↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
52/53

白い影

― 白鈴神社の記憶


 神霊管理庁。


 夜もすっかり更けた頃。


 四神の後継者たちは、再び会議室に集まっていた。


 机の上には、今回の事件に関する資料が広げられている。


 企業説明会の会場。


 黒い影。


 取り憑かれた学生。


 その学生が口にした、


 ――『見つけた』

『キミを探していた』


 そして、現場に残されていた白い毛。


 さらに。


 事件現場の地下へ向かって移動した、あの黒い気配。


 そこから辿った土地の過去には、かつて小さな社があった。


 古い記録に残されていた名前は――。


 白狐社。


「……ここまでは、前回と変わらない」


 奏多が資料を指で叩いた。


「問題は、この『白狐社』が今どこにあるのかだ」


「過去の地図では、この場所に社があったことは確認できています」


 朱里が別の資料を広げる。


「ただ、その後の記録が途切れている」


「廃社になったのか?」


 玲弥が尋ねる。


「それも分かりません」


「神社なら、移転や合祀の可能性もあるね」


 智樹が資料を覗き込む。


「社そのものがなくなっていても、御神体や祭神だけ別の場所へ移されている可能性もある」


「……となると、白狐社という名前だけを探しても見つからないか」


 奏多が腕を組む。


「別名になってる可能性もある」


「そうですね」


 朱里が頷く。


「地域の人々からは別の名前で呼ばれていた可能性もあります」


 四人はしばらく黙って資料を見つめていた。


 手掛かりはある。


 だが、一本の線にはならない。


 その時。


「焦るな」


 静かな声が部屋に響いた。


 四人が振り返る。


 いつの間にか、部屋の奥に四霊たちが立っていた。


「鳳凰」


 玲弥が立ち上がる。


「来てくれたんですね」


「そなたらが何を探しておるのか、我らにも分かっておる」


 鳳凰は机の上の資料へ視線を落とした。


「白狐社、か」


「はい」


 朱里が答える。


「今回の事件と関係している可能性があります」


「可能性、じゃな」


 霊亀が静かに言った。


「まだ確証はない」


「はい」


 智樹が頷く。


「だから、できるだけ慎重に調べています」


 霊亀はしばらく資料を見つめた。


「……白狐」


 その言葉を口にした瞬間。


 ほんの一瞬。


 霊亀の表情が曇った。


「何か思い出しましたか?」


 智樹が尋ねる。


「いや……」


 霊亀は首を横に振った。


「思い出した、というほどではない。ただ……妙な引っ掛かりがある」


「どんな?」


「古い記憶の端に、白いものがある」


「白狐?」


「分からぬ」


 霊亀は目を閉じる。


「狐だったようにも思える。だが、我が直接見たものなのか、それとも誰かから聞いた話なのか……」


「霊亀でも曖昧なんだ」


 奏多が珍しそうに言った。


「千年単位の記憶を、何もかも鮮明に覚えているわけではない」


 麒麟が苦笑する。


「特に、人間の暮らしや土地の名前などは変わっていくからな」


「なるほど」


 朱里が頷く。


「では、白狐社という名前については?」


「それも、今のところは分からぬ」


 霊亀が答えた。


「ただ……」


 一度言葉を切る。


「『白狐』という存在そのものが、六花に反応している可能性はある」


 室内が静かになった。


「六花に?」


 玲弥の声が低くなる。


「ああ」


 応龍が口を開いた。


「今回、奴は六花を直接襲ってはいない」


「でも、六花のいた場所で事件が起きた」


「そうだ」


「……」


 応龍は目を細める。


「ただの偶然とは思えぬ」


 玲弥の拳がわずかに強く握られた。


「じゃあ、白狐は何を狙っている?」


「そこまでは分からぬ」


 応龍は即答した。


「だからこそ、調べる必要がある」


⸻


 その後。


 四人の後継者たちは、別々の方向から情報を集め始めた。


 奏多と朱里は、神社・神職関係の古い記録。


 玲弥と智樹は、今回の事件が起きた土地と、その周辺の歴史。


 そして四霊たちは、自分たちの古い記憶を辿る。


 数時間が過ぎた。


「……やっぱり『白狐社』では引っ掛からない」


 奏多が検索画面を閉じる。


「記録上、同じ名前の社はいくつかありますが、今回の場所と繋がるものはありません」


「こっちもだ」


 玲弥が資料を置いた。


「土地の古い記録を遡っても、『白狐社』がいつなくなったのか分からない」


「なら、名前を変えた可能性を考えよう」


 智樹が言う。


「例えば、白狐を祀っていたことを示す別の名前」


「白稲荷とか?」


「それも候補だけど……」


 朱里が首を振る。


「白狐そのものを祭神としていた場合、別の呼び方になっている可能性もあります」


「『白宮』とか『白社』とか?」


「そういう記録も探します」


 奏多と朱里が再び資料を調べ始めた。


 その時。


「……鈴」


 ぽつりと、霊亀が呟いた。


 全員が顔を上げる。


「今、何て?」


 奏多が聞き返す。


「鈴じゃ」


「鈴?」


「いや……」


 霊亀は自分でも戸惑っているようだった。


「なぜか今、白狐と聞いて……鈴の音を思い出した」


 鳳凰が眉を寄せる。


「鈴……」


 麒麟も考え込む。


「白狐と鈴か」


「何か関係があるのか?」


 玲弥が尋ねる。


「分からぬ」


 霊亀は目を閉じた。


「だが、記憶の奥に残っている」


 静かな室内。


 誰も口を挟まなかった。


 霊亀が集中している。


 やがて。


「……白い」


「何が?」


「鈴だ」


 霊亀が目を開ける。


