第14話 ダンジョンは経営されている
前回:「第13話 借金取りはダンジョンから」
潜れば潜るほど、確信は深まった。
二階は、鉱石のフロアだった。岩壁の採掘場では、スライムたちが、採掘済みの鉄鉱石の山を、ぷるぷると仕分けしていた。よく観察すると、スライムは鉱石を体内に取り込み、不純物だけを溶かして、純度の高い塊だけを吐き出している。天然の精錬装置である。仕分けられた鉱石は、純度別に、きちんと三つの籠に分けられていた。籠には木札が下がっていて、『上』『中』『マルロー行キ』とある。――マルロー。地上で聞いた、鉄鉱石を独占する商会の名だ。「規格の揃った石」の出どころが、あっさり判明した。天然の鉱脈からではない。スライムの胃袋からだ。適材適所にも、程がある。
三階は、検品場だった。コボルトの一団が、一階から届いた薬草を長机に広げ、一束ずつ、葉の色と乾き具合を検めている。基準に満たない規格外品には、容赦なく「ハネ」の焼き印が捺され、別の籠へ放り込まれていた。検品長らしき年かさのコボルトは、老眼鏡(どこで手に入れた)をかけていた。壁には、検品基準を図解した張り紙まであった。『葉ノ枯レ、二割以上ハ、ハネ』。読める。読めてしまう。誰かが、魔物に、読み書きと検品を教えている。
ちなみに「ハネ」の籠の規格外品は、捨てられるのではなく、細かく刻まれて、一階のゴブリンたちの薬湯になるらしい(検品長が身振りで教えてくれた。存外、親切だった)。廃棄ゼロ。うちの王国の役所より、循環している。
「なにこれ……ダンジョンっていうか、工場……?」
ミラベルが、素直な感想を漏らした。俺も、まったくの同感だった。エルシーは検品長の老眼鏡を興味深そうに眺め、レーヴェはハネられた薬草の山を「この子たちも頑張ったのに」と撫でていた。薬草に感情移入するな。
「本来のダンジョンってのは、こうじゃない。魔物が湧いて、資源を守って、入ってくる冒険者と戦う。それがダンジョンの『自然』だ。だが、ここの魔物は――誰一人、戦ってない。**働いてる**。組織的に、分業で、検品基準まで持って」
誰かが、このダンジョンを、丸ごと「経営」している。
極めつけは、四階だった。薄暗い通路の突き当たりに、場違いなほど立派な宝箱が、一つ、鎮座していた。黒檀の箱に金の装飾、ご丁寧にビロードの敷布まで敷いてある。ダンジョンの床に、ビロード。あからさまに、怪しい。
「待て。全員、動くな」俺は仲間を制した。「ここまでの階層を思い出せ。採取、精錬、検品ときて、四階。物流の順番で言えば、次は――保管だ。つまりあの宝箱は、罠か、金庫か、そのどっちかだ。どっちにしても、迂闊に開けていいものじゃ」
「宝箱だーー!!」
「話を聞け!!」
開けた。この魔女、人の話を最後まで聞いたことがない。ちなみに後から聞いたところによると、彼女の故郷の魔導学院では「宝箱を見たら開けるな」という講義が必修だったそうだ。単位を落としたのかと聞いたら、「実技で取り返した」と胸を張られた。実技で何をした。
ばくん、と宝箱の縁に牙が生え、ミラベルの頭に、上から噛みついた。ミミックである。ダンジョン名物、宝箱に化ける魔物だ。
「んもーーっ! 離せ! 離さないと詠唱するぞ!」
「『詠唱するぞ』が脅し文句として成立してるのが、俺は、心底嫌なんだよなあ」
ミミックの動きが、詠唱の一言で、目に見えて鈍った。噂はダンジョンの底まで届いているらしい。レーヴェが歩み寄り、ミミックの上顎と下顎に手をかけて、めり、と引き剥がした――蝶番を痛めないよう、実に優しく。敵の関節にまで優しい前衛である。
