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第2話 監督者という名の人身御供

前回:「第1話 ギルド受付、最後の日」

「監督官だ」


 翌朝、仮設テントの執務机に、バッソは一枚の任命書を叩きつけた。俺は読む前から嫌な予感がしていたが、読んだら予感の三倍嫌だった。


「昨日の三人、実力だけなら間違いなくS級相当だ。剣士は測定器の上限を振り切った。神官は聖属性S。魔法使いは……測定不能だが、支部を半壊させた実績がある。問題は素行だ。素行は、F以下。等級表の外だ」


「でしょうね」


「放逐すれば、よそのギルドで昨日の惨事が起きる。かといってうちで飼い殺せば、建物が何棟あっても保たん。よって――専属の監督官を一名付け、正規のパーティとして市中に放つ。依頼で稼がせ、借金を返させ、被害を出す前に止める。それが監督官の仕事だ」


「なるほど、理屈は分かりました。で、その貧乏くじは誰が」


「お前だ」


「なんでですか!? 俺、受付ですよ!? 戦闘職ですらない! 剣も魔法も使えない! 特技は複式簿記です!」


「昨日、瓦礫の中で書類を守ったのはお前だけだ」


「それ理由になってます!?」


「なっている」


 バッソは、真顔だった。


「爆発の瞬間、全員が我が身を守った。当然だ、正しい。だがお前だけは、書類を抱えた。あの状況で帳簿と記録を守る男は――何があっても、帳尻を守る男だ。あの三人に必要なのは、強い剣士でも偉い神官でもない。帳尻を守る男だ」


 妙な説得力があって、俺は一瞬、言葉に詰まった。その隙を、歴戦の元A級は見逃さなかった。


「それにな、リド。事務的な話をしよう。弁償金の金貨八百枚は、パーティの連帯債務とする。お前が監督官として加入すれば、四分の一はお前の債務だ」


「入る理由が今、消滅しましたけど!?」


「逆に入らなければ、どうなるか。昨日の惨事は『受付職員の測定手順における監督不行き届き』として査定に載る。昇進面談は白紙だ」


「入っても昇進は白紙でしょうが! どっちに転んでも白紙!」


「入れば、監督官手当が月に銀貨二十枚つく」


「…………手当の、詳細を」


 我ながら、ちょろかった。だが宮仕えの五年間は、俺に「負け戦は条件闘争の始まり」ということも教えていた。俺はその場で羊皮紙を借り、監督官任用契約の付帯条項を、自分で起草した。第一条、監督官は依頼の受諾・拒否について最終決定権を持つ。第二条、経費は月次で精算し、ギルドが査定する。第三条、危険度A以上の依頼――魔王軍関連、魔王討伐を含む――について、監督官は無条件の拒否権を有する。


