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現在~平穏な日々 新たな出会い

春の陽射しが大学の中庭を優しく照らしていた。


過去の出来事が嘘だったかのように、六花の日常は穏やかだった。


講義を受け、友人と笑い、バイトへ向かう。


家へ帰れば、鳳ちゃん、亀さん、麒麟さん、龍さんと他愛もない話をして、お菓子を囲む。


そんな当たり前の日々。


それこそが、四霊達の願いだった。



「……今日は静かじゃな。」


リビングでお茶を飲みながら、霊亀が穏やかに呟く。


「うむ。」


鳳凰も小さく頷いた。


ソファでは龍さんが目を閉じ、窓辺では麒麟さんが本を読んでいる。


六花は大学へ行っており、この家には四霊だけ。


静かな時間だった。


「最近は悪霊も減ったね。」


鳳凰がぽつりと漏らす。


「あの子も笑うことが増えた。」


霊亀は湯呑みを見つめながら、どこか遠くを見るように目を細めた。


「……桜も、よく笑う子じゃった。」


その一言で、部屋の空気が変わる。


誰も言葉を続けない。


あの日の記憶だけは、千年経った今でも色褪せない。


守れなかった命。


最後まで笑っていた少女。


「……六花には話さぬ。」


鳳凰が静かに言う。


「まだ早い。」


「知れば、あの子は自分を責める。」


麒麟も本を閉じた。


「六花は優しい。」


「『私が桜の生まれ変わりなら、もっと早く思い出せば良かった』などと言いかねぬ。」


応龍は短く頷く。


「守る。」


それだけだった。


四霊は決めていた。


あの悲劇だけは、まだ六花へ背負わせないと。


だからこそ。


今、この笑顔だけは守り抜きたい。



その頃。


大学では少しした騒ぎになっていた。


「ねぇ、今日編入生が来るんだって!」


「しかも、すっごくイケメンらしいよ!」


「また噂になるね!」


女子学生達が楽しそうに話している。


だが。


六花は課題の資料を抱えながら首を傾げるだけだった。


「へぇ。」


「それより図書室行かなきゃ。」


友人は苦笑する。


「六花って、本当に興味ないよね。」


「うーん……。」


「編入生より課題の方が大事かな。」


そう笑って歩き出す。


周囲の歓声など耳に入っていなかった。



図書室。


午後の柔らかな光が、本棚の間へ差し込んでいる。


静かな空間。


六花は課題で必要な民俗学の本を探していた。


「えっと……。」


「神話……民間信仰……。」


背伸びをして、一番上の棚へ手を伸ばす。


「届かない……。」


指先が数センチ足りない。


その時だった。


すっと一本の腕が横から伸びる。


長い指が迷うことなく目的の本を取った。


「これですか。」


低く落ち着いた声。


六花は驚いて振り返る。


そこには、長身の青年が立っていた。


整った顔立ち。


穏やかな笑み。


黒髪が陽の光を受けて静かに揺れる。


「あ、ありがとうございます!」


青年は本を差し出す。


「どうぞ。」


「助かりました。」


六花は素直に頭を下げた。


「高い所、本当に苦手で。」


その笑顔を見た瞬間だった。


青年の時間だけが止まる。


(――桜。)


胸が締め付けられた。


笑い方。


目尻の下がり方。


困った時に少し首を傾げる癖。


すべてが、あの日の巫女と重なる。


(そんな……。)


(本当に……。)


(戻ってきた。)


青年――天王寺遥の鼓動が大きく鳴る。


頭では理解していた。


生まれ変わりなど証明できない。


それでも。


魂が叫んでいた。


『会いたかった。』


と。


六花はそんな遥の変化に気付かない。


「私は桜庭六花です。」


「二年生で。」


「あなた、編入生ですか?」


遥はゆっくり我に返る。


「……はい。」


「天王寺遥です。」


その名前を聞いても、六花の表情は変わらない。


「よろしくお願いします。」


にこっと笑う。


家柄も。


名前も。


何も知らない笑顔。


その無垢さが、遥の胸をさらに締め付けた。


(また。)


(同じ笑顔だ。)


(千年前と、何も変わらない。)


「では、失礼します。」


本を抱えた六花は軽く会釈し、そのまま図書室の奥へ歩いていく。


遥はその後ろ姿を、ただ見つめ続けていた。



図書室を出た遥は、人のいない渡り廊下で立ち止まる。


「……桜。」


思わず、その名が口をつく。


「違う。」


「今は六花……。」


それでも心は否定できない。


やっと見つけた。


千年もの間、届かなかった存在。


今度こそ失いたくない。


今度こそ、自分のそばにいてほしい。


その願いが膨らんだ瞬間。


廊下の窓ガラスへ、不自然な影が映る。


誰もいないはずの場所。


黒い靄のようなものが、ゆっくりと人の形を作っていく。


朧だった。


「会えましたね。」


遥は驚かない。


まるで、この再会も運命だったかのように。


朧は静かに微笑む。


「やはり、あれは桜です。」


「千年前、あなたから離れてしまった巫女。」


「今度こそ、その手で幸せにしてあげればいい。」


遥は六花が歩き去った方向を見つめる。


その瞳には、恋慕と執着が入り混じった光が宿っていた。


「……ああ。」


「今度こそ。」


「絶対に、離さない。」


その言葉を聞いた朧は、誰にも気付かれないように口元を歪める。


(そうだ。)


(その想いを育てろ。)


(愛は執着へ。)


(執着は狂気へ。)


(そして、千年前に果たせなかった悲劇を、もう一度繰り返すのだ。)


春風は静かに吹き抜ける。


しかしその風は、千年前に断ち切れなかった因縁を再び動かし始めていた。

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