後日談・第10話 それでも、(仮)
前回:「後日談・第9話 詠唱時間短縮計画」
講和一周年、国境の門前で、両国合同の復興祭が開かれた。
開会式は、朝一番、門の真下で行われた。両国の代表が同時に槌を打つと、ゴードンの掲げた特大のくす玉が割れ、『祝・講和一周年』の垂れ幕とともに、鳩ならぬ雛三羽(例の肩の住人たちである。もう飛べる)が飛び立った。くす玉の設計はミラベル(起爆装置担当)、垂れ幕の書はネビュラ、進行表は俺である。世界を救った面子が総出でくす玉を割っている。平和である。
市場の目抜き通りにはヴァルガの屋台が出て、渡り鳥の店主が両方の空から客を呼び込んでいた。野外舞台ではルル座が昼夜二公演、ゴードンは有給休暇を取って(受理印・自分)祭を見物し、肩の雛三羽と子供たちを両掌に乗せて歩く姿が、そのまま祭の名物になっていた。
学校の出し物のコーナーでは、ユーリス先生が生徒たちの歴史劇を見守り、その隣でエルシーが(手帳を開かずに)笑っていた。生徒たちの演じる「講和会議」で、議長役の子供が「りょうこくは、おちつくように!」と槌を叩くたび、本物の元議長(俺)の脇腹を、仲間たちが順番に突いてきた。やめろ。俺はもうちょっと落ち着いて言った。
野外舞台の昼公演は『冠の三百年』の抄演で、夜公演は新作の喜劇『議事録の魔物』だという。題材に、心当たりしかない。楽屋に抗議に行ったら、座長は素顔でにっこり笑って「取材は正確に。ネビュラ殿の議事録から起こした」と言った。議事録が正確なのが、一番の問題なのである。お忍びで来ていたアリシア王女は昼夜通しで観劇し、殿下の周囲だけ、護衛のルル研究生たちが通行人に化けて固めていた。警備と研修の一石二鳥である。
ドロテアは巡回回復士の制服姿で救護所に立ち、経費精算の指導に余念がなく、メルヴィナは祭の物流を一手に握って上機嫌で、ドラゴは「真面目に働いて敷いた寝床」の目録を誰彼構わず見せていた(薄い。だが本人は誇らしげで、聞けば見合いの申し込みが一件来たそうだ。返済完了まであと十九年あるので、婚約は長期戦らしい)。カインは警備班の班長で、揉め事のたびに三つ質問して回っていた。「なんでここにいる」「なにが欲しい」「どうなったら帰る」。酔っ払いの喧嘩が三つの質問で三件解決したのを、俺はこの目で見た。剣聖流は、警備業務にも効く。お忍びのグレアム王が屋台の串焼きを頬張っているのは、全員、見なかったことにした(王都より二割安い、と満足げだったのも、聞かなかったことにした)。
――そんな祭のさなか、ギルド長バッソが、一通の通達を持ってきた。
「本部からだ。『世界的に著名となった当該パーティの名称を、正式なものに確定されたい』。……三年越しの、最後通牒だ」
四人、天幕に集まって、三年ぶり三回目の会議が開かれた。
「《終焉の黙示録》!」
「《なかよし》!」
「《聖なる集金》!」
「一言一句、三年前と同じ議論なんだよなあ……」
「だって三年間、これより良い案が出ないんだもの」
「お前の案は三年間ずっと物騒なんだよ」
三十分、一歩も動かなかった。俺は天幕の窓の外を見た。祭の飾り旗に、条約の記念碑に、新聞の号外に、子供たちの遊びの掛け声に――『(仮)』の三文字は、もう、世界中に染み付いていた。復興祭の正式名称は『国境復興祭(仮)』である。もはや(仮)は仮の意味を失い、「あの人たちに関係あるもの」という、一種の紋章になっていた。
「……なあ。名前ってのはさ、多分、自分でつけるものじゃなくて、呼ばれるものなんだ。で、世界はもう三年、うちをこう呼んでる」
俺は名称確定届の「正式名称」の欄に、迷いなく、書き込んだ。
『(仮)』