「……第三条、ずいぶん具体的だな」


「命綱です。ここだけは一歩も引きません」


 バッソは条文を三度読み、鼻を鳴らして、判を捺した。かくして俺は、五年間座り続けた受付台帳の、向こう側――冒険者の側に、人生で初めて回ることになった。


 *


 顔合わせは、最悪だった。


 仮設テントに集められた三人は、まず自己紹介からして規格外だった。


「私はレーヴェ。得物は剣。……戦績は、その、負けたことはない」


「無敗? 本当に?」


「うん。ただ……その、一つだけ問題があって。敵の身の上話を聞くと、ちょっと、涙が」


「ちょっと?」


「……戦えなくなるくらい」


「それは戦闘不能と言うんだよ。ちなみに実例は」


「先月、決闘を挑んできた賞金首の人が、『病気の妹の薬代のために』って言った瞬間に号泣して、決闘は中止になって、薬代を渡して、いい人だったよ」


「賞金首を逃がすな! というか金を渡すな!」


 無敗の剣聖は、無敗のまま敵に募金する女だった。次。


「エルシーです。回復魔法は、死者以外なら何でも治せます。欠損も、病も、呪いも。ただし、条件がひとつだけ」


「聞くのが怖いが、聞こう」


「治される方に、心からの懺悔をしていただきます」


「……懺悔? なんで?」


「神との契約ですので。私の回復は、懺悔の誠実さに応じて発動します。形だけの懺悔では、かすり傷ひとつ治りません。あ、それから、懺悔の内容はこちらの手帳に控えます」


 彼女は懐から、分厚い黒革の手帳を取り出した。既に三分の一ほど、何かがびっしり書き込まれている。


「神は見ています。私も見ています。メモも取っています」


「メモは要らないだろ! 神の記憶力を信じろ!」


「神は多忙ですので、実務は私が」


 聖女の顔をした税務調査官だった。最後。


「ふ……よくぞ聞いてくれた!」


 誰も聞いていない。


「我が名はミラベル、終焉の魔女! 覚えている魔法は、超級『終焉』――ただ一つ! 完全詠唱時間、十一分三十八秒! 完唱の暁には、山脈が消え、海が割れ、地図が書き換わる!」


「物騒だな。ちなみに、完唱したことは」


「無い!(きっぱり)」


「威張るな! じゃあ昨日みたいな暴発は、今までに何回」


「ふ……数えるのをやめた。三桁に乗った日に」


「三桁!?」


 俺は頭を抱えた。整理しよう。無敗なのに戦えない剣士。万能なのに条件が最悪の神官。最強なのに一度も完成したことのない魔法使い。性能表だけ見れば英雄パーティ、実態は歩く災害集積地である。そして俺は、この災害の帳尻を守る係だ。


 *


 最後の手続きは、パーティ登録だった。仮設窓口のミレットさんの前で、登録書の「名称」の欄をめぐり、三人が揉めに揉めた。


「『終焉の黙示録』! これしかない! かっこよさが服を着て歩いてる!」


「物騒すぎるって。もっとこう、あったかいのがいいよ。『なかよし』とか」


「幼稚園か。品格と実益を兼ねるなら『聖なる集金』一択かと」


「お前のが一番怖いんだよ」


 議論は三十分続き、一歩も動かなかった。ミラベルは黙示録の綴りを黒板に書いて力説し、レーヴェは「なかよしのどこがいけないの」と涙ぐみ、エルシーは集金の商標登録について調べ始めた。そして無情にも、窓口の締切時刻の鐘が鳴った。


 俺は登録書を引き寄せ、三つの案を全部線で消し、空欄に、こう書いて提出した。


『(仮)』


「……リドくん、これでいいの?」


「後で直します。決まってないものを決まってないと書くのが、正しい書類なので」


 ミレットさんは、くすっと笑って、受理印を構えた。


「わかった。じゃあ、名前がちゃんと決まったら、教えてね。……それまで、(仮)って書いておくから」


 ――翌日、正式な受理通知が届いた。


『パーティ《(仮)》の登録を受理する』


 そのまま通った。うちのギルドの事務、こういう時だけ仕事が早すぎる。慌てて訂正を申し出たら、「名称変更は手数料・銀貨五枚です」と規定集を示された。俺が五年間、冒険者たちに示してきた、あの規定集を。金欠の俺たちは、黙った。


 以後、俺たちは公式に、パーティ《かっこかり》である。


 *


 結成初日の締めくくりに、依頼掲示板(仮設)の前で、俺は監督官として、方針をひとつだけ宣言した。


「いいか、よく聞け。うちは日銭専門だ。薬草採取、害獣退治、荷物運び。地道に、安全に、確実に稼いで、金貨八百枚の借金を返す。派手な依頼は受けない。名誉も要らない。そして――魔王討伐だけは、何があっても、絶対に、やらない」


「「「なんで?」」」


「死ぬので」


 三人は顔を見合わせ、それから、実に晴れやかに声を揃えた。


「「「異議なし!」」」


 この即答を、俺はもう少し疑うべきだった。「異議なし」と「問題を起こさない」は、まったく別の話なのだ。


 記念すべき初依頼は、掲示板の隅の、一番地味な一枚に決めた。


『畑を荒らす害獣(大型)の退治。報酬・銀貨三十枚。ロッソ村』


 害獣退治。日銭仕事の王道。何も起きようがない、はずだった。

次回「第3話 害獣退治と身の上話」は、このあと18時30分に更新です。

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