第24話 王命
前回:「第23話 【幻朧】の素顔」
夜半の御前会議に、なぜか俺たちは召集されていた。
円卓には国王、宰相、将軍たち――王国の頭脳が揃い、その末席に、場違いな俺たち四人。今度は正座しなかった。学習したのだ。壁の大地図には、国境要塞へ集まる魔王軍の駒が、黒々と並べられていた。
「報告せよ」
「はっ。四天王のうち三柱が離脱した魔王軍は、残る【鉄壁】ゴードンの国境要塞に全軍を集結。その数、五万。最終攻勢の準備と見て、まず間違いなく」
五万、という数字に、円卓が重く沈んだ。将軍たちが次々に迎撃案を論じ始める。第二軍を北方街道へ。傭兵団の緊急雇用予算を。狼煙網の増設を。軍議というものを初めて見たが、要するに、あれだ。予算会議だ。どこの世界も、戦争は数字でできている。
だから俺は、将軍たちの議論より先に、大地図の隅の小さな報告書きに目を留めていた。数字より小さい、書式の欄外にある情報。窓口の癖である。
「……あの、一ついいですか。この地図の端の付箋。『魔王軍、進路上の人間の三村に事前の避難布告を発す』って、これは」
将軍たちの議論が、止まった。
「うむ、それが妙での」と斥候部隊長が首を捻った。「攻め寄せる側が、わざわざ敵国の村に『危ないから離れておれ』と布告を回すなど、前代未聞。何かの罠かと」
「罠、ですか」
「他に説明がつかん」
罠、だろうか。俺の脳裏に、三枚の走り書きが浮かんだ。『良い店になることを祈る』。『市場は、両方の民のために』。『舞台は、いつか観に行く』。……侵略にしては、妙に、律儀すぎる。攻める軍の頭が、攻められる側の村人の避難を気にしている。この帳尻の合わなさは、一体、何だ。
思考は、国王の声で断ち切られた。
「――パーティ《かっこかり》」
「は、はい」
「そなたらを、王国正勇者に任ずる。国境を越え、魔王城に至り――魔王を、討て」
円卓が、静まり返った。将軍たちの視線が、一斉にこちらを向く。俺は三秒で背筋の汗が冷えるのを感じながら、きっぱりと言った。
「謹んで、お断りします」
「「「「!?」」」」
円卓の全員が声を揃えた。うちの三人まで揃えた。お前らもか。
「うちは日銭専門です。薬草採取、害獣の更生、書類の代行。魔王討伐は管轄外です。だいたい、討伐実績ゼロなんですよ、うち。四天王とは一度も『戦って勝って』ない。全員、話し合いで辞めただけで」
「その『話し合い』とやらで、余の公認勇者が三年かけて成せなかったことを、そなたらは一年で三度成した」
「あれは先方の労働環境に問題が」
「敵軍の労働環境を是正できる部隊が、戦史のどこにあった」
言葉に詰まった。国王は疲れた目のまま、宰相に目配せした。宰相が、恭しく、一枚の証書を円卓に滑らせた。
見覚えのある証書だった。羊皮紙の質も、条文の並びも、第七条の但し書きの位置も。嫌な予感が、心臓を鷲掴みにした。
「王家は先日、メルヴィナ商会より、そなたらへの出資契約を――買い取った」
「は?」
「シャンデリアと客間の弁償債務も、王家の帳簿に一本化してある。しめて金貨、千二百四十枚。……行かぬと申すなら、やむを得ん。即時、全額、耳を揃えて返済せよ」
「メルヴィナああああ!! あの守銭奴、王家相手にうちの契約を転売しやがった!!」
「『いい値がついたのよ』との言伝である」
「言伝まで買い取らされてるじゃないですか、陛下!」
円卓の下で、俺は必死に算盤を弾いた。出資九百六十枚、シャンデリア二百枚、客間八十枚。合計、千二百四十枚。計算は合っている。合っていてほしくなかった。パンの宣伝協力費が銀貨五枚の身に、払える額ではない。
