千年の終焉 未来へと…
桜の魂が浄化されたあと。
天王寺神社は、不思議なほど静かだった。
先ほどまで渦巻いていた禍々しい霊気さえ、一瞬だけその動きを止めていた。
誰も口を開かない。
その静寂を切り裂いたのは――朧だった。
「……そんな目で我を見るな。」
低く、震える声。
怒りなのか。
悲しみなのか。
もう本人にも分からない。
「そんな目で我を見るなぁぁぁぁぁ!!」
絶叫と共に、黒い霊気が神社中へ吹き荒れる。
境内の木々が悲鳴を上げるように揺れ、石畳には黒い亀裂が走った。
朧の姿は、もはや人の形を保てなくなっていた。
黒い靄が何本もの腕となり、空へ伸びていく。
「我は何千年も待った!」
「認められたかった!」
「必要とされたかった!」
「それの何が悪い!!」
「四霊どもが最初から我を認めておれば!」
「桜がおれば!」
「我は神になれた!」
叫びは神社中へ響き渡る。
その声には怒りだけではなかった。
子どもが泣き叫ぶような、どうしようもない寂しさが混ざっていた。
しかし。
応龍は静かに首を振る。
「違う。」
その一言だけで空気が変わる。
「お主は最後まで。」
「誰かに認められることしか望まなんだ。」
「誰かを認めようとは、一度もしなかった。」
朧の瞳が揺れる。
「黙れ!!」
「黙れ黙れ黙れ!!」
霊力が爆発した。
その衝撃で玲弥たちの結界が軋む。
「来るぞ!」
玲弥が叫ぶ。
「全員、防御!」
智樹が玄武の結界を展開する。
奏多が白虎の霊気をまとい前へ出る。
朱里の炎が黒い瘴気を焼き払う。
それでも。
朧の力は止まらない。
千年分の憎悪。
千年分の孤独。
その全てが暴走していた。
鳳凰が六花を見る。
六花も頷く。
もう迷いはなかった。
鳳凰が静かに言う。
「六花。」
「終わらせるぞ。」
「うん。」
六花は微笑む。
「みんなで。」
その言葉に。
四霊。
四神。
四人の後継者。
全員が頷いた。
誰一人欠けない。
千年前には叶わなかった形。
今は違う。
全員が同じ方向を向いている。
玲弥が青龍の力を解放する。
蒼い龍が空を駆ける。
智樹の玄武が巨大な結界となり、朧の逃げ道を塞ぐ。
奏多の白虎が咆哮し、邪気を切り裂く。
朱里の朱雀が炎となって天を舞う。
その中央に立つ四霊。
鳳凰の神炎。
霊亀の浄化。
麒麟の神気。
応龍の雷。
そして。
六花。
桜の子孫。
千年前の想いを受け継ぐ最後の巫女。
六花はゆっくりと両手を合わせる。
静かに目を閉じた。
「どうか。」
「もう誰も。」
「憎しみで苦しまないように。」
その祈りと同時に。
眩い光が天へ伸びる。
八つの力が一つになる。
光は螺旋となり。
黒い闇を包み込む。
朧は叫んだ。
「嫌だぁぁぁぁぁ!!」
「我が一番なのだ!!」
「我に何が悪いというのだぁぁぁ!!」
その叫びを。
誰も責めなかった。
ただ。
静かに見つめていた。
光が朧を包む。
黒い霊気が一枚一枚剥がれていく。
その奥に。
ほんの一瞬だけ。
小さな子どものような姿が見えた。
誰かに認めてもらいたかっただけの。
寂しい存在。
朧は最後に。
涙を流したようにも見えた。
そして。
光となって消えていった。
……
静寂。
千年間続いた呪い。
憎しみ。
執着。
全てが浄化された。
神社へ優しい風が吹く。
桜の花びらが舞う。
鳳凰が空を見上げた。
「終わったな。」
霊亀も微笑む。
「やっと。」
「終われた。」
麒麟は小さく笑う。
「桜も安心しておるじゃろう。」
応龍も静かに頷いた。
「長かった。」
その少し離れた場所。
遥だけが動かなかった。
「……桜。」
小さく呟く。
「六花。」
その目には光がない。
魂が抜け落ちたようだった。
何百年も抱き続けた想い。
それだけを支えに生きてきた。
その支えが今。
音もなく消えた。
「桜……。」
「六花……。」
壊れた人形のように。
同じ言葉だけを繰り返す。
六花は静かに歩き出した。
誰も止めない。
四霊も。
四神も。
見守るだけだった。
六花は遥の前へしゃがむ。
目線を合わせる。
優しく笑った。
「天王寺さん。」
返事はない。
「桜さんも。」
「私も。」
「もう、貴方に縛られてほしくない。」
遥の瞳が少しだけ揺れる。
六花はゆっくりと言葉を紡いだ。
「桜さんは桜さん。」
「私は私。」
「そして。」
「貴方は貴方。」
「桜さんや私に、こだわる必要なんてないよ。」
遥の頬を涙が伝う。
六花は微笑んだまま続ける。
「これからは。」
「天王寺遥として生きて。」
「誰かの生まれ変わりじゃなくて。」
「誰かの想いを背負うためじゃなくて。」
「貴方らしく。」
「笑って。」
「生きて。」
遥は震える唇を動かす。
「……俺は。」
「許されるのか。」
六花は迷わず頷いた。
「許すとか、許さないじゃない。」
「これから。」
「どう生きるか。」
「それだけだよ。」
その言葉に。
遥は声を上げて泣いた。
千年間。
流せなかった涙だった。
その姿を見ていた四霊たちは、何も言わなかった。
もう過去を責める必要はない。
桜が命を懸けて守ろうとした未来は、今、六花によって確かにつながれたのだから。
境内を吹き抜けた風はどこまでも穏やかで、まるで遠い空から桜が「ありがとう」と微笑んでいるようだった。