三人が覗き込んで、三人とも、何も言わなかった。ミラベルが最後に一言だけ、「……ま、世界一有名な名前に、今さら勝てる案もないか」と負け惜しみを言い、レーヴェが「あたし、この名前で呼ばれて世界救ったの、ちょっと自慢なんだよね」と笑い、エルシーが「商標的にも、もはや圧倒的資産です」と実務的に締めた。三年間の議論の結論としては、上出来だと思う。
窓口に出すと、受付嬢は書類を確かめ、にっこり笑った。
「現名称と同一ですので、変更手数料の銀貨五枚は――不要です」
「「「「……事務が、初めてうちに優しい」」」」
祭のクライマックスは、夜だった。広場の中央にミラベルが立ち、触れ役が声を張る。「これより、大魔導ミラベル様の祝賀花火! 詠唱時間、九分五十一秒! 皆様、ごゆるりとお待ちくださァい!」
九分五十一秒。かつて世界一の欠陥だった長さは、今や祭の呼び物だった。詠唱の間、屋台は掻き入れ時を迎え、恋人たちは場所を取り、子供たちは「いま何分?」と数を覚え、世界はあの長い長い詠唱を、初めて「楽しみに待つ」ことを知った。待たれる詠唱は、もう欠陥ではない。興行である。
そして夜空に、大輪が咲いた。人間の街からも、魔族の村からも、同じ花が見えた。歓声は二つの言語で上がって、一つの音になった。
花火の下で、俺は仲間たちの顔を順に見た。花明かりの中で号泣している剣聖(今日は「感動枠」だそうだ。枠があるのか)。手帳を開かず、ただ空を見上げている聖女。詠唱を終えて、観衆の「もう一発」の大合唱に「アンコールは契約外!」と叫び返している魔女。……三年前、瓦礫のギルドで査定書を読み上げられていた三人と、同じ顔ぶれである。世界は変わった。うちは、変わらない。それがたぶん、うちの一番の芸なのだった。
――祭の翌朝。俺たちは、いつものように、ギルドの依頼板の前にいた。
新着の依頼書が、一枚。遠い潮の匂いのする紙に、こうあった。
『海向こうの大陸より、指名依頼。二つの国が、開戦の瀬戸際にある。仲裁を頼みたい相手は、世界でただ一組――「誰も殺さずに戦争を終わらせた」者たちだけだ。渡航費全額支給、日当・破格』
差出人の署名はなく、代わりに、依頼書の書式そのものが雄弁だった。見たことのない様式。だが、美しい。条項の並びに一分の隙もなく、それでいて、末尾の一文だけが、書式から食み出して、肉筆で震えていた。『――急いでほしい。もう、時間がない』。
顔を上げると、バッソギルド長が腕を組んでいた。
「海向こうと言や、半年は帰れん。……行くのか」
「書式の綺麗な依頼人が、書式を乱してまで急いでる。よっぽどですよ、これは」
四人、顔を見合わせた。
「船旅かあ。あたし、船酔いの魔物の話とか聞いちゃいそう」
「船上でも回復所は開けますね。海の男の懺悔、豊漁の予感がします」
「新大陸の空に、あの花火を! 詠唱短縮、次は九分の壁!」
三人とも、もう行く前提の顔だった。俺は依頼書を裏返し、渡航日程を概算し、留守中の引き継ぎ先を頭の中で並べた。現場はネビュラ、回復所は巡回制度、訓練場の弟子たちには課題を出させ、犬のゴードンは門番のゴードンが預かる(本鳥……本人たちの合意済みらしい。いつの間に)。……全部、回る。うちがいなくても回るように、この一年で世界を組んできたのだ。なら、行ける。
「――受注だ。前金の欄に丸をつけろ」
うちは、日銭専門だ。
世界の果てまでだろうと――日当が出るなら、行く。
名前は(仮)、行き先は海の向こう、稼業は変わらず。それでは諸君、第二部で会おう――と、書きかけの帳簿の隅に、俺は小さくそう記した。
(後日談・完)
第一部、これにて完です。第二部は9月2日18時30分から。




