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四霊達の過去~桜と天王寺の出会い

千年前――。


山々に囲まれた、小さな社。


朝露が草花を濡らし、木々の隙間から差し込む陽の光が境内を柔らかく照らしていた。


桜は竹箒を手に、石畳をゆっくり掃いていた。


「今日はいい天気。」


頬を撫でる風が心地よい。


掃き集めた落ち葉を抱え、小さく鼻歌を歌う。


神社は決して大きくない。


参拝客も多くない。


それでも桜は、この神社が好きだった。


ここへ来る人は皆、何かに悩み、何かを願い、それでも帰る頃には少しだけ笑顔になってくれる。


その笑顔を見るたび、この場所を守りたいと思えた。


「桜。」


頭上から声が降る。


見上げると、屋根の上には鳳凰が羽を休めていた。


「今日は参拝客が多いぞ。」


「本当?」


「村祭りが近いからの。」


その言葉に桜は嬉しそうに笑う。


「じゃあ、お団子多めに用意しなきゃ。」


「……そこか。」


鳳凰は呆れたように息をついた。


「みんな、お腹が空いてたら元気が出ないでしょ?」


「相変わらずじゃ。」


そのやり取りを見ていた霊亀は、小さく笑った。


麒麟は境内の木陰で寝転び、応龍は社の屋根裏で目を閉じている。


それが四霊達の日常だった。


そこへ、一人の青年が石段を上ってきた。


白い狩衣。


黒髪を後ろで結び、背筋を真っ直ぐ伸ばして歩く姿は、神職らしい凛とした雰囲気を纏っていた。


しかし、その表情にはどこか緊張が滲んでいる。


桜はすぐに気付き、笑顔で駆け寄った。


「こんにちは!」


突然声を掛けられ、青年は僅かに肩を震わせる。


「あ……。」


「こんにちは。」


深々と頭を下げた。


「私は近隣の社より参りました、天王寺と申します。」


その礼儀正しさに、桜は思わず笑ってしまう。


「そんなにかしこまらなくていいですよ。」


「私は桜です。」


「よろしくお願いします。」


そう言って、ぺこりと頭を下げ返す。


天王寺は一瞬、目を見開いた。


“噂通りだ。”


悪霊を祓う力を持つ優秀な巫女。


そう聞いていた。


もっと近寄りがたい人物を想像していた。


厳しく、凛々しく、人を寄せ付けないような女性を。


だが目の前にいる少女は違った。


笑顔が柔らかい。


声も穏やか。


まるで春風のようだった。


「どうかしました?」


桜が首を傾げる。


「あ、いえ……。」


見惚れていたとは言えない。


天王寺は慌てて視線を逸らした。


その様子を、屋根の上から鳳凰が静かに見ていた。


「……。」


“桜を見ておる。”


その視線は悪意ではない。


純粋な憧れ。


だから何も言わなかった。


「今日はどうされたんですか?」


「合同で行う夏祭りについて、ご相談に参りました。」


「あっ、それなら中へ!」


桜は迷いなく天王寺の腕を引いた。


「あ……。」


突然手首を掴まれた天王寺は、思わず身体を固くする。


しかし桜は全く気付いていない。


「鳳ちゃん!」


「お茶お願い!」


「……我は給仕ではない。」


呆れながらも、鳳凰は小さな鳥の姿で飛び立つ。


天王寺はその姿を見て、思わず立ち止まった。


「今のは……。」


「うちの家族!」


桜は満面の笑みで答える。


「家族……?」


「うん!」


「鳳ちゃん!」


「亀さん!」


「麒麟さん!」


「龍さん!」


名前を呼ばれると、それぞれが姿を現す。


天王寺は息を呑んだ。


四霊。


古い文献でしか見たことのない神獣達が、目の前にいる。


しかも。


桜の周りで、ごく当たり前のように笑っている。


「……まさか。」


思わず呟く。


鳳凰が静かに見下ろした。


「驚くのも無理はない。」


「じゃが、我らは桜を主とは思っておらぬ。」


霊亀が続ける。


「家族じゃ。」


桜は照れ臭そうに笑う。


「えへへ。」


「みんな優しいんだ。」


その笑顔を見た瞬間だった。


天王寺の胸の奥で、小さく何かが灯る。


それは恋ではない。


憧れでもない。


ただ一つ。


“この人の笑顔を、もっと見たい。”


その、ささやかな願いだった。


誰よりも神を敬い。


誰よりも人を思いやる青年。


誰よりも人を信じ。


誰よりも笑顔を向ける巫女。


それが。


天王寺家と桜。


すべての始まりだった。


この時はまだ。


誰も知らない。


その小さな出会いが。


千年先まで続く悲劇へと繋がっていくことを。


そして四霊達もまた。


目の前の青年を、心から信用し始めていたことを――。

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