第31話 魔王城、人手不足につき
前回:「第30話 魔王城が見えた」
「――正面から、面接に行く」
俺の作戦発表に、三人はしばし黙り、それから口々に言った。
「正気?」
「正気だ。考えてみろ。この求人票、要件がうちの四人と完全一致してる。偶然なわけがない。これは求人の皮を被った――招待状だ。宛先は、俺たち」
「罠では?」とエルシー。
「罠なら、四天王を三人も剥がされた軍が、わざわざ門を開けて招く理由がない。締め出して籠城する方が百倍楽だ。……それに、だ」
俺は懐から、二枚の紙片を出した。ヴァルガの受理通知の走り書きと、メルヴィナへの走り書きの写し。
「『良い店になることを祈る』。『市場は両方の民のために』。避難布告。軍の封じ込め。――三百年戦争を続けてる魔王の指先から、ずっと、こういうものが零れ続けてる。会って確かめたい。零してるのが、誰なのか」
「賛成」レーヴェが真っ先に手を挙げた。「あたしも、会いたい。玉座で泣いてる人に」
「私は求人条件の確認があります。『懺悔を聞ける方、優遇』の優遇の内訳と」
「私は『詠唱の長さ、不問』の一点だけで、もうこの職場を信じている」
「就職しに行くんじゃないからな、うちは」
というわけで、俺たちは魔王城の正門を、堂々と叩いた。履歴書持参で。
念のため書いておくと、履歴書は四人分、昨夜のうちに真面目に書いた。形式から入るのが、うちの流儀だからだ。ちなみに互いの履歴書を検分し合った結果、レーヴェの特技欄「傾聴(戦闘中も可)」、エルシーの資格欄「聖属性S・簿記」、ミラベルの特技欄「詠唱(長い)」という記載が発見され、全部そのまま通した。事実だからだ。俺の職歴欄には「四天王三名の円満退職を支援」と書いた。我ながら、書いていて眩暈のする職歴だった。
城下町を抜ける道すがら、俺たちは奇妙な行列を従えることになった。魔族の子供たちである。最初は物陰から覗いていたのが、一人、また一人と増え、最後尾では「求人の人たちだ」「パンの人たちだ」と囁き交わしていた。パンの人たち。討伐に来た勇者の呼び名としては、史上最も平和だろう。市場は半分ほどしか開いていなかったが、店番の老魔族は、俺たちに驚くでも怯えるでもなく、「城なら、まっすぐだ」とだけ言って、干し果実を四つ、子供たちに配るみたいに寄越した。
敵地のはずだった。三百年、戦ってきた相手の土地の、これが素顔だった。
三十メートルの門扉を叩く方法は、少し悩んだ末、備え付けの通用口の呼び鈴を鳴らした(あるのだ、これが。よく見ると『御用の方はこちら』の札まで下がっていた)。
門を開けたのは、見覚えのある眼鏡の文官だった。魔王軍総務部第二課、ネビュラ。彼は俺たちの顔を順に見て、眼鏡を押し上げ、深々と一礼した。
「――お待ちしておりました。応募、四名様ですね」
「……あんたが受付か」
「総務ですので。来訪者名簿に、ご記帳を」
差し出された名簿の「用件」の欄に、俺は一瞬迷って、「面接、ほか」と書いた。ネビュラはその「ほか」を一瞥し、何も言わずに名簿を閉じた。全部、分かっている顔だった。
「こちらへ。面接会場は、玉座の間になります」
磨き抜かれた黒曜石の廊下は、しかし、歩くほどに寂しかった。すれ違う城の者は数えるほど。厨房の竈は半分が冷え、詰所の武具掛けは歯抜けで、明かりの落ちた部屋が目立つ。四天王が抜けるということは、その部下も、そのまた部下も抜けるということだ。廊下の掲示板には『私物の持ち帰りは計画的に』『退職手続きは総務部第二課へ(様式は例の棚)』という貼り紙。この城は、屋台骨ごと空洞になりかけていた。
