方々から潰される。そんな事実、どこから……真実なのか?


「国王陛下より宝である民を預かった者として、アストライア領地の民を背負う領主として、大司教様と中央裁判所へ彼の血統証明の裁判施行を申し入れる!」


 地が揺れる程の、悲鳴にも似た歓声が上がった。


「平等精神により、見捨てられた地にも幸福をと動いたのは誰か⁈ 私を領主に推薦したのは第3王子ユース様である!」


 レグルスが叫んだ時、フィラントと目が合った。レグルスはユース王子を祭り上げる気だ。


「ゴルダガ戦線の英雄を招聘し、この地の平和を願ったのは誰か⁈ ユース王子様である! 重税に苦しむ人々に、裕福層が支援するようにと諭したのもそうだ! 慈愛の見本となる聖女をこの地へ招いたのもそう! 自由奔放なフリをして、各地の民を守ろうとしている! 彼の支援はアストライア領地だけではない!」


 慈愛の見本となる聖女はエトワールか。確かにエトワールは慈善活動に熱心だが「聖女」とは言い過ぎ。フィラントはレグルスを睨みつけた。


——エトワールを巻き込むな


 伝わるか分からないが、唇だけ動かす。レグルスはニヤリと笑い、フィラントから目を逸らした。ぐるりと群衆を見渡す。


「我等の王に相応しいのはユース陛下! フィラント伯爵がその身を投げ出して、この地へと送り届けた! 権力に潰され逃げ場のない魔の手多い城から救出した! 伯爵騎士として、この地で民と苦楽を共にして生きると言う!」


 瞬間、フィラントの背中に冷や汗が流れた。


「私は影武者として長年ユース王子を守護し、彼の民への支援も助けてきたフィラント伯爵を見捨てられん! ユース王子様! 今こそ我等を盾にして、悪権に立ち向かって下さい! 貴方様の無償奉仕の見返りは我等の信頼です!」


 手を伸ばしてきたレグルスに、フィラントは微動だに出来なかった。どよめきが広がっていく。


「ユース!」


 さあ、来い。協力しろ。そういう圧力めいたレグルスの眼差しは、燃え上がる炎のよう。


 何が自由と平等だ!


 しかし、どこか清々しい。逃げられる機会は何度もあった。ユース王子やレグルスが与えてくれた。フィラントは自分の意志でこの広場へ来た。


 市民の視線がフィラントへと注がれる。レグルス頼まれた役はユース王子の代理。


 フィラントは馬の上に立った。上着を脱ぎ捨て、シャツのボタンをいくつか外す。髪型もユース王子と同じものに変えた。


 赤鱗1つの双頭蛇の刺青。エトワールには奴隷印だと話したが、ユース王子と同じ柄らしい。影武者役なので物心ついた時には入れられていた。


 見えるようにシャツを開いたが、どこまで見えるのだろう? とりあえず、王宮騎士の方へ見せておく。


「大鷲の賢者はこの地に残り、誠の友である大蛇は更なる自由と平等を求めてこの地を去った! アルタイル王族の聖なる血統を示す王家刺青にかけて、民の平等と自由を追求することを誓う!」


 するりと口から台詞が出てきた。ユース王子が言いそうな言葉かというと、微妙なところ。彼ならもっと軽々しく、飄々と、しかしながら威風堂々と語るに違いない。


 大歓声に泣き声が混じる。フィラント・シュテルンへの心配の声も聞こえる。今すぐ、伯爵騎士を救出しに王都へ行こうという声も混じっている。特に部下。


 隣にいたジェラールが、恭しいというように頭を下げた。それにつられるように、民衆が道路に膝をつく。祈るような仕草をしていく。


 これでエトワールとの平穏な日々が遠ざかった。


 歴史の激動で死ななければ、もう1度会える。会いたい。迎えに行きたい。絶望気味だったゴルダガ戦線出征時とは真逆の気分。


 やる気と気合い、希望と不安、高揚感で体が震えた。


 この国は変わるではなく、変えるだ。フィラントは剣を鞘から抜いて強く握り締めて、晴天へと突き上げた。

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