床に転がされたミミックが、じたばたと暴れる。その口元を、エルシーが、じっと見た。噛みつく時に、牙が一本、欠けたのだ。彼女は、しゃがんで、目線を合わせた。
「その牙、治せますよ。――お代は、懺悔で結構です」
「グ、ググ……」
「それから」聖女の微笑が、深くなった。「あなた、ただの魔物では、ありませんね。宝箱のくせに、お腹の中が、空っぽでした。ミミックというのは、獲物を誘うために、本物の宝を少し入れておくものです。空の箱を、あんな立派な場所で守っているのは――**金庫番**だけです。神は見ています。私も見ています。さあ」
魔物の生態にまで詳しい聖女の追及に、ミミックは観念した。牙を治してもらった彼(彼?)は、カチカチと歯を鳴らす片言の人語で、語り出した。
要約すると、こうだ。自分は、この階層の「保管庫」係。ダンジョンの産出物は、各階で採取され、選別され、検品されたのち、自分の腹の中で一時保管される。そして、決められた日に、決められた量だけ、「上」に出荷される。満月前は、出荷を絞る。すべては「女王様」の指示。在庫台帳も、ちゃんとつけている(腹から本当に台帳が出てきた。字が綺麗だった)。女王様は、地下五階の「月光市場」に、おわす――。
「待遇は、どうなんだ。その、女王様とやらの下の」
ふと気になって聞くと、ミミックは牙をカタカタと誇らしげに鳴らした。曰く、給金は出来高制で明朗、検品基準は文書化されていて理不尽な叱責がなく、なんと「休暇」の制度まであるという。ダンジョンの魔物に、有給。俺は自分の勤務条件を思い出して、少しだけ、遠い目をした。魔物の職場環境が、俺の古巣より、整っている。
俺は手帳に、聞き取った情報を書き起こしていった。一階・採取班、二階・精錬班、三階・検品班、四階・保管と物流、そして頂点に「女王」。綺麗な、ピラミッド型の組織図が、そこに現れた。ダンジョンが、会社だった。しかも、たぶん、うちの王国のどの組合よりも、風通しのいい会社が。
「地下五階?」俺は、ギルドで写してきた公式の測量図を開いた。「このダンジョン、公式には、四階までのはずだが」
測量図の四階の下は、岩盤を示す斜線で塗り潰されている。だが、よく見ると、四階の空気の流れを示す測量士の書き込みが、一箇所だけ、不自然に「下向き」だった。風は、通り道がなければ、下には流れない。公式の地図が、嘘をついている。あるいは――測量士が、口止めされている。
ミミックは、治してもらった牙を誇らしげに鳴らすと、自分の腹の中から、恭しく、一枚のカードを吐き出した。上質の紙。金の縁取り。透かしには――竜の紋。
『監査官殿。お待ちしておりました。
今宵、地下五階・月光市場にて、お目にかかりましょう。 ――M』
「……なるほど。先方はとっくに、こっちの正体も動きも、把握済みってわけだ」
潜って三日目の「生態調査」は、初日から筒抜けだったらしい。考えてみれば当然だ。全階層の魔物が従業員なのだから、来訪者の報告は、日報で上がる。俺たちは監査に来て、監査されていた。さすがは、相場に呼吸をさせる主。だが、招待状を寄越したということは、少なくとも、話す気があるということでもある。潰す気なら、招待状ではなく、五階分の従業員が来る。
カードを裏返すと、隅に、丁寧な字で、追伸があった。
『追伸 ドレスコードあり。正装にてお越しを。』
「「「持ってない」」」
三人の声が、ダンジョンの四階に、虚しく揃った。ちなみにミミックが気の毒そうに「ワタシ、中ニ、礼服ノ在庫、アル」と申し出てくれたが、サイズを聞いたら全部、竜人用だった。誰の在庫だ、それは。この疑問の答えは、翌晩、判明することになる。
次回「第15話 地下市場の女王」は、8月1日(土)18時30分更新です。




