表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/40

四霊達の過去~桜の異変 天王寺の想い

「鳳凰様!」


一羽の火の眷属が、翼を乱しながら社へ飛び込んできた。


その羽は煤け、息は乱れている。


「桜様が……!」


鳳凰の瞳が鋭く細められた。


「どうした。」


「桜様が……もう何日も休まず悪霊を祓っております!」


「霊力が尽きかけています!」


その瞬間、鳳凰の表情が凍りついた。


「……何だと。」


霊亀の社にも。


麒麟の社にも。


応龍の社にも。


同じ報せが届いていた。


四霊は顔を見合わせる。


胸の奥に、嫌な予感が広がる。


「しまった……。」


霊亀が低く呟く。


「狙いは最初から我らではなかった。」


麒麟が拳を握る。


「桜じゃ……!」


応龍は短く言った。


「戻る。」


四柱は同時に社を飛び立つ。


それぞれが神獣本来の姿へ戻り、夜空を切り裂くように飛翔した。


ただ一人の少女を救うために。



桜の神社。


境内には、浄化された邪気の残滓が幾重にも漂っていた。


「これは……。」


鳳凰が息を呑む。


何十、何百という悪霊を祓った痕跡。


普通の巫女なら、一体祓うだけでも命を削る。


それを桜は、一人で。


「桜!」


社へ飛び込む。


そこには、御幣を握ったまま倒れ込む桜の姿があった。


呼吸は浅い。


顔色は雪のように白い。


指先からは、まだ細い霊力が漏れ続けている。


鳳凰はすぐに桜を抱き起こえた。


「桜!」


かすかに瞼が震える。


「……鳳凰…」


その声はあまりにも弱かった。


霊亀が膝をつき、桜の脈へ触れる。


「霊力を使い過ぎじゃ……。」


「器そのものが限界へ近付いておる。」


麒麟は周囲を見回した。


「まだ邪気が漂っておる。」


応龍は何も言わず天へ飛び上がる。


黄金の龍気が神社全体を包み始めた。


鳳凰は炎の神気を広げる。


霊亀は大地の霊脈を結び直す。


麒麟は清浄な神気を巡らせる。


応龍は龍脈を天から降ろした。


四つの神気が重なり合い、一枚の巨大な結界となって神社全体を覆う。


四霊そのものの神力。


誰にも破れぬ、神獣だけが張れる守りだった。


空気が一変する。


邪気は境界の外へ押し出され、神社は静かな神域へ戻っていく。


「これで誰も近付けぬ。」


鳳凰は桜の額へ手を添えた。


「もう休め。」


桜は力なく笑う。


「……ごめんね。」


「みんな忙しいのに。」


その言葉に、四霊は胸を締め付けられた。


守るべき相手が、謝っている。


それが悔しかった。



その時だった。


「桜さん!」


社の階段を駆け上がる足音。


天王寺だった。


息を切らしながら駆け込んできた彼は、倒れている桜を見るなり顔色を変える。


「桜さん!」


近寄ろうとした、その瞬間。


目の前へ黄金の炎が走る。


鳳凰だった。


「止まれ。」


静かな声だった。


だが、その一言だけで空気が凍る。


天王寺は思わず足を止めた。


「鳳凰様……。」


「看病を。」


「私にもさせてください。」


霊亀がゆっくり立ち上がる。


その眼差しは厳しい。


「近付くでない。」


「え……?」


「今のお主から、嫌な気配がする。」


天王寺は理解できなかった。


「嫌な気配……?」


「私は桜さんを助けたいだけです!」


麒麟も前へ出る。


「その想いは偽りではない。」


「じゃが、その身へ纏う邪気は偽りではない。」


天王寺は自分の手を見る。


何も見えない。


何も感じない。


「そんなもの……。」


「ありません!」


応龍が短く言う。


「ある。」


その一言には迷いがなかった。


天王寺は震え始める。


「私は!」


「毎日、桜さんを助けようとしていただけです!」


「悪霊を見付けて!」


「知らせて!」


「それの何が悪い!」


鳳凰の瞳が鋭く光る。


「……その悪霊。」


「誰に教えられた。」


天王寺の動きが止まる。


「ある方が……。」


「桜さんなら祓えると。」


「力も強くなると。」


四霊は互いに視線を交わした。


やはり。


誰かがいる。


天王寺を操る者が。


鳳凰は静かに告げる。


「今は桜を休ませる。」


「お主はここへ入れる訳にはいかぬ。」


「そんな……。」


天王寺は一歩踏み出す。


しかし結界が彼を弾き返した。


見えない壁。


四霊の神力が拒絶したのだ。


「なぜです!」


「私は敵ではない!」


霊亀は苦しげに目を伏せた。


「……だからこそじゃ。」


「今のお主は、自分でも気付かぬまま邪気へ触れておる。」


「桜へ近付けば、さらに危険を招く。」


しかし、その言葉は届かない。


天王寺の目に映るのは。


自分を拒絶する四霊だけだった。


(どうして。)


(私は桜さんを助けたいだけなのに。)


(なぜ私だけ外へ追い出される。)


胸の奥で、何かが軋んだ。


悲しみが。


少しずつ形を変えていく。


四霊への不信。


理解されない苦しみ。


そして、小さな憎しみへ。



神社を後にした天王寺は、人気のない山道で立ち止まる。


拳を強く握り締める。


「私は……。」


「間違っていたのか。」


その問いへ答える者はいない。


だが。


闇の奥から、一人だけ歩み寄る影があった。


黒い衣を纏い、静かに微笑む朧。


「いいえ。」


その声はあまりにも穏やかだった。


「間違っているのは、四霊です。」


天王寺はゆっくり顔を上げる。


朧は優しく続けた。


「彼らは桜さんを独り占めしたい。」


「だから、あなたを遠ざけた。」


「あなたほど桜さんを想う人はいないのに。」


その甘い囁きは、心の傷口へ静かに染み込んでいく。


天王寺は何も答えなかった。


だが、その沈黙こそが、朧の思惑どおりだった。


悲しみは、まだ憎しみではない。


けれど、その種は確かに天王寺の心へ植え付けられていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