小さな亀の正体
「ただいまー」
そう言いながら玄関を開けた六花の両手には、小さな亀が大事そうに抱えられていた。
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「また拾ってきたのか」
肩の上の鳳ちゃんが呆れたように言う。
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「だって弱ってたんだもん」
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「お主は昔からそうだな」
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「昔を知ってるみたいな言い方しないで」
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「知らん」
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「どっち」
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そんなやり取りをしながら部屋へ入る。
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六花は亀をそっとタオルの上へ寝かせた。
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黒い甲羅。
金色の瞳。
普通の亀には見えない。
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それでも。
今は弱っている生き物だ。
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「大丈夫かな……」
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六花は心配そうに見つめる。
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鳳ちゃんも珍しく真面目な顔をしていた。
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「かなり消耗しているな」
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「やっぱり?」
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「普通なら既に消えていてもおかしくない」
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六花はぎゅっと唇を噛んだ。
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「助かるかな」
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鳳ちゃんは亀を見る。
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そして。
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「助かる」
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そう断言した。
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「鳳ちゃんが言うなら安心だね」
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六花は素直に笑った。
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その笑顔に。
鳳ちゃんは少しだけ目を細める。
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数日が過ぎた。
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大学。
バイト。
帰宅。
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そして看病。
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鳳ちゃんが教える邪気払いも行った。
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六花は毎日欠かさず亀に話しかけた。
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「今日はね、講義中に寝ちゃった」
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「友達が面白い話しててさ」
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「バイト先で新メニュー出たんだよ」
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返事はない。
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それでも話す。
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鳳ちゃんはそんな六花を見ながら思う。
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この娘は。
見返りを求めない。
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だからこそ。
人も神も惹かれるのだろう。
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そして。
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ある日の夜。
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六花が夕食を終えた頃。
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「……世話になったな」
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静かな声が響いた。
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六花の手が止まる。
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「え?」
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鳳ちゃんは驚かない。
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「やっと起きたか」
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亀がゆっくり首を上げる。
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金色の瞳が細められた。
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「世話になったな。六花、鳳凰」
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六花は数秒固まった。
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「しゃべった」
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「しゃべるが?」
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「また!?」
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鳳ちゃんは吹き出した。
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「同じ反応をするな」
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「だって!」
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六花は亀を見る。
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「亀さんもしゃべるの!?」
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「亀さん」
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亀が呟く。
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「ほう」
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鳳ちゃんが笑う。
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「お主もそう呼ばれるぞ」
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「そうか」
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なぜか少し嬉しそうだった。
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「霊亀があそこまで弱るとは珍しいな」
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鳳ちゃんが問う。
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霊亀は小さく息を吐く。
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「信仰が薄い土地だったから、動こうとしたのだが」
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「ふむ」
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「その途中でな」
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霊亀は苦笑する。
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「邪気やら悪霊やら怨念やら」
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「随分と集まった」
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「気付けばこの有様だ」
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「情けない話よ」
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六花は聞きながら首を傾げる。
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「やっぱり普通の亀じゃないよね?」
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「違うな」
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「鳳ちゃんの知り合い?」
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霊亀は鳳ちゃんを見る。
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そして。
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くくっと笑った。
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「鳳凰」
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「なんだ」
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「いたく可愛らしい呼び方をされているな」
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「……」
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鳳ちゃんは無言だった。
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六花は慌てる。
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「嫌だった!?」
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「別に嫌ではない」
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「良かった」
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霊亀はますます面白そうに笑った。
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「いかにも」
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小さな亀が胸を張る。
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「我は四霊が一柱」
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「霊亀」
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六花の目が丸くなる。
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「四霊?」
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「鳳ちゃんと同じ?」
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「同じだ」
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「へぇー」
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驚いてはいる。
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だが。
怖がらない。
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それが六花だった。
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「霊亀でも」
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霊亀は言う。
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「亀さんでも」
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「好きに呼べ」
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六花はすぐ答えた。
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「じゃあ亀さん」
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「うむ」
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「亀さんも元気になって良かった」
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六花は心から安心したように笑った。
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その笑顔を見て。
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霊亀は少し驚く。
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長い年月を生きてきた。
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数え切れない人間を見てきた。
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信仰も。
欲望も。
裏切りも。
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たくさん見てきた。
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だが。
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こんな人間は珍しい。
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四霊だから助けたのではない。
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弱っていたから助けた。
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ただそれだけ。
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「変わった娘だな」
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ぽつりと呟く。
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「よく言われる」
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六花が即答する。
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鳳ちゃんが吹き出した。
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霊亀も笑う。
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部屋に穏やかな空気が流れる。
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六花はまだ知らない。
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四霊が二柱も自宅に集まっていることが、
神や妖たちの間では大騒ぎになっていることを。
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そして。
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遠い山の神域では。
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黄金の獣が静かに目を開く。
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「鳳凰と霊亀が動いたか」
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麒麟。
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彼もまた。
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六花という少女へと導かれ始めていた。




