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後日談・第1話 魔王城再建、はじめました

ここから第一部の後日談です(全十話)。

世界を救って三日目の朝、俺たちは魔王城(元)の前で、ヘルメットを被っていた。


「本日の工程を伝える。東翼の解体が午前、資材の搬入が午後。安全第一、定時厳守。――かかれ」


「「「おー」」」


 依頼『魔王城の再建』は、思いのほか大事業だった。三百年の戦時体制で継ぎ足された城は構造がめちゃくちゃで、増築の上に増築が乗り、封鎖された廊下の先にまた廊下があり、図面と実物が一致する区画の方が少ない。まず半分を安全に壊すところから始まる。俺は現場監督として工程表を切った。人生で一番大きな工程表だが、やることは受付時代と同じだ。順番を決め、責任者を決め、締切を決める。世界は、それで回る。


 現場の作業班は、人魔混成だった。復興景気を聞きつけた人間の職人と、城下の魔族の人夫が、最初の三日は互いに口も利かなかったのが、今では昼飯の座を賭けて石積み速度を競っている。きっかけは単純で、初週に人間の棟梁が足場から落ちかけたのを、魔族の人夫が尻尾で受け止めたのだ。棟梁は礼を言うのに三日かかったが、言った後は早かった。今では二人で「尻尾込みの安全帯の規格」を共同開発している。現場は、議場より外交が速い。競争は交流の最短経路である。ちなみに通算成績は魔族側の八勝六敗。人間側は「向こうは腕が四本ある奴がいる」と抗議しているが、審判(俺)は棄却した。腕の本数の規定は、募集要項にない。


 レーヴェは、百トンの梁を一人で担いだ。


「これ、どこに置く?」


「……ク、クレーン班の三日分の工程が、今……」


 職人たちが拝んでいた。彼女は梁を指定の位置に寸分違わず下ろし、ついでに「この梁、いい木だね。三百年前の大工さん、いい仕事してる」と撫でて労った。褒められた梁は、心なしか艶が良い。


 エルシーは、労災担当に就いた。


「打ち身ですね、治せますよ。お代は現場価格、銅貨三枚と――懺悔をどうぞ」


「じ、実はさっきの左官、モルタルの水をちょっと多めに……」


「監督ゥ! 手抜きが出ましたァ!」


 エルシーの回復条件のおかげで、この現場の施工不良は治療のたびに自白される。手を抜いた本人が怪我をしなくても、目撃した誰かが打ち身の治療ついでに白状するのだ。おそらく世界一、正直に建つ城である。品質管理部門としては最強だが、職人たちの胃には優しくない。


 そして今回、誰よりも輝いていたのが、意外な人物だった。


「東翼、解体希望箇所はそこだね? ――詠唱進捗、二パーセントでお届けしよう」


 ミラベルである。詠唱二パーセントの漏れ魔力は、狙った区画だけを、埃も立てずに崩す。かつて王宮のシャンデリアを砕いた「暴発の入り口」は、出力を意図して二で止めれば、外科手術のような精密解体になるのだった。百七回の暴発で磨かれた「力の逃し方」は、爆破解体の職人芸として開花した。今や解体組の親方が彼女を「先生」と呼び、弟子入り志願者が三人いる。


「終焉の魔女、転じて解体の魔女……いいのかそれで」


「いいんだよ。壊すのは得意分野だからね! それに聞け、事務屋。解体の依頼書にはこう書くんだ。『詠唱時間、二十秒』。――私の詠唱が、短いと感謝される日が来た」


 噛みしめるように言うな。ちょっと泣きそうになるだろ。


 弟子入り志願の三人への指導も、始まっていた。初日、彼女は弟子たちに手帳を掲げて宣言した。「解体術の極意は、火力ではない。記録だ。毎日、自分の出力を測って、書く。百七回書けば、身体が覚える」。弟子の一人が「先生の手帳、見せてもらえますか」と聞いた時、彼女は一瞬だけ手帳を胸に抱いてから、最初の頁――三パーセントの頁を、開いて見せた。「私も、ここから始めた」。三人の弟子は、その夜から全員、手帳をつけ始めたという。


