四霊達の過去~守れなかった命
夜空を覆う雲は黒く染まり、風は泣くような音を立てていた。
「もう終わらぬ……!」
鳳凰が炎を放つ。
浄化の炎が悪霊を包み、一瞬で灰へ変えていく。
だが、その直後。
別の場所から新たな邪気が溢れ出した。
「またか……!」
麒麟が歯を食いしばる。
光の神気で悪霊を斬り裂いても、すぐに次の悪霊が現れる。
霊亀は大地へ神気を流し込み、土地そのものを浄化していく。
応龍は天へ舞い上がり、龍脈を正して邪気の流れを断ち切る。
しかし。
減らない。
どれだけ祓っても。
終わらない。
鳳凰が拳を握る。
「何故だ……。」
応龍は空を睨む。
「……神力。」
短く呟く。
「誰かが神の力で悪霊を生み出している。」
霊亀の顔色が変わる。
「まさか……。」
四霊の脳裏に、一人の男が浮かんだ。
天王寺。
⸻
その頃。
結界の中では。
桜が静かに横たわっていた。
四霊が張った結界は、外からの邪気を完全に遮断している。
だからこそ。
結界越しに四霊達の神気が分かった。
(鳳凰……。)
(亀さん……。)
(麒麟さん……。)
(龍さん……。)
神気が激しく揺れている。
苦戦している。
必死に戦っている。
その様子が、結界越しにも伝わってきた。
桜はゆっくり目を閉じる。
(みんな……。)
(私を守るために。)
(こんなに頑張ってる。)
涙が一粒だけ零れた。
「……嫌。」
小さく呟く。
「私は。」
「みんなに傷付いてほしくない。」
立ち上がろうとする。
身体は言うことを聞かない。
霊力はほとんど残っていない。
指先さえ震えている。
それでも。
桜は御幣を握った。
「最後くらい。」
「私が……。」
ゆっくりと立ち上がる。
結界の中心へ歩く。
神社全体へ神気を巡らせる。
空気が静まり返った。
桜は静かに微笑む。
「みんな。」
「今までありがとう。」
「私、とても幸せだったよ。」
祝詞を唱え始める。
その声は弱い。
けれど。
どこまでも澄んでいた。
桜の身体から、柔らかな光が溢れ始める。
それは神社を越え。
山を越え。
村を越え。
国中へ広がっていく。
優しい春風のような光。
光は一体一体の悪霊へ触れる。
苦しそうに暴れていた悪霊達が、次々と穏やかな表情へ変わる。
「ありがとう。」
そう呟くように。
光となって天へ還っていく。
何百。
何千。
数え切れない悪霊が。
一瞬で浄化された。
⸻
「……消えた?」
麒麟が立ち止まる。
鳳凰も炎を消した。
「邪気が……。」
応龍が空を見上げる。
そこには。
桜の神気が空一面へ広がっていた。
鳳凰の顔色が変わる。
「桜!!」
四霊は同時に神社へ飛ぶ。
嫌な予感しかしなかった。
⸻
神社へ戻る。
境内には、静寂だけが残っていた。
桜は本殿の前へ座っていた。
まるで四霊の帰りを待っていたように。
鳳凰が駆け寄る。
「桜!」
桜はゆっくり目を開ける。
その瞳は霞んでいた。
もう視界はほとんど見えていない。
それでも。
四霊の気配だけは分かった。
「……おかえり。」
その一言に。
四霊は胸が締め付けられる。
霊亀が震える声で言う。
「何をした……。」
桜は少し困ったように笑う。
「みんなが苦しそうだったから。」
「私なら。」
「終わらせられるかなって。」
麒麟が首を横に振る。
「馬鹿者……。」
「何故待たなかった。」
「何故我らを信じなんだ。」
桜は優しく微笑む。
「信じてたよ。」
「だから。」
「みんなには生きていてほしかった。」
応龍は黙ったままだった。
握った拳から血が滲むほど力を込めている。
桜は四霊を一人ずつ見つめる。
「……ごめんね。」
「これ以上。」
「私のために頑張ってほしくなかったの。」
「私は。」
「みんなと一緒にいたかっただけ。」
「今まで……ありがとう。」
その笑顔は。
初めて出会った日と同じだった。
優しく。
暖かく。
どこまでも穏やかだった。
そして。
桜の手から御幣が落ちる。
小さな音だけが響いた。
身体から神気が消えていく。
静かに。
本当に静かに。
桜は旅立った。
「……桜?」
鳳凰が呼ぶ。
返事はない。
「桜。」
霊亀も呼ぶ。
答えない。
麒麟はその場へ膝をついた。
「嫌じゃ……。」
応龍は桜の肩へ手を置く。
冷たい。
「……遅かった。」
その一言だけが漏れた。
四霊は誰一人として涙を止められなかった。
神獣である彼らが、初めて人間の死を前に声を上げて泣いた夜だった。
⸻
その時だった。
「桜さん!!」
神社へ駆け込んできた天王寺は、動かない桜を見た瞬間、その場へ崩れ落ちた。
「そんな……。」
「嘘だ……。」
桜を抱き起こそうとする。
しかし鳳凰がその腕を掴んだ。
「触れるな。」
その低い声に、天王寺は鳳凰を睨みつける。
「離せ!」
「桜さんを返せ!」
「お前たちが守ると言っただろう!」
「何故死なせた!」
神力が暴走する。
大地が揺れ、神社の柱が軋む。
邪気が再び溢れ始める。
「いい加減にしろ。」
鳳凰の声が境内へ響いた。
「貴様は何を考えておる。」
霊亀の瞳には怒りと悲しみが入り混じっていた。
「暴れることしか出来ぬ神主など、いらぬ。」
麒麟が静かに言い放つ。
応龍が天王寺の前へ立つ。
黄金の龍気が静かに立ち昇る。
「お主の力を使えないようにする。」
四霊の神気が一つになった。
炎、大地、光、龍脈。
四つの神威は巨大な封印となり、天王寺の神力を包み込む。
右手から神気が抜け落ちていく。
「やめろ!」
「これは桜さんを守るための力だ!」
「違う。」
鳳凰は静かに首を振る。
「その力は、桜を死へ追いやった。」
天王寺は言葉を失った。
膝から崩れ落ちる。
神職として受け継いできた力は、その日、完全に封じられた。
その瞬間から、天王寺家は長い衰退の道を歩み始めることになる。
そして、その様子を誰にも気付かれぬ場所から見つめる一つの影があった。
朧。
その口元には、ゆっくりと笑みが浮かぶ。
「そうだ。」
「その憎しみを忘れるな。」
「四霊を恨め。」
「世界を恨め。」
「いつの日か……その想いを受け継ぐ者が現れる。」
朧は闇へと溶けていく。
その悪意は、天王寺家の血とともに、何世代にもわたり静かに受け継がれていくことになる。
それが、千年後――六花と天王寺遥が再び出会う運命へと繋がる、長い因縁の始まりだった。




