39 ダンスパーティ
「それじゃあ、移動しましょうか」
「え、今からですか?」
服を着替え終わった僕とルノウなのだが、そのルノウが移動するという。
明日も授業はあるというのに、どこに行くつもりなのだろうか。
「大丈夫、ダンスパーティだし、難しいことはないわ。
授業も、アイラは私との用事ってことにしておくし。」
「ダンスパーティ?」
「ええ」
ちょっと待て、色々話が飛んでいるような気がするのだが。
最初は、話し合いとかだった気がするのだが、それがこの短時間でダンスパーティまで進化したというのか。
まあ、確かにそんな面倒なのは避けたいのだが。
「それに、ドレスも着たのだし、行かないとか言わないわよね?」
「...」
僕は知らないうちに、退路を断たれていたのだろうか。
「さ、乗って」
「あ、はい」
学院の校門の前に止まっていた馬車に乗り込む僕とルノウ。
今までに乗ってきた馬車とは違い、お嬢様が乗るようなと言ったらわかりやすいだろうか。
そんな感じの馬車に乗っている。
「ねえ、ルノウ」
「うん?」
「ダンスパーティってさ」
「ああ、アイラは初めてなのね」
「うん、まあ」
「そうね、なんといったらいいのか...。
私は、ダンスパーティには行くけど、ダンスはせずに話し合いで終わってしまうから」
「...」
ルノウは特に気にせず言うが、それってかなり損をしているのではないだろうか。
ルノウは、私がダンスをしたくないからっていうのもあるんだけど、と続けて言う。
「でもまあ、私の知り合いに、ダンスばっかりしていて話が進まないような人がいるわ。紹介してあげるから、その人に教わったら?」
「そうですね、そうします」
とはいえ、これでなんとかダンスは踊れるかもしれない。
ダンスと言っても、舞踏会のようなものらしいし、適度に肩の力を抜いていこう。
...そう思ったところで、実際に上手く抜けるのかは別問題なのだが。
「到着まで1時間はかかるわ。少し寝た方がいいんじゃない?」
「ルノウは?」
「私も寝るわよ」
「なら、僕も寝るかな」
ルノウが寝るのなら、僕も寝ても構わないだろう。
立場が上の人が起きているのに、下の人が寝ているなんて、おかしい話だからな。
まあ、僕だけがそう思っているのかもしれないけど。
「あれが今回の会場ね」
「でか...」
僕達が馬車に乗ってやってきたのは、学院の2、3倍はあるであろうとてつもなくでかい会場だった。
入口には屈強な男が2人。
身分証明書が無かった時を思い出すから、門番みたいなのを置くのをやめてほしい。
「この建物の大広間が、私たちが踊る場所よ」
「...なんか、僕はここに来るのは場違いな気が」
「何言ってんの。そのドレスを着てるんだから、立場は上よ」
ルノウは堂々と中に入っていく。
僕はそのあとをこそこそついていく。
虎の威を借る狐にもなれそうにない状況だ。
中に入ると、ああ、確かにダンスパーティだなあと思うような光景が広がっていた。
いろんな人が、いろんなドレスを身にまとい、グラス片手に談笑している。
まだ始まっていないのだろうか。
そんなことを考えていると、会場にいる人たちほぼ全員がこちらを向いた。
...何かしただろうか、僕。
「そう怖がらなくていいわよ。みんな、今日は私の学院の生徒を連れてきたの。仲良くしてちょうだいね」
ルノウがそう言いながら手を振ると、みんな笑顔でこちらに寄ってきた。
何が起きているのかわからないが、怖いことは確かだ。
「ねえ、あなたお名前は?」
「え、アイラです...」
「アイラ! 可愛い名前ね!」
わいわいと僕の周りで盛り上がる女性のみなさん。
見た感じみんな綺麗なのは良いんだけど、少し化粧が濃すぎる人もいて怖い。
...それを考えると、ルノウは化粧をしていないけど、いいのだろうか。
まあ、化粧なんて必要ないくらい綺麗だけど。
「パーティが始まったら、私と踊っていただけません?」
「ええ、まあいいですけど...」
「あら、それなら私とも」
「じゃあ私も」
「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」「私も」
...。疲れた。
「す、すみません、少し外の空気を吸ってきます」
まだパーティは始まっていないというのに、この疲れようはなんなのだろうか。
「あら、もうお疲れな顔をしているわね」
「まだ始まってないんですよね...?」
「ええ、そうね。もうすぐこのパーティの主役が来るから、それからね」
「主役?」
「ええ」
ルノウがグラスを片手に僕に話しかけてくれたおかげで、僕の気持ちも少し晴れた。
しかし、こうして見るとルノウは大人なんだなあ。
「...何よ」
「いや、ルノウは大人なんだなあ、ってさ」
「...大人に慣れただけよ」
「...?」
大人に慣れた、とはどういう意味だろう。
ルノウは物憂げな表情を一瞬見せた後、すぐにいつもの顔に戻り、話を続ける。
「今回の主役は、女王様よ」
「げっ」
「ふふ...アイラにとっては苦手な相手かしら」
「苦手というか、会いたくはないですよね」
前回、メイドになれという誘いを断ってから、普通に会いたくないのだ。
また会ったら何を言われるかわかったものではない。
「でも、今日は心配ないわ」
「...どうして?」
「今日のパーティでは、表面的な、公の場での話だから、あなたを誘おうとはしないはず。
こういった人がいっぱいいる場所では、不用意な話は出来ないしね」
「僕を誘うというのは、良くない行為なのだろうか」
「まあ、端的に言えばそうね」
そしてルノウはそのまま、会場の中へと戻っていく。
「もうすぐ来るわ。心の準備だけしておきなさい」
「う、うん」
そうは言っても、心の準備なんて出来るものじゃない。
これなら戦っていた方がましだ。
「女王様のご到着だ!」
「お出迎えに行くわよ!」
「ええ!」
会場内が一気に騒がしくなる。
話を聞く限り、女王様が来たみたいだが。
「...僕は行かなくてもいいかな」
面倒だし。
そんなことを考えながら、近くにいた給仕の人からグラスを受け取る。
そのまま1口飲む。
「ふむ、みかんジュースっぽい」
この、甘い中に酸味があり、その上さっぱりするような味わい。
間違いない、みかんだ。
しかし、なぜみかんがこんなところに。
「おや、みかんがわかるのですか」
「...あなたは?」
ふと話しかけられた方向を向くと、タキシードのような服を着た黒髪黒眼の男だった。
そういえば、黒髪黒眼の人に会うのは初めてかもしれない。
顔もどことなく懐かしい顔をしている。
「や、これは始めまして。私は『日本から』来た、黒羽と申します」
「...え?」
この異世界に来て、初めて日本人に会った瞬間だった。
※黒羽です。