――そういえば、と思い出した。旅立ちの朝、メルヴィナが餞別に寄越した言葉。『王城で一番怖いのは王様じゃなくて、財布を握ってる連中よ』。あの忠告は、こういう意味だったのか。忠告した本人が、うちの財布ごと王家に売り払うところまで、含めて。
ならば、だ。事務屋の戦場は、ここからだ。
「――お受けします。ただし、五つ、条件が」
「申せ」
「一つ、成功の暁には債務全額の帳消し。二つ、遠征費用は全額王室持ち、精算は実費、前金半額。三つ、討伐の定義は『魔王の無力化』とし、殺害を要件としないこと」
「三つ目は何だ」将軍の一人が眉を上げた。「勇者の任は、魔王の討滅であろう」
「うちの実績は、全部『話し合い』です。話し合いの余地を、条文で殺したくない。それに――無力化の方が討滅より、たぶん安上がりです。事後処理の書類も少ない」
国王の片眉が、動いた。俺は続けた。
「四つ、万一の際、債務を遺族・関係者に相続させない免責条項。死んでなお借金が残るのでは、誰も安心して戦えませんので。いえ、死ぬ気は毛頭ありませんが、書式上の話です。五つ――」
息を吸った。円卓を見回した。控室の扉越しに聞いた、あの掠れた声を思い出しながら。
「装備にも旗にも、スポンサーのロゴは一切、付けません」
国王は虚を突かれた顔をし、それから、この夜初めて、声を立てて笑った。
「……全て呑もう。契約書は、そなたが起案せよ。宰相府の書式より、そなたの書式の方が穴がなさそうだ。――そなた、戦が終わったら宰相府に来んか」
「定時で帰れるなら考えます」
「王宮に定時はない」
「では辞退します」
「即答か」
会議のあと、俺はその場で契約書を起案した。五つの条件を条文に落とし、免責と精算の別紙を付け、宰相府の書記官と読み合わせて、王璽を待つ。書記官は第三条「討伐の定義」の項で長いこと唸り、それから顔を上げて言った。
「……この条文ですと、魔王が『退職』した場合も、任務達成になりますが」
「ええ。それが理想です」
「……正気で言っておられる」
「うちの実績をご覧になった上で、どうぞ」
書記官は何かを諦めた顔で、判を押す列に書類を回した。
かくして、王命は下った。世界でいちばん魔王討伐をやりたくないパーティが、王国正勇者として、魔王城へ向かうことになったのである。
城を辞す夜道は、早鐘の余韻でまだざわついていた。ミラベルだけが、拳を突き上げて息巻いていた。
「ふ、ふふ……ついに、ついに私の『終焉』が、魔王に火を噴く時が来た!」
「「「詠唱、間に合わないだろ」」」
三人の声が綺麗に揃い、ミラベルが「今度こそ完唱してみせるー!」と喚いた。いつもの夜だった。
……ただ、俺は一人、考えていた。
四天王【鉄壁】ゴードン。伝え聞く限り、退職勧奨の通じる気配のない、忠義の巌。そして、その先にいる、走り書きの主。話し合いも、書類も、通じなかったら? もし本当に、あの十一分三十八秒を稼ぎ切る戦いを、やることになったら――?
懐中時計の蓋を、開けて、閉じた。十一分三十八秒。長い。窓口の昼休みより、長いのだ。
宿に戻ると、俺は出発準備の品目表を作り始めた。飛竜便の宛先一覧、様式第一号の写しを三部増刷、ヴァルガのパン(保存の利く方)、そして――退職届の白紙を、多めに。書ける準備だけは、しておく。それが、うちの流儀だ。
その予感が正しかったと知るのは、もう少し、先の話である。
(第4章・了 →第5章「進軍(嫌々)と【鉄壁】編」へ続く)
次回「第25話 世界一後ろ向きな進軍」は、8月11日(火)18時30分更新です。




