引き継がれた想い
天王寺神社を包んでいた禍々しい霊気は、桜の言葉によって少しずつ静まり始めていた。
六花の身体を借りていた桜の魂は、淡く、淡く光を放つ。
その光は、春に舞う桜の花びらのように温かく、優しかった。
桜は、四霊たちを一人ひとり見つめる。
鳳凰。
霊亀。
麒麟。
応龍。
千年前、毎日のように笑い合い、喧嘩をして、悪霊を祓い、一緒に団子を食べた家族。
誰一人、血は繋がっていなかった。
それでも。
誰よりも近い存在だった。
桜は、泣きそうになりながらも笑う。
「……もう私は浄化する。」
その言葉に、四霊全員の身体が震えた。
また別れが来る。
分かっていた。
魂はこの世に留まり続けるものではない。
それでも。
また失うことになると思うと、胸が締め付けられた。
桜は続ける。
「六花には……もう伝わっているから。」
「私の想いも。」
「私の後悔も。」
「これから先は、この子が自分で考えて、自分で決めていく。」
六花の胸に手を添える。
「この子なら、大丈夫。」
その言葉には、一切の迷いがなかった。
そして桜は、四霊へ最後の笑顔を向ける。
「鳳凰。」
「霊亀。」
「麒麟。」
「応龍。」
「会えて嬉しかったわ。」
少しだけ涙ぐみながら。
「貴方達は。」
「ずっと私の家族よ。」
その言葉が終わると同時に、桜の身体は無数の光となって舞い始める。
まるで夜空へ帰っていく桜吹雪。
静かな沈黙が流れた。
鳳凰は拳を握り締めたまま、小さく笑う。
目には涙が滲んでいた。
「……桜。」
「我らも、そう思っておるぞ。」
その一言だけだった。
だが。
千年間、胸に閉じ込めてきた想いが、その短い言葉には全て詰まっていた。
霊亀は静かに目を閉じる。
「……ようやく。」
「笑って送り出せるな。」
麒麟は空を見上げる。
「やっと、桜も休める。」
応龍も静かに頷いた。
「長い旅だった。」
光はゆっくり空へ昇り。
やがて完全に消えた。
静寂。
誰も言葉を発せない。
だが、その静寂を破ったのは――
朧だった。
「……ふざけるな。」
低い声。
怒りで震えている。
「ふざけるなぁぁぁぁ!!」
神社全体が震えるほどの怒号だった。
黒い霊気が爆発する。
「我の、この何千年は何だったというのだ!!」
「四霊どもが!」
「最初から我を認めてさえいれば!」
「我は!!」
「こんな存在にはならなかった!!」
怒り。
憎しみ。
嫉妬。
孤独。
何千年も押し込め続けた感情が、一気に噴き出していた。
その隣で。
遥も崩れるように膝をつく。
「……桜。」
涙が止まらない。
「俺は。」
「ただ。」
「貴方に愛されたかっただけなんだ。」
震える声。
「四霊たちみたいに。」
「俺も……。」
「家族じゃなくて。」
「特別になりたかった。」
その言葉には、もう怒りはなかった。
ただ。
届かなかった恋だけが残っていた。
応龍は二人を静かに見下ろす。
龍の瞳は、怒りではなく、厳しさを宿していた。
「朧。」
低く響く声。
「お主は、自分のことしか考えておらん。」
朧が睨み返す。
応龍は続ける。
「神とは。」
「誰かを護ろうとする存在。」
「妖もまた、自らの在り方を理解しておる。」
「だが、お主は。」
「己しか見ておらぬ。」
「誰かに認めてもらうことばかり望み。」
「自分で自分を認めようとは、一度もしなかった。」
応龍の言葉は鋭かった。
「だから。」
「神にも。」
「妖にも。」
「何者にもなれなかった。」
朧の瞳が揺れる。
その言葉は。
何千年もの間、一番聞きたくなかった真実だった。
その時だった。
六花が一歩前へ出る。
四霊たちは思わず振り向く。
「六花?」
六花は静かに遥を見る。
その瞳には責める色はない。
ただ、真っ直ぐだった。
「……桜さんね。」
優しく笑う。
「ちゃんと教えてくれた。」
遥が顔を上げる。
「桜さんは。」
「恋愛として好きにはなれなかった。」
「でも。」
「家族として。」
「信頼していたんだよ。」
「大切に思っていた。」
「愛していた。」
「その気持ちまで。」
「貴方が受け入れられなかった。」
遥の瞳から涙が零れる。
六花は静かに続けた。
「恋人になれなかったから。」
「全部無かったことにはならない。」
「桜さんは。」
「ちゃんと大切に思ってた。」
「でも、その形が違っただけ。」
遥は言葉を失う。
その事実を。
彼は千年前、一度も受け止めようとしなかった。
六花はさらに微笑む。
「あとね。」
「桜さん。」
「後悔してた。」
四霊たちが息を呑む。
「『ちゃんとあの時、全部話して終わらせれば良かった』って。」
「『黙ったまま逝ったから、みんなを苦しめちゃった』って。」
その言葉に。
麒麟が苦笑する。
「……そうだったか。」
俯きながら呟く。
「我らが。」
「もっとしっかりしていれば良かった。」
霊亀も静かに頷く。
「桜は何でも一人で抱え込む子だった。」
「それを止めるのが。」
「我らの役目だったのだ。」
鳳凰は目を閉じる。
「頼りすぎた。」
「桜なら大丈夫だと。」
「勝手に思い込んでいた。」
応龍も静かに頷いた。
「守ると言いながら。」
「守り切れなんだ。」
その場に、深い後悔が流れる。
だが。
その空気を変えたのは六花だった。
「でも。」
にっこり笑う。
「私は今、みんながいる。」
そう言って。
鳳凰の腕へ抱きつく。
「鳳ちゃん。」
霊亀にも。
「亀さん。」
麒麟にも。
「麒麟さん。」
応龍にも。
「龍さん。」
四霊全員へ笑いかける。
「もう、一人で抱え込まないから。」
「みんなも抱え込まないで。」
「家族なんだから。」
その一言に。
四霊たちは、思わず笑ってしまった。
千年前。
桜が何度も言っていた言葉と、まったく同じだったからだ。
その笑顔を見つめながら、朧と遥は何も言えず立ち尽くしていた。
彼らの前には、千年かけても壊せなかった「絆」が、静かに、しかし揺るぎなく存在していた。