 定時の話もしておこう。この現場は、定時で終わる。三百年ぶりの復興に燃える職人たちは、初週、日没後も働きたがった。俺は全員を強制退勤させ、翌朝の朝礼で言った。「復興は二十年事業だ。二十年、続けられる働き方しか、認めない。倒れた職人の穴は、工程表が埋められない」。以来、日没の鐘と同時に現場は止まる。ただし食堂は開いている。仕事は止めても、飯と酒は止めない。それが定時の作法である。


 解体中、一つ、忘れられない発見があった。東翼の兵舎跡、三百年前の壁の漆喰に、古代文字の落書きが彫られていたのだ。エルシーと二人で読んだ。『早ク家ニ帰リタイ』。それだけだった。三百年前の、名も知らない魔族の兵士の一行。現場の全員が、しばらく黙った。それから親方が言った。「……その壁材、記念館の方に回そう」。異論は出なかった。この城の三百年は、壊すだけでなく、残す工程も要るのだった。


 昼休み。中庭の仮設食堂で、ユーリスが配膳を手伝っていた。元魔王、現・無職。彼は毎朝エルシーのもとへ通い、三百年分の懺悔を少しずつ消化している。


「本日で、百二十年目の分まで進んだ。……当時の私は、東の砦の撤退命令に判を捺すのが、どうしても嫌で」


「はい。伺っています。――続きは、また明日」


 二人の日課は、もう城の風景の一部だった。配膳する元魔王の手つきは、日に日に堂に入っていく。「三百年ぶりに、人に飯をよそう」と本人は言う。よそわれた側の職人たちは、最初の週こそ緊張で味がしなかったらしいが、今では平然と「先代、大盛りで」と椀を出す。先代。この城での彼の呼び名である。誰が言い出したのかは、わからない。定着の速さだけが、この土地の三百年の飢えを物語っていた。


 午後、総務部のネビュラが、書類の束を抱えて現場に現れた。今や彼は俺の同僚である。彼は眼鏡を押し上げ、二通の書状を差し出した。


「リド殿。王国と魔族領、双方の代表印入りです。――講和会議、正式開催の運びとなりました。会場は中立地、国境・ゴードンの門前。そして」


「そして?」


「議長役に、両陣営一致で、あなたが指名されました」


「……なんで俺なんだ。国際会議の議長なんて、大学者か老練の外交官の仕事だろう」


「両陣営の推薦理由を、そのまま読み上げます。王国側『四天王三名と魔王を、書類で説得した実績』。魔族領側『我が軍の様式綴りに、対応の前例が最も多い人物』。……つまり、双方にとって、あなたが一番『話が通じた相手』なのです。三百年間で」


 三百年間で。その一言の重さに、断り文句が引っ込んだ。話が通じる、というだけのことが、この三百年、どれほど稀だったか。俺はそれを、国境の壁の前で、身をもって知っている。


「……工程表に、ない仕事だ」


「便箋も、預かっております。両陛下の言葉は一言ずつ。王国側、『そなた以外に誰がやる』。魔族領側、『頼む。日当は弾む』」


「……後者の書式で、受ける」


 うちは日銭専門である。世界を救っても、そこは変わらない。


 ところで、この城の正式名称も、実はまだ決まっていない。現在の公式表記は「魔王城(元)」。再建委員会で新名称の公募をやったのだが、一位『魔王城(元)』、二位『(仮)城』、三位『でかい城』という民意が出てしまい、選考は無期延期になった。うちの呪いの感染力を、俺は少し、本気で恐れ始めている。ネビュラは「実務上は現名称で支障ありません。看板も掲示物も、既に(元)で発注済みですので」と涼しい顔である。事務が現実を追認した瞬間だった。

次回「後日談・第2話 講和会議と、議事録の魔物」は、8月24日(月)18時30分更新です。

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