「率直に聞く。ネビュラさん。あんたはこの求人の意味を、知ってて俺たちを通してるな」
「総務ですので」
彼は前を向いたまま、静かに言った。
「この城で最後まで残る部署は、いつだって総務です。……三百年、私の一族は代々この城の事務を務めてまいりました。歴代の、そして今代の主が、執務室で何に判を捺し、どんな顔で走り書きを添えるか――帳簿の隅から、ずっと見てきました。どうか、確かめて差し上げてください」
「……一つだけ。あんたの一族は、なんで三百年も残ったんだ。他がみんな出ていく城に」
「事務が止まると、まず弱い者から死にますので」
即答だった。配給の帳簿。避難の名簿。恩給の支払い。戦争の裏で、それを三百年、止めなかった一族。俺は、この眼鏡の男に、初めて同業者以上のものを感じた。
途中、開いた扉から、総務部第二課の部屋が見えた。壁一面の帳簿棚。三百年分の背表紙が、年代順に、寸分の狂いもなく並んでいる。棚の一番奥、鍵付きの区画に、ひときわ古い綴りが見えた。ネビュラは俺の視線に気づいて、短く言った。
「初代の帳簿です。ヴェイル様の時代の。……字が、良いのですよ。とても」
「読んでみたいもんだ」
「全てが終われば、いくらでも。閲覧申請の様式は、こちらで用意します」
この城の総務は、うちと話が早くて困る。
巨大な扉の前で、ネビュラは足を止めた。
「最終面接です。――面接官は、魔王様ご本人が務められます」
扉が、開いた。
玉座の間は、広く、暗く、静かだった。何百という燭台のうち、灯っているのは玉座の周りだけ。歩く俺たちの足音が、闇の天井に吸い込まれて消える。その玉座に、漆黒の全身鎧の偉丈夫が、深く腰掛けていた。兜の奥は闇。そして頭上に――禍々しくも荘厳な、黒い冠。見た瞬間、うなじの毛が逆立った。あれは、装飾品の圧ではない。生き物の圧だ。
「……よく来た」
声は、低く、疲れていた。三百年ぶんの疲れというものを、俺はこの日、初めて音で聞いた。
「履歴書を、拝見しよう」
冗談だと思ったら、本当に受け取って、四枚、丁寧に読み始めた。魔王が。履歴書を。読む姿勢が妙に堂に入っていて、間違いなく、書類を読み慣れている者の手つきだった。読み終えて、彼は言った。
「職歴が、すさまじいな。『四天王三名の円満退職を支援』……当軍の人事に、これほど痛打を与えた者はいない」
「恐縮です」
「剣聖殿。特技の『傾聴(戦闘中も可)』とは」
「戦いながら、身の上話を聞けます」
「……当軍が四天王を失った理由が、履歴書だけで分かる」
「魔王殿」ミラベルが挙手した。面接で挙手する応募者も珍しい。「質問がある。貴城の労働条件について。詠唱中の中断命令は」
「出さぬ。詠唱は、最後まで聞くものだ」
「――ここを受けようじゃないか、諸君」
「受けない。座れ」
聖女は聖女で、履歴書の資格欄を指しながら「簿記の腕を活かせる部署はありますか」と真顔で聞いていた。総務部第二課が扉の外で微かに反応した気配があった。引き抜きは困る。
魔王は静かに息を吐き、四枚を膝に揃えた。
「一つ、確認したい。志望動機の欄。四名とも空欄だが」
「書けなかったので。――俺たちの用件は、就職ではありません」
俺が一歩踏み出した、その時だった。傍らのエルシーが、小さく、しかしはっきりと息を呑んだ。彼女の掲げた聖印が――ぎしり、と軋んだ音を立てた。
「……リドさん。この方――」
聖印の軋みは、悲鳴のようだった。
「――懺悔が、封じられています。三百年分」
次回「第32話 魔王の正体」は、8月18日(火)18時30分更新です。




