無くなった気配
その日も、四霊たちはそれぞれの社で相次ぐ邪気や悪霊への対応に追われていた。
朧が裏で動き始めてからというもの、各地で起こる異変は明らかに増えている。
眷属たちも休む間もなく駆け回り、四霊自身も各地を飛び回る日々だった。
それでも――。
どれほど離れていても、四霊たちには一つだけ安心できるものがあった。
桜庭六花。
彼女の霊力は、灯火のように穏やかで温かい。
姿が見えなくても、その気配だけはいつも感じ取ることができた。
だからこそ、離れていても心配しすぎることはなかった。
「……今日も無事じゃな。」
霊亀は小さく微笑み、未来を覗く力を緩める。
鳳凰も悪霊を焼き払いながら、
(今日は大学だったな。)
と、どこか父親のようなことを考えていた。
麒麟は眷属から届けられた報告書を読みながら、
(帰れば、また菓子を用意して待っておるのじゃろう。)
と自然に笑みを浮かべる。
応龍もまた巨大な龍の姿で空を翔けながら、
(今日は何を話すと言っておったか。)
そんなことを思い返していた。
誰もが、今日も当たり前に六花へ帰るつもりだった。
その時だった。
⸻
「…………。」
鳳凰の動きが止まる。
羽ばたきが止まり、空気が震えた。
「……六花?」
返事などあるはずもない。
しかし。
いつも感じるはずの温かな霊力が――
消えた。
「……なぜだ。」
胸がざわつく。
気のせいではない。
もう一度、意識を集中する。
「六花。」
ない。
どこにも。
「……六花!!」
初めてだった。
鳳凰の声に焦りが混じるのは。
「六花の気配が……無い?」
その声は震えていた。
⸻
同じ頃。
霊亀もまた社で目を閉じていた。
「少し先を見ておくか。」
六花の未来。
それは毎日のように確認している。
危険が近づけば先に察知できるように。
だが――
「……?」
視えない。
何も。
霧がかかったように、未来が閉ざされている。
「……もう一度。」
霊力をさらに高める。
未来へ。
未来へ。
それでも。
「……だめじゃ。」
額から汗が流れた。
「予知が……できん。」
霊亀は勢いよく立ち上がる。
「そんな……馬鹿な。」
未来が見えない。
こんなことは、千年前以来だった。
⸻
「霊亀。」
麒麟が転移して現れる。
「どうした。」
「……予知が、閉ざされた。」
「何?」
麒麟の穏やかな表情が消える。
「霊亀が……予知できぬだと?」
そんなことはあり得ない。
霊亀の未来視は四霊随一。
その力が遮られる存在など、数えるほどしかいない。
そこへ。
轟音と共に応龍が降り立った。
「……感じた。」
金色の瞳が鋭く細められる。
「六花の霊力が消えた。」
四人の視線が重なる。
誰も口にはしない。
だが。
答えは一致していた。
応龍が低く呟く。
「……朧か。」
その一言だけで空気が凍りつく。
鳳凰の瞳に怒りが宿る。
「よりにもよって……。」
霊亀は拳を握り締めた。
「六花。」
麒麟も静かに目を閉じる。
「始まってしまったか。」
応龍が短く言う。
「急ぐぞ。」
その瞬間。
四霊は本来の姿へ戻った。
燃え盛る神鳥・鳳凰。
巨大な霊亀。
神々しい麒麟。
天を裂く応龍。
その神威だけで空気が震える。
⸻
飛翔しながら鳳凰が叫ぶ。
「四神へ伝えろ!」
応龍が霊力を解放する。
四霊だけが使える神託。
守護神たちへ直接届く命令だった。
『六花、危険。』
『場所――天王寺神社。』
『至急向かえ。』
その神託は一瞬で四神へ届いた。
⸻
青龍は玲弥の前へ姿を現す。
「玲弥。」
真剣な声だった。
玲弥は剣を止める。
「青龍様?」
「任務を中止せよ。」
「……何かありましたか。」
「六花様が危険だ。」
玲弥の顔色が変わる。
「……何?」
「場所は天王寺神社。」
その瞬間。
玲弥は考えるより早く走り出していた。
(嫌な予感しかしない。)
心臓が激しく鼓動する。
⸻
智樹の前には玄武。
「智樹。」
「玄武様。」
「今すぐ向かえ。」
「どちらへ。」
「天王寺神社。」
一拍置いて。
「六花様が攫われた可能性がある。」
「!!」
智樹は息を呑んだ。
(間に合ってくれ……!)
⸻
奏多の前には白虎。
「奏多。」
いつもの軽口はない。
「四霊様からの命令だ。」
「……。」
その一言だけで奏多は察した。
「六花ちゃん?」
「天王寺神社。」
「急げ。」
笑顔が消えた。
「了解。」
今まで見せたことのない速度で走り出す。
(頼む……無事でいて。)
⸻
朱里の前には朱雀。
「朱里。」
「はい。」
「黒幕が動いた。」
「場所は。」
「天王寺神社。」
朱里の瞳が鋭くなる。
「……やはり。」
「六花様を救え。」
「必ず。」
⸻
四人はそれぞれの現場を放棄した。
誰一人として迷わない。
任務。
規則。
報告。
そんなものは後回しだった。
今優先すべきものは一つ。
桜庭六花。
その命だけだった。
夕暮れの空を、四霊が翔ける。
地上を、四神の後継者たちが駆ける。
誰もが同じ願いを胸に抱いていた。
――どうか、間に合ってくれ。
一方その頃。
天王寺神社の結界の中では、何も知らない六花が、目の前の遥と、遥の背後から聞こえた不気味な声に戸惑いながら立ち尽くしていた。
その結界へ、八つの存在が全力で迫っていることを、まだ誰も知らなかった。