「白い鈴」


「白い鈴……」


 智樹が呟いた。


「それを祀っていた?」


「分からぬ。ただ……」


 霊亀は額に手を当てる。


「鈴の音が鳴ると、白い狐が現れる」


「……」


 四人の後継者たちが顔を見合わせる。


「伝承かもしれませんね」


 朱里が言う。


「白狐そのものを祀るのではなく、狐と鈴を一緒に祀っていた神社」


「なら」


 奏多が端末に向き直る。


「『白狐』だけじゃなく、『鈴』も条件に入れて探そう」


⸻


 検索結果が次々に表示されていく。


 白狐。


 狐。


 鈴。


 白い鈴。


 狐を神使とする神社。


 だが。


 どれも決め手にはならない。


「……ないな」


 奏多が息を吐く。


「やっぱり簡単には出てこない」


「古い神社なら、正式名称より通称の方が残っている可能性もあります」


 朱里が言った。


「地域史や郷土資料まで範囲を広げましょう」


「分かった」


 その時だった。


「……これ」


 朱里の指が止まった。


「何?」


「古い神社一覧ではありません」


「じゃあ?」


「地域の文化財記録です」


 画面には、かなり古い資料が表示されていた。


 そこに、小さく記されていた。


 ――白鈴の社。


「……白鈴?」


 奏多が身を乗り出す。


「正式名称ではないようです」


 朱里が資料を読む。


「『かつて白狐を祀る小祠があり、後に現在の社殿へ移された。地域では白鈴の社と呼ばれていた』」


「待って」


 奏多の表情が変わる。


「現在の社殿?」


「はい」


「つまり……今もある?」


「その可能性があります」


 朱里がさらに資料を辿る。


 古い住所。


 土地の字名。


 神社の移転記録。


 そして――。


「ありました」


 朱里が静かに言った。


「現在の名称」


 一瞬の沈黙。


「……白鈴神社」


 その名前が、会議室に落ちた。


 誰もすぐには言葉を発しなかった。


「白狐社が……」


 智樹が呟く。


「白鈴神社になった?」


「正確には、白狐社そのものが白鈴神社になったのかはまだ分かりません」


 朱里が慎重に答える。


「ただ、古い白狐の小祠が移転された先が、現在の白鈴神社である可能性は高い」


「……」


 玲弥は資料を見つめた。


 白鈴神社。


 その名前に、なぜか嫌な予感がする。


 いや。


 嫌な予感だけではない。


 どこかで。


 何かが繋がろうとしている。


⸻


「四霊」


 玲弥が振り返った。


「白鈴神社という名前に、何か覚えはありますか?」


 四霊たちは答えなかった。


 ただ。


 四人とも、同時にその名前を見つめていた。


「……」


 鳳凰がゆっくり目を細める。


「白鈴……」


 その言葉を口にした瞬間。


 どこか遠くで。


 小さな鈴が鳴ったような気がした。


 ――チリン。


「……!」


 麒麟が顔を上げる。


「今の、聞こえたか?」


「聞こえた」


 応龍が答えた。


 霊亀は目を閉じる。


「……おかしい」


「何が?」


 智樹が尋ねる。


「予知ではない」


 霊亀は静かに言った。


「記憶じゃ」


「記憶?」


「白鈴という名を聞いた瞬間……何かが動いた」


 霊亀の脳裏に、断片的な光景が浮かぶ。


 古い石段。


 木々。


 白い鳥居。


 そして。


 風もないのに揺れる鈴。


 だが。


 その先が見えない。


「……誰かがいる」


 霊亀が呟く。


「誰か?」


「分からぬ」


 霊亀は目を開いた。


「ただ、そこには『待っている者』がいる」


 玲弥の表情が険しくなる。


「六花を?」


「それも……まだ分からぬ」


⸻


 奏多は静かに資料を閉じた。


「だったら、行ってみるしかないですね」


 朱里が頷く。


「白鈴神社へ?」


「ああ」


「ただし」


 鳳凰が口を挟んだ。


「六花には知らせるな」


「……はい」


 玲弥が答える。


「まだ、何があるのか分からない」


「そして」


 麒麟が続ける。


「白狐が六花に何を求めているのかもな」


「守ろうとしているのかもしれない」


 智樹が言う。


「あるいは……呼び戻そうとしている」


 応龍が静かに続けた。


「どちらなのか、確かめる必要がある」


 四人は頷いた。


 今回の事件の目的。


 白狐社の正体。


 白鈴神社との繋がり。


 その「何も分からない」という状態こそが。


 逆に、ひとつの可能性を示していた。


「……もしかしたら」


 奏多がぽつりと呟いた。


「六花ちゃんの生い立ちを調べていけば、白鈴神社に辿り着くんじゃないか?」


「….!それかもしれない」


 朱里が答える。


「何かしらの手がかりになるかもしれない」


 静寂。


 鳳凰が頷いた。


「それじゃ」


 低く、力強い声。


「まずは、白鈴神社を調べる」


 霊亀も頷いた。


「そして、そこで何が待っているのかを見る」


 麒麟が続ける。


「六花にはまだ何も知らせぬ」


 応龍が最後に言った。


「真実を知るべき時は――我らが見極める」


 四神の後継者たちは、それぞれ顔を見合わせた。


 まだ、六花は知らない。


 その神社の奥で。


 何百年もの間、誰かを待ち続けている存在がいることも。


 ただ――。


 四霊たちは感じていた。


 今回の事件は、偶然ではない。


 白狐は、六花を知っている。


 そして。


 六花もまた、まだ思い出せないだけで。


 その白狐を――。


 どこかで知っている。


 その事実だけが、静かに残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